その61
見なれているはずの恭一の部屋のドアがとても高い壁のように見える。
こんなドアだったっけ?ドアノブが冷たそうだ。握ったら凍り付きそうだ。
私はずっと握りしめてきたバンドのデモテープを見た。
プラスチックのパッケージに汗がついて、ベースを弾く祐子の顔が曇ってがぼやけていた。
なんでこんなものを持ってきたのだろう?
こんなものがいったいどんな証拠になるというのだろう?
というより、私は恭一に対して何を疑っているのだろう?証拠なんか持ってきて。
祐子の絵を描いたこと?
祐子と会っていること?
恭一と祐子は友達だし、恭一は絵描きのたまごなのだから描きたい絵はたくさんあると思う。
描くのが私だったり、祐子だったり、他の誰かだったりするだけ。
それ以外のことを私は何を疑っているのだろう?
私は恭一の部屋のドアノブに手をかけた。回すと簡単に空いた。簡単に恭一の部屋に入れた。
玄関にはいつも恭一が使っているサンダルがなかった。コンビニにでも行っているのだろうか?
不用心とかそんなことよりも、恭一が自分の大切な絵が置いてある場所の鍵をかけないで出かけていることのほうが疑問だった。
一年前の展示会の時には絵を描いている場所には関係者以外は入らせてもらえなかったのに。
部屋の明かりがついたままだ。短い廊下。私は廊下を歩く。
脱衣所のドアが開いていた。誰もいなかった。思わず洗面台を見てしまう。
洗面台の鏡に映った私。
リクルート姿の私。
目が血走っている。
私は何を探そうとしているのだろう?
恭一の部屋。
絵を描かれて、ご飯を食べ、テレビを見て、眠った恭一の部屋。
描きかけの絵がイーゼルに載っていた。
でも、描きかけの絵は私じゃなかった。
祐子だった。
イーゼルだけじゃなくて、部屋のあちこちに祐子の絵が散らばっている。
私の絵は一枚もない。
私の絵はどこにもない。
描きかけの私もいない。
恭一は、何の絵を描いているのだろう?卒業制作の絵を描かなきゃいけないのじゃないだろうか?
絵のモデルは私のはず。
でも私の絵は一枚もない。
スケッチブックを見ても祐子の絵しかなかった。楽しくベースを弾く祐子。
部屋中に散らばっている祐子の絵が私を取り囲んでいた。何枚もの祐子の絵。たくさんの祐子が私を見ている。
私の絵は、どこにあるのだろう?
恭一は私の絵を描いているんじゃなかったの?
私の絵はどこにいったの?
なんで祐子の絵がここにあるの?
モデルなんか誰でもいいの?
私でも祐子でも。
モデルになってくれる人ならば誰もでもいいのだろうか?
恭一は、「笑顔の嵐山京子を描きたい」なんてことを言った。
祐子には「笑顔の猪俣祐子を描きたい」なんてことを言ったのだろうか?
恭一にとって、私と祐子は何が違うのだろう?
恭一は、私と祐子をとっかえひっかえして、一体何のために絵を描いているのだろう?
恭一は、一人で戦っているんじゃなかったのだろうか?
「俺は一人で絵を描き上げる」
恭一はそう言って、この部屋から私を閉め出した。
私を閉め出したかわりに祐子をつれてきたのだろうか?
私の絵がどこにもない。
描き上げる絵がここにはない。
苦しかったと思う。
一人で自分に向き合って、将来の事を決める絵を描くのは、とっても苦痛だったと思う。
広海がそうだった。絵を描く広海は楽しそうにも見えたけど、いつも悩んでいた。広海はいつも一人で戦っていた。
恭一も一人で描き上げると言った。
でも、無理だったのかな?
恭一は一人では戦えなかったのかな?
なんで、なんで恭一は私を呼んでくれなかったのかな?
なんで恭一は祐子の絵を描いたの?
なんで恭一は祐子を呼んだの?
私じゃなくて祐子。
恭一にとって私は何なんだろう?
ただのモデル?
石膏のビーナスと同じなの?
私は靴を履くと恭一の部屋を出た。
というよりも、私が来た場所は恭一の部屋だったのだろうか?
来てはいけなかった。
知らなくても良いことなら、知らない方が良かった。
読了ありがとうございました。
今後もごひいきによろしくお願いします。




