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幼女の異世界転移録  作者:
プロローグ
1/64

幼女は異世界に転移する

「うんしょ、うんしょ……」


 少女が走る。急いでいるようではあるが、その表情はどこか嬉しそうだ。


「おや、ユリスちゃん。そんなに大きな荷物を持ってどこ行くの?」


 おばさんが声をかけてきた。ユリスと呼ばれた少女は足を止めないまま簡易に答える。


「ちょっと街の外れの空き地まで」

「もうすぐ日が暮れるから気を付けるのよ~」

「はい!」


 背が低く、顔はまだ幼い少女は風を切る。黒いロングヘアーと一緒に頭のてっぺんのアホ毛もユラユラと風になびいていた。

 空は次第に赤くなり、夕日がのどかな街を赤く染め始める。

 土で出来た道を駆け、出店を一気に通り抜ける。冒険者が集うギルドの横も通り抜ける。木々を抜け、所々にある木造建ての家屋を抜ける。畑を抜け、牧場を抜け、ユリスは街の外れまでやってきた。


「よし! ここにしましょう!」


 周りは木に囲まれているが、地面は土で慣らされている場所で立ち止まる。以前に小屋でも立てようとしていたのか、古い木材が散らばっていた。周りを見渡すが人はいない。

 ユリスはご機嫌なホクホク顔で背中に背負う風呂敷を広げた。その中の道具を周りにまき散らせ、鉄の棒で地面に魔法陣を書き始める。

 魔法陣の周りに文字を書き、道具を並べ、書物を広げ、本とにらめっこをしながらブツブツと呟き始めた。


「え~っと……我、ここに願うは汝との契約。その……我が力に見合いし異界の者よ、その姿を我の前に示せ! え~い!」


 ポンッ!

 煙が辺り一面に広がった。ユリスが後ずさり、警戒しながら様子を見ると、煙の中から人影が見えた。

 なんとそこには、小さな少女が仰向けに横たわっていた。


「や、やりました! 召喚術成功です!」


 ユリスは興奮しながら近付いて、横たわる少女の顔を覗き込んだ。

 ユリスよりも小柄で、幼い印象の彼女は色白でとても可愛らしい寝顔をしていた。綺麗な金髪はさながら美しい人形のようで、ユリスは少しの間、言葉を無くして見とれていた。

 だが――


「はっ! この子寝てる!? これってもしかしてレアパターンじゃないですか!? ラッキーです!」


 ――召喚術にはいくつかの決まりがある。その中の一つに、「召喚獣と契約して呼び出す時には、自分の力量と同等の相手でなければならない」というのがある。したがって、寝ている相手を呼び出すのはレアパターンとされていた。なぜならば、自分の力量と、寝ている相手の力量が同等であれば、起きた時には当然の事ながら戦闘能力は飛躍的に上がる。自分の力量よりも強力な召喚獣を従える事が出来るのだ。


「逆に言えば、私のレベルって眠りこけている幼女と同じって事なんですね……」


 複雑な心境に陥りながらも、ユリスは目の前の少女を起こしてみる事にした。


「あの……寝ている所すみません。起きてくれませんか?」


 ユサユサと体を揺する。しかし、その少女は目を覚まさない。


「起きないとイタズラしちゃいますよ~? うぇへへ。キスとかしちゃいますからね~?」


 そのあまりの美少女っぷりに、ユリスは完全に虜になっていた。そしてこの変な笑みである……


「とりあえず、家にお持ち帰りしちゃいましょう! ここで眠っていたら、モンスターに襲われちゃうかもしれません! そう! あくまでも彼女のためです! えへへへへ」


 そうしてユリスはお姫様抱っこで少女を持ち上げようとした。その時。

 ――パチャリ。

 水たまりを踏みつけた感覚に疑問を持った。地面を見ると、夕日に照らされた赤い水たまりを踏みつけていた。

 その瞬間ユリスはおかしいと感じる。当たり前の事だろう。召喚術を使う前は水たまりなどなかったはずなのだから。

 さらに、お姫様抱っこで抱き上げようと背中に回した手にヌルリとした感触が伝わってきた。一度、手を引き抜き自分の両手を見つめてみると、その手は真っ赤に染まっていた。


「……え? これって……」


 自分の両手を目の前でしっかりと確認する。夕日に照らされた色ではない。ユリスの両手は、確かに真っ赤な血で染まっていたのだ。

 思考が止まる。

 呼吸も止まる。

 驚きとショックのあまり、数秒のあいだ固まっていた。だが――


「た、助けなきゃ!!」


 我に返ったユリスは急いで少女を横に寝かせた。すでに辺り一面が血の海となっており、横になる少女の金髪は血で赤く染まる。膝を付くエリスの足も血で染まるがそんな事は気にしていられない。

 傷は、背中を確認すると一目瞭然だった。太い杭で突き刺したかのように肉が抉れ、その傷跡から血が止めどなく流れ出ている。

 ユリスはその傷口に手をかざした。


「ヒール!」


 ユリスの手のひらから青白い光が放たれて、少女の背中を優しく包む。回復魔法で傷を塞ごうとするユリスだが、あまりにも傷が深すぎた。


「ダメ。まずは出来るだけ血を止めないと!」


 周りを見渡すと、道具を包んでいた風呂敷が目に入った。ユリスはその風呂敷を素早く拾うと、少女の体を起こして体をグルグル巻きにした。

 すぐに背中にあてがう風呂敷が血で湿っていく。だが、その風呂敷の上からユリスは再度回復魔法をかけた。


「ヒール!!」


 ――ユリスの回復魔法はまだ未熟である。だが、回復魔法としての基準はしっかりと抑えており、傷口を塞ぐだけではなく、失った血液を復元させ、傷口を消毒する効果もある。それはつまるところ、少女の脈が止まるか、しっかりと傷を癒しきれるかの勝負となる。

 ユリスは集中して回復魔法の維持に専念する。だが、その頭の片隅に昔の記憶が蘇っていた。


 ――ユリスの両親はすでに亡くなっている。

 父親は冒険者として、モンスター退治の際に大怪我を負い、そのまま息を引き取った。

 母親は父親が亡くなったあと、後を追うように病気となり、帰らぬ人となった。

 ユリスはそんな両親を目の当たりにして、何も出来なかった自分を強く責める。そして、その日から回復魔法など、補助魔法を習得するのに専念してきたのだ。

 そんなユリスの前で、今まさに命の灯火が消えかけようとしている。そんな少女に回復魔法を掛けながら、ユリスは力強く叫んだ。


「絶対に救ってみせます! もう私の目の前で、誰も死なせたりしない!!」


 ユリスの回復魔法は未熟である。だが、今この瞬間、少女に放たれている回復魔法ははち切れんばかりの光を帯びていた。

 少女を思う気持ちからか、はたまた集中力の賜物か。その回復力は熟練の魔法使いと同レベルになっている事をユリスは気付いていない。ただ必死に、回復魔法をかけ続けるのみであった。

 ユリスは地面に散らばった道具の中から、MPを回復させる魔法薬に手を伸ばし、口でフタを開け、クイッと一気に飲み干した。少量の液体が体内へ流れ込むと、失われたMPが体内から湧き上がる。ユリスは日が暮れ、自分のMPが尽きる寸前まで回復魔法をかけ続けていた。


「くっ、ダメです。魔法薬が全然足りません!」


 魔法薬がなくなり、自分のMPも尽きそうになる頃にユリスは焦りを感じていた。

 少女の傷はある程度塞がったと思われる。もう風呂敷からは血が滲んでこないからだ。けれど、未だ少女は目を覚まさずに、息も絶え絶えといったところだった。初め見た時に色白だと思っていた肌は、単純に瀕死の重傷であったためであり、一向に血色は良くならない。

 ユリスは少女を背中で持ち上げた。そしておんぶをした状態で自分の家へと走り出した。その場の召喚術に使った道具はそのままである。出来るだけ身軽に、迅速に行動したかったのだ。

 あまり少女を揺らさないように地面を滑るように。けれど出来る限り急いで家を目指す。その途中でユリスは自分の財布を取り出して中身を確認した。お金は魔法薬が10個買えるくらいの金額が入っていた。

 元来た道を戻り、出店まで戻ってくると、ちょうど店の主人達は店仕舞いの準備をしているところだった。

 ユリスは道具屋で一旦その足を止めた。


「おじさん、魔法薬もらいますね。お釣りはいりません!」


 並んである魔法薬をまとめて自分の服で覆い、軽く縛る。その場に財布を丸ごと置いて、再び走り出した。


「お、おいユリスちゃん!? 血まみれじゃねぇか!? それにその子……」

「大丈夫です。私が絶対に助けますから!」


 お店のおじさんが心配してくれた言葉に、走り去りながらユリスは答える。

 そうしてユリスは自分の家へと戻ってきた。急いで中へ入ると、少女を自分のベッドの上へうつ伏せに寝かせ、枕元に買ってきた魔法薬を無造作に転がした。

 ハサミを持ってきて、少女を巻きつけていた風呂敷を切り、その下の服も切って裸にする。おぶっている時に少女の体温が下がっている事に気が付いていたのだ。血まみれの衣服を身にまとっていては余計に体を冷やしてしまう。

 ユリスは暖炉に火をつけた。すでに温かくなりつつあるこの季節、暖炉にはマキをくべてそのまま放置していた事が幸いした。マキの量を調節する事もせず、ユリスは暖炉を放って服を脱ぎ始めた。瞬時に温めるなら人肌が良い。ユリスはうつ伏せに寝る少女に重なったまま、毛布を上から被った。

 少女の体は冷えていた。大量の血液が流れ出て冷えた体は、まるで死体のようだった。

 背中の傷は取りあえずある程度塞がり、そこまで血が流れる事はなくなっている。あとは少女の体を温めながら、回復魔法で体内の血を補充すればいい。


「ヒール!」


 同じ毛布に一緒に包まった状態で、ユリスは再び回復魔法を発動させた。自分のMPが尽きそうになっては枕元の魔法薬を飲み、少女の容態が良くなるまでひたすらそれを繰り返す。

 懸命に、少女の様子に細心の注意を払いながら看病をしているうちに、日は完全に沈み、夜は更けていった。

 もう何時間、肌を重ねて回復魔法をかけ続けただろう。暖炉の灯りで照らされる少女の顔色は良くなっていた。頬は赤みを帯びて、体はポカポカと温かい。


「んん……ふにゅ……」


 少女の口から寝言が漏れた。

 その可愛らしい寝言に、ユリスは安心感を覚え、峠を越えた事を確信した。少女の手を握ってみると、指先まで温かい。血液が指先までしっかりと循環している可能性が高い事を示していた。


「よ、よかったぁ~……」


 ユリスは脱力して、少女の真横に転がった。非常に疲れたせいか、意識が朦朧もうろうとしてくる。だが、ほっぺたに何かがチクチクと刺さる感覚が煩わしくて、身を起こした。

 チクチクとしていたのは少女の髪の毛だった。血の海の真ん中で倒れていたせいで髪が血で固まっている。よく見れば、ベットのシーツも血まみれだった。


「お風呂入れた方がいいんでしょうか……?」


 このまま寝かせておくべきか、洗うべきか悩むユリスだが、少女はよほど暑いのか、毛布を蹴り飛ばしていた。もはや怪我は完治しているため、別に安静にする必要はない気がした。


「えい、洗っちゃえ!」


 ユリスは少女を再び抱えると、風呂場へ連れて行く。風呂場が寒くないようにドアを開けっぱなしにして、暖炉で温まった空気を風呂場まで流す。

 風呂は沸かしていないため水だったが、上部にある鉄板を外すとお湯が流れ込んできた。暖炉を使った時に、その熱で水を沸かせていたのだ。

 丁度いい温度になるよう調整して、風呂場に少女を横たえる。上からお湯をかけて、ユリスは血まみれの少女を洗い始めた。というか、ユリス自身も血まみれなので同時に洗っていた。

 ある程度洗い流した後は面倒なので、湯船に入れてそこで洗う事になった。湯船の色が赤みを帯びていくが、今は早く洗って休みたかった。

 風呂場から出て、体と髪を拭き取った後にベッドへ戻ると、シーツが血まみれなのを思い出した。


「ああ~……忘れてました……」


 少女を一旦暖炉の前の横たえると、ユリスは勢いよくベットのシーツを剥ぎ取り、新しいシーツを素早く引いた。もはや疲れていたので、結構てきとうである。毛布はさほど汚れていなかったため、そのまま使う事にした。

 こうして、ようやく少女をベッドに運び、狭いベッドに二人並んで横になった。その間、少女は一切目を覚まさなかった訳だが、ユリスは達成感と疲労感で、もはや夢見心地であった。

 ゆっくりとまぶたを閉じると、すぐに意識が遠くなる感覚に陥り、そのままユリスは深い眠りに落ちていった。

 その約一時間後、入れ違い的に目を覚ましたのが手当てをされた少女であった。

 少女はすこしぼんやりとしていたが、意識がはっきりと覚醒するや否や、周囲の確認を始めた。


「今何時? っていうかこの人だれ? なんで私と一緒に裸で寝てるの!?」


 隣で寝ている裸のユリスを見て、少女は顔をしかめた。とりあえず状況を把握するために、よだれを垂らして幸せそうな寝顔のユリスを飛び越えて床へと降り立った。


「ふえっ!? 血まみれの布やシーツが! 何か事件でもあったの……」


 床に投げっぱなしの衣服やシーツを見て戸惑う少女。


「そもそもここってどこ? 私んちじゃない……」


 見渡してみれば初めて見る部屋に見知らぬ女の子と裸で添い寝。床には血まみれの布切れ。混乱するには十分すぎる環境が整っていた。


「少し落ち着きましょう。ちゃんと記憶をたどって状況を把握するのよ……私は『ナナ』。さっきまでハーデスと戦ってて……そう、背中に致命的な一撃を喰らって、そのまま意識が……」


 自分を『ナナ』と名乗る少女は壁に掛けてある鏡を見つけると、トコトコと駆け寄っていった。そして自分の背中を鏡に映してどんな状態かを確認した。

 ナナの背中にある傷は塞がっていた。ペタペタと触ってみるが痛みも無い。強いて言うならば、完全に傷跡を消す事ができなかったようで、僅かだが歪な跡が残っていた。


「あちこちに空瓶が落ちてる……中身はなに?」


 魔法薬が入っていた小瓶を手に取り匂いを嗅いでみる。ナナにはそれが魔力に関するアイテムだと言う事がすぐにわかった。

 塞がった背中の傷。魔力を補充するアイテム。そして血まみれの布切れ。……もとい、それが自分の衣服だと言う事に気が付いたナナは早々に真相へとたどり着いた。


「まさか、この子が私に回復魔法をかけてくれたの……?」


 ユリスを見ると、ムニャムニャと寝言を呟きながら寝返りを打っていた。とても高位の回復魔法を使えるようには見えないが、ひとまず考えるべき事は他にもあった。


「この子が私を助けてくれたとしたら、ここはどこなのかしら? 回復が済んだらすぐにでもジェイドが起こしてきそうなものだけれど……」


 考えながら再び周りを見渡すと、ベットの隣に小さな机が一つ並んでおり、その上に本が開きっぱなしになっていた。

 ナナはその本を手に取り目を通してみる。


「これ、召喚術の本だわ」


 それは正に、ユリスが召喚術を独学で学んだ際に参考にしていた本であった。


「私の知らない文字で書かれている。にも関わらず、私はそれを読むことが出来る……私に何かしらの魔法が掛けてあるんだわ」


 ナナは至って冷静に、現状を分析していく。


「なるほどね。この子が何かしらの理由で召喚術を使い、契約を結ぼうとしたところに私が現れた。私に掛けられた魔法は、召喚術の一部でこの世界の言語や文字を理解させるものみたいね」


 パラパラと本をめくっていると、少し肌寒さを感じてきた。見ると暖炉の火が消えそうになっていた。


「……ここが本当に私の知らない世界だとしたら、もう元の世界には帰らなくて済むのかしら……」


 暖炉の光が乏しくなるにつれて、部屋全体が暗くなる。完全に消える前にナナは棚から布の服を取り出した。


「裸じゃなんだから、借りるわね」


 一言そう言って、服を頭から被る。そして再びユリスが眠るベッドに潜り込んだ。


「お邪魔するわ。……ベッドで眠るなんて久しぶり」


 ベッドの中は温かく、すぐに眠気が襲ってきた。

 ナナはユリスとは逆の方を向いて目を瞑る。そんな彼女の耳には暖炉の燃え尽きた薪がパチンと弾ける音が心地よく聞こえてきた。

 まどろみの中、少女は元の世界の事を考えながら眠りに落ちていく。その時に考えた事は、『もう二度と戻りたくはない』という思考だった……

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