その62
人には忘れられない日というのが必ずあると思う。
何月何日とかそういう数字のことは忘れてしまっても、その日の空模様だとか暑かったとか寒かったとか風の匂いとか、どんな一日だったとかは忘れないだろう。
今日はそんな一日になるはず。何故かは分からないけどそんな予感がしていた。
恭一の大学の学園祭。私にとって二回目の学園祭。最初の学園祭には金ぴかの仏陀の絵が出展された。
そして今年。恭一がアオヤマ・スミレの組織の海外留学生になれるかどうか、その試験が今日出展される絵にかかっていた。
私は今日、恭一に会わないことにしていた。
恭一が何の絵を、誰の絵を描いたのか私は知らない。
あれから恭一には会ってない。連絡もしてない。それは恭一が望んでいた事だった。
「自分一人で完成させたい」。恭一はそう言った。だから私は恭一に会っていない。
祐子との話もうやむやになってしまっている。
もう私にはどう解決していいのかが分からなくなっていた。
恭一と距離を置いたらいいのか、時間を置いた方がいいのか?
今の私に出せる答えは、今日は恭一の所に行かないだった。
それに私には恭一とは別の目的があった。その別の目的のために私はここに来た。
私は「持ってきた絵」の風呂敷包みをほどいた。
私の絵
私は私の絵を大学の正面の門に立てかけて隣に座った。初めてお披露目になる私の絵。
花霞の中で踊る天女っぽい私の絵。
私と恭一とおばあちゃん以外に観たことがない絵が初めて他の人の目に触れる。
私と恭一とおばあちゃんしか見た人がいない絵を多くの人に見てもらう。
これが私の今日の目的だった。
もともと、この天女の絵は多くの人に観てもらえるはずの絵だった。
私が恭一の絵のモデルになって初めての学園祭に、水野恭一の作品として多くの人に観てもらえるはずだった。
でも、私が気に入ってしまったことが、この絵の運命を変えてしまった。恭一は、天女の絵を私にくれた。
天女の絵は「私だけの絵」になってしまった。
そして出展されたのは金ぴか仏陀の絵だった。
どちらの絵もモデルは私。
踊る私と、目を閉じている私。赤い羽衣を着た天女の私と、金ピカの布を着たパンチパーマの私。
そして今日、恭一の新しい絵が展示される。その絵に海外留学が行けるか行けないかがかかっている。
大学時代の恭一の最後の作品。
その絵と、たくさんの人に観られることがなかった天女の絵を比べてみたかった。
どちらが強いとか良いとかではなく、ただ、比べたかった。何を比べるのか、比べることで何がわかるのか、それは私にもわからない。
ただ、観て欲しかった。たくさんの人に観て欲しかった。
私が思う、水野恭一最高の作品を見て欲しかった。
だから絵を持ってきた。
誰の目に留まるのか。
誰の目にも留まらないかも知れない。
でも、誰にも観られないよりも良いと思った。
私と私の絵の横を人が通り過ぎていく。私と私の絵の隣を素通りして恭一の学校の門に人が吸い込まれて行く。
こうして、道端で絵と一緒に座っていると、沖田広海と一緒に原宿で絵を売っていた頃を思い出す。
あの頃、良く広海の絵を買っていったのは日本人じゃなかった。あの頃から広海の絵は外国人受けしていた。
もし広海が原宿の路上で絵を売っていなければ、今頃、私はここで私の絵と一緒にはいないはず。
今は広海はいない。私だけだ。
広海は道端で絵を売ることで海外留学の切符を手にした。恭一が広海と同じように海外留学の切符を手にすることが出来るかは私にも分からない。
アオヤマ・スミレはまだ来ていないのか?
きっと彼女のことだから堂々と人前に姿を現すのかどうかはわからない。なにせ広海の時もあの手この手を使って私達を監視していたのだから。
そのアオヤマ・スミレは堂々とやってきた。ド派手な紫色のスーツ姿で、リムジンを乗り付けて、黒いスーツの大男二人を従えて。
名前通りのスミレ色のスーツ。また派手な色が似合うんだなこの人は。
こういう人はどこへ行っても目立つように出来ているのだろうな。
そのド派手なアオヤマ・スミレと、サングラスをしたアオヤマ・スミレと目が合った。
「おや、コーコさん」アオヤマ・スミレはサングラスを外した。青い目が私を観ている。「どうしたの、こんな所で」と言う前に、彼女の視線が私から私の絵に移っていた。
ド派手なスーツが汚れるのも気にしないで、アオヤマ・スミレは私の絵の前にドッカリと座って絵を見ていた。
アオヤマ・スミレがこうして絵を真剣に観ているのを見るのは初めてだ。お付きの黒いスーツの二人組がアオヤマ・スミレに「どうしたものかな」と困った顔をしているのがおもしろい。
「この絵は?」ようやくアオヤマ・スミレは絵から目を離した。「あなたですね」アオヤマ・スミレの問いに私は頷いて答えた。
「恭一が描きました」私は付け加えた。
ちょっと人が集まってきた。私はともかくとしてアオヤマ・スミレの一行は目立つ。私の絵を見るためではなく、アオヤマ・スミレ御一行様を観る人の輪が出来ている。
読了ありがとうございました。
今後もごひいきによろしくお願いします。




