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ポートレイト  作者: 岸田龍庵
恭一とわたし
8/68

その8

ある意味、怖い展開です


ストックホルム症候群とは、また違うかも・・・

 服装はごくごく普通の冬服だった。

 特にどこかに特徴があるわけでもない、町中に普通にいそうな感じの男。

 男はキョロキョロと周りを見ていた。男が乗り込むと同時にバスの扉がプシューっと閉じた。

 急発進だったのか男は一番後ろの、私たちが隠れていた座席までヨロヨロと歩いてきて、そのままドサリと座った。ちょうど私たちが隠れていた真ん中の席に。


 目が合った。

 見たこともない顔だった。

 でも私は直感した。間違いない、コイツだ。

 男も「私」だとわかったらしく目を丸くしていた。




 ストーカーっぽくない普通の男と、めちゃめちゃ怪しい格好の私と祐子。ちょっとの時間のにらめっこ。負けたのは男だった。

「なにその格好?新しい映画?」

 とてもハキハキとした声が私に言った。

 私たち三人を乗せたバスは何事もなく走っていた。





 場所は吉祥寺駅の南口のマクドナルド。

 一緒に居るのは祐子とストーカーと思っていた男。

 テーブルの上には誰も手をつけてない朝マックが三つ乗っかっている。


 結論からいうと、ストーカーと思っていた男はストーカーじゃなかった。

 少なくとも今流行のストーカーとは人種が違っていた。

 お絵かきストーカーはあっさりと、自分から名前を言った。 

 水野恭一。歳は同じ。美大生。



 ストーカーとはこんなに簡単に自分の正体を見せるものなのだろうか?ウソかもしれないと思った。

 でも見せてくれた学生証は本物だった。多分、それは本物だと思う。そうでなければこうして喫茶店にいてストーカーと同じテーブルについているという事が異常だった。ストーカー男の方が「立ち話もなんだし」と言い出したからだ。

 お絵かきストーカーは妙にさわやかな男だった。なんて言うか、いかにも怪しげで、ねばっとした、陰気くさい所がまったくない。私が想像していたストーカーとはまるで違う。



 呆れたことにこの「お絵かきストーカー」水野恭一は私の名前すら知らなかった。

 それどころか水野恭一という男は私のことについて、ほとんど知らなかった。ただ、彼が知っていることといえば、私が出た映画を見て、私のことを知ったということだけだった。

「路地裏の天使、見たよ」と水野恭一は言った。


 私はひっくり返りそうになった。


 ちょうど忘れかけていた最悪の映画。私の唯一の主演映画。

 水野恭一は「路地裏のマリア」を見て、それ以来「血塗れのマリア」を探していたということを自分で言った。

「で、ようやくマリア様が血塗れになる前の顔を探せたってこと」妙にハキハキした口調で言った。

 拍子抜けしてしまった。

 こっちはどうやってストーカーをとっちめようと思っていたのに、出てきたのは爽やかを絵に描いたような男だった。

 ツンツンヘアー、派手でもなく、地味でもなく、ツボを押さえた小ぎれいなファッション、明朗快活なトーク。疑うような所なんかどこにも見えない。こういう事がなければ、とても好感の持てる男の人だ。 



 とはいえ、とっても感じ悪い。



 というのが私の率直な気持ち。どっちかといえば彼が私を捜していたのが感じ悪いというのではなく、血塗れのマリアを探していたということが感じが悪かった。

「今、あんたが言ったこと、ホンマ?」聞いたのは祐子だった。

「ホント、ホント」水野恭一は言った。

「ウチらねえ、あんたの事ストーカーやて思ってたんやで」と祐子はズバッと言った。

「ストーカー?」水野恭一の声が裏返った。「俺が?」と自分を指さしていた。

「ちょっと祐子」あまりにも祐子は直線的すぎる。

 すると水野恭一は大声で笑い出した。

「ストーカー?俺が?」もうとにかく笑っていた。「それで、俺を捕まえようとして変装してたんだ」

 もう大笑い。お店の人が「何かあったんじゃないだろうか」と振り向くくらいの大笑いだった。

「笑いこっちゃないで」ピシャリと言ったのは祐子だった。

「あんた、男にゃわらかんかも知れへんけど、女の人にとったら怖いんやで。こんなん絵描かれて。男だからわからんやろ!」と私のあくびの絵を見せつけて、まくし立てていた。

「ゴメン」水野恭一は急に真顔に戻った。

「二人に迷惑をかけていたのは知らなかった。ゴメン。済まなかった」さっきまで大笑いしていたのがウソのように水野恭一は真顔だった。



 私と祐子は顔を見合わせた。多分、この水野恭一がストーカーではないというのは本当だろう。

 でも、私をつけ回していたというのは確かなはず。

 そうでなくてはあの「あくびの絵」の説明が付かない。

「もう、つけ回さんとってや」と祐子は言った。

 祐子の言葉に水野恭一はキョトンとした。

「つけ回すって」

「とぼけんとって。京子の家から学校までずーっとつけ回しとったんやろ?そんでこれ描いたんやろ?とぼけるなんて男らしくないで」祐子はテーブルに置いた私のあくびの絵の顔をバシバシ叩いた。

「つけ回したことはないよ」水野恭一はキッパリと言った。「誓って言うけど、つけ回したことは一度もない。待っていた事はあるけど、つけ回したことは一度もないよ」と真顔で言った。




「じゃあ、これはいつ描いたの?」私はあくびの絵を指さして聞いた。

「これは。バス停の前だよ」水野恭一はあっさりと言った。

「じゃあ、こっちは?」私は吉祥寺の駅前で多分、水野恭一から手渡されたポケットティッシュの絵を見せた。

「これは吉祥寺駅の改札」



 私は水野恭一の顔をまじまじと見た。

 彼の顔を見る限り、ウソを言っているとは思えない。

 でも本当の事を言っているとも思えない。

 水野恭一の言うことをそのまま鵜呑みにすれば、彼はあの朝っぱらのバス停で、通学バスに乗った私がバス停の前に見えてから、大勢の集団に混じって降りる、ものの三分もない時間の内に彼はこの「ピシッ」っと無駄のない表情豊かなあくびの似顔絵を描いた、ということになる。




 あり得ない。あるわけがない。そんなことが出来るわけがない。絶対にどこかで描いた物を渡しただけだ。ずっと私を家の前からつけていて満員電車の中でじっくりと描いていて、先回りして渡しただけだ。とはいえ、それだって結構な芸だと思うし時間もエネルギーもウソもたくさん使っている。

「ウソやろ」と吠えたのは祐子だ。

「んなもんできっこないやん。ウソつくなんて、やらしいわ。男らしくないで」祐子はまたもやまくし立てた。

「そうよ、そんな見え見えのウソついたってだめだよ」私も口をとんがらせて追い打ちを駆けた。

 私たち二人の攻撃に、水野恭一は「にっこり」と笑った。確かに「にっこり」な笑顔だった。

読了ありがとうございました。


今後もごひいきによろしくお願いします。

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