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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

値段のない小切手

作者: ナカタサン

暇とお金を持て余した大富豪の老人がいました。

老人はとても意地が悪く、人の苦痛にゆがむ顔が大好きでした。

ある時老人はポケットに入っていた小切手帳とインクが切れかけたペンを見つけ、悪戯を思いつきました。

「そうだ、金に困った貧乏人どもをからかってやろう。」


まず老人はつぶれかけたパン屋に行きました。

閑散とした店内にはいろいろなパンが並んでいますが買う人もいません。

レジに座る店主の目は暗く、冷えて硬くなっていくパンが彼の将来を暗示しているかのようです。

老人は店主ににやにやといやらしい笑いを張り付けた顔で言いました。

「君がこの店の主人だね、実はわしはここのパンが大変気に入っていてなあ。」

うろんげに老人を見る店主に老人は値段の書いていない小切手とペンを出すと告げました。

「君にこの小切手をやろうと思う。好きな値段を書いてくれたまえ。

 ・・・ただし、このペン以外を使ってはならぬ。」

店主は喜び勇んでペンをとると、小切手に書き始めました。

1、0、0・・・インクの切れかけたペンはいくら小切手にこすりつけようとインクを吐き出しません。

ひたいに脂汗をにじませながら必死にペンを動かす店主でしたが、ペン先でこすり続けた小切手は無情にもびりりと破れてしまいました。

「なんということだ、せっかくの私の好意を無駄にするとは!すまないがこの話は無かったことにさせてもらおう。」

絶望し青ざめた店主の顔を内心歓喜して堪能した老人はパン屋を去りました。


老人は味をしめて次々と貧乏人のところに訪れます。

肺を病んだ工夫は別のペンを使おうとして約束を破ったと怒鳴られ、最初の1しか書けなかった靴磨きの少年はたった1マルクの小切手を悔しげに握りしめます。

紙を破って泣き出すもの、かすれたような少額の数字しか書けずに唇をかみしめるもの、別のペンを使おうとして怒鳴られ青ざめるもの。

老人は多くの人々の悲嘆や悔恨の表情を満足げに楽しみました。


ある日老人は売れない画家の家を訪れました。

画材も満足に取り揃えられないほどに困窮した画家の青年はやせ細り、キャンバスに乗せられる色も余って値下がりした暗い色ばかり。

暗い色で書き上げた絵を買う人も少なく、さらに生活が困窮しては暗い色の絵を描く。

悪循環の中もはや絵の具も無く明日の食べ物を買うお金も無い青年は限界を迎えようとしていました。

「お前が画家か、お前にわしの肖像画を描く仕事をやろう。

 お前にこの小切手をやろうと思う。好きな値段を書いてくれたまえ。

 ここに書いた値段がお前への報酬であり、画材を求めるための資金でもある。

 ・・・ただし、値段を書くのにこのペン以外を使ってはならぬ。」

老人がペンと小切手を青年の前に置くと腐った魚のようだった青年の目に希望の光が宿りました。

1、0、0・・・しかしインクの切れたペンはいくら小切手にこすりつけようとインクを吐き出しません。

青年はぴたりと動きを止めるとペン先をじっと見つめ・・・どすりと自らの左腕に突き刺しました。

「何をしている!気でも狂ったのか!」

混乱する老人をよそに青年はあふれ出る血をインクにして数字を書きます。

「たとえ左腕を失おうと、旦那様のところにお伺いするための足と絵を描くための右腕があれば仕事はできます。

 夢を追って画家を目指したのに、このまま絵も描けず朽ちていく方が私にはよほど恐ろしい。」

青年は自分にとって最高の絵を描ける画材の値段と当面の生活費を小切手に書き込んでペンを置きました。

老人の目論見は外れましたが、老人の行為によって画家の青年は命をつないだのです。

さて、困窮した貧乏人たちの心をもてあそんで楽しんだ老人は正真正銘のクズです。

では画家の青年にとって老人は善でしょうか悪でしょうか?

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