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ポートレイト  作者: 岸田龍庵
私の絵とわたし
68/68

その68

ポートレイト完結投稿でございます。

 私は恭一が画家になっても、ならなくても、どっちでも良かった。

 ただ、もっともっと恭一と一緒の時間を過ごしたかった。絵描きでも画家の卵でもない恭一との時間。

 私の前では恭一はいつも絵描きだった、多分。

 恭一がどう考えているのか、今となってはわからない。

 でも、私が思うに恭一にとって、私は絵のモデルでしかなかったんじゃないかと。




 もちろん、そんな時ばかりじゃないのはわかっている。私達はどこにでもいる、ただの恋人同士だった。

 画家とか、何とかじゃなくて、私は恭一が、私が知っている水野恭一のままでいて欲しかった。

 でも、私が知っている水野恭一は、絵描きの水野恭一でしかなかった。

 いつでも私達は「画家とモデル」だったような気がする。




 画家になって戻ってこようとした恭一。

 ただ、恭一であれば彼が何をしようと何になろうと良かった私。

 違う想いを持ち続けた私達。

 私には恭一の思いが伝わらなかった。私の思いも恭一には伝わらなかった。

 あるのだ。

 いくら距離が近くても、離ればなれでなくても、いつでもどんな時でも会える二人でも、伝わらないことがある。

 私たちがそうだった。




 恭一が絵を描く手を止めた。それは自然に止まった、とかじゃなくて、無理矢理止めたような感じだった。

「どうしたの?」といつもなら聞けた。でも、今は聞けなかった。何故か知らないけど聞けなかった。

「ごめん」恭一は謝った。「やっぱ描けないや」そう言ってペンを置いてしまった。

 そうか。もう描けないんだ。

 普通にお話しも出来てないのに、絵を描いてもらおうなんて考えが甘かったみたい。

「アオヤマさんから聞いたよ。あの、京子にあげた絵を見せたんだってね」と恭一は言った。「あれ以上の京子は、俺には描けないよ。あれが最高の京子の絵だと思うし、あれ以上のは、俺には描けないや」とても申し訳なさそうに恭一は言った。





 そうなんだ。

 私は別に「天女の絵」以上の物を描いてもらおうとは思っていなかった。ただ、最後に恭一にしか描けない「私の絵」を描いてもらいたかった。

「それに、もう勝手に絵は描けないんだ」と恭一は続けた。

「俺はアオヤマさんの組織の人間だから、絵の権利は組織が持っているんだ。だから、描いた絵を京子にあげることは出来ないんだ」

 そうなんだ。

 もう恭一は自由に絵を描くことが出来ないんだ。

 もう何かに縛られているんだ。





 恭一は、もっと絵の勉強がしたくて、画家になりたくてアオヤマ・スミレの組織の人間になったのに、自由に絵は描けないんだ。

 恭一は()()()()()()()()()()()()()()人間になってしまったんだ。

 そんな厳しい世界に、好きな事なのに自由がない世界で恭一は生きてゆけるのだろうか?





「すまない」恭一はもう一度謝った。

「仕方ないよ。そういう決まりなんでしょ」

 私たちは「絵描きとモデル」の関係でもなくなってしまった。

 ただの「嵐山京子さんと水野恭一くん」になってしまった。





 それでも、私は絵が欲しかった。私たちの出会いの始まりは恭一が描いた「一枚の私」だった。最後も恭一が描いた「一枚の私」で終わりたかった。

 それはもう、終わったんだ。

 恭一が自由に絵を描いて、私が自由に絵を描いてもらえる時間は終わってしまったんだ。




「だからこれを持ってきてって言ったんだ」私は持ってきた封筒から「絵」を出した。数え切れないほどの「私の絵」。恭一が描いてくれた私の絵。

 恭一は、

「あるだけでいいから今まで描いた『京子の絵』を持ってきてくれ」と言った。

 なんでなんだろうと思った。でも恭一の絵の所有権がアオヤマ・スミレにあるというのならば話はわかる。売れる売れないはともかく自分の組織の画家の絵は管理するのも彼女たちの仕事だから。

 私は自分の部屋にあった全部の「私の絵」を持ってきた。今まで描いてもらった「私の絵」を私は一枚も捨てないで持っていた。

 走る私、怒る私、笑う私、居眠りの私、食べている私、あくびの私、踊っている私。全部私。恭一が描いてくれた私の一瞬。

「全部とって置いたの?」恭一は自分の作品を手にとって見ていた。




 全部とって置いたって、

 捨てられるわけないじゃない。

「恭一がくれたラブレターなんだよ、これ」

 ラブレター。そう。これは恭一が私にくれたラブレター。




 私にはどの絵がどんな時の絵なのかわからない。言葉がないからなおさら「絵」で判断するしかないんだけど、思うに、私はこんなにたくさんのラブレターをもらっていたんだ。

 私だけしかいない、言葉のないラブレター。

 それも返さなくちゃいけない。それが決まりだから。

 二人で私の絵を見ていると、恭一と過ごした時間が蘇ってくる。

 とても鮮やかに。記憶よりも鮮明に、恭一が描いた私は、私たちの時間を思い出させてくれる

「この時、おかしかったよね」恭一は大笑いしている私の絵を見て行った。

 面白かったこと、楽しかったこと、いつどれだけあったのか、たくさんすぎて思い出せない。

 ただ、もう楽しい時間、恭一と過ごした楽しい時間、それだけ。




 恭一と一緒に私の絵を見ながら思った。

 私はこの人と過去の話で盛り上がっているんだ。

 今の季節だったら二人でこれから先の話で盛り上がっているはずなのに、私と恭一は過去の出来事で盛り上がっている。

 私たちは終わっていないのかもしれない。

 でも、先はない。

 私は恭一と過去の話をしている私達を見て、そう思った。





 その時、風がいたずらをした。




 部屋の中をつむじ風が通り過ぎて、私たちの手の中から「絵」を舞い上げていた。

 空っぽの部屋に私の絵があふれた。桜が散り際に見せる桜吹雪のように、たくさんの私が舞っていた。

 花霞(はながすみ)の中を踊っている私の絵のように。

 まるで、天女の絵のように。



                          ポートレイト  おわり 

読了ありがとうございました。


8月末から隔日で投稿してきましたが、気が付けば冬までかかってしまいました。

読んでくださった皆様には感謝以外に言葉が見つかりません。


ありがとうございました。

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