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ポートレイト  作者: 岸田龍庵
モデルのわたし
58/68

その58

「おじいさんと出会ったのは、ちょうど戦争が始まった頃でねえ」

 聞いたことがある。おじいちゃんが戦争に行ったという話。

「おじいさんも戦争に召集されたのよ。その時に『結婚しましょう』って言ったの」

 戦争ドラマとかで良くあるシチュエーション。大抵は男の人は戦争から戻ってこなくて、女の人はその人の子供を宿したまま未亡人になってしまう悲しい結末が待っている。




「おじいちゃんが言ったの?『結婚しよう』って」

「わたしが言ったのよ」

「おばあちゃんが言ったの?結婚しようって」

「そうだよ」

 これは驚き。

 あの当時、映画とかドラマで見る限り女の人は男の人の言うことを黙って聞いているというイメージしかない私には、女のおばあちゃんが自分から「結婚してほしい」と言ったなんてびっくり。

「そしたらねえ。おじいさんは『今はやめよう』って言ったのさ」

 これまたびっくり。

 先にプロポーズしたのがおばあちゃんなら、それに待ったをしたのが男のおじいちゃんだったなんて。

「なんで、おじいちゃんは『今はやめよう』って言ったの」

「戦争に行って、おじいさんは兵隊さんにならなきゃいけないから今はやめようって、おじいさんはそう言ったんだよ」



 戦争に人生を左右された時代。

 平和な時間を生きている私には想像もつかない。就職活動に破れた所で死ぬことはないけど、戦争は死んじゃうんだ。

「私は、おじいさんに『今、結婚して欲しい』って言ったのさ。その当時は兵隊さんのお嫁さんになるのが()()()()でね。お国のために働いてくれる兵隊さんの奥さんがどれだけ神々(こうごう)しく見えたのか。今思うと若かったんだろうけどね」




 初めて聞くおばあちゃんの昔話。

 そうか、おばあちゃんは「兵隊さんのお嫁さん」になりたかったのか。

 


 時代とか周りの状況がそうさせたのかも知れないけど、わかる気がする。「兵隊さんのお嫁さんになりたい」って思うおばあちゃんの気持ち。

 でも、何でおじいちゃんは今は結婚するのを止めようっていったんだろう。

 戦争に行ったら死ぬってことが当然、頭にあったと思うけど、ドラマとかで見る限りは戦争に行く前にみんな結婚しているよなあ。

「あの頃は、みんな戦争に行く前に結婚していたから私達もそうしたかったんだけど、おじいちゃんは()()として利かなくてね。

『おれは必ず、必ず(かえ)る。戻ってきたら結婚しよう』って兵隊さんに行ってしまったのさ。私は取り残されてしまったような感じでね。でもで待っていたのさ。

 待たないわけいかないからね。おじいさんは戦争しているのに」




 なんか、話がドラマよりもドラマっぽくなってきた。もちろんおじいちゃんは戦争から無事に還ってくるんだけど。

「この辺は疎開(そかい)先だったから空襲とかはなかったけど、おじいちゃんを待っているのは辛かったねえ。結婚もしていないのに未亡人になったような気分だったねえ」

 ふ~ん。そうなんだ。

「そして戦争が終わっておじいさんは言った通りに還ってきたんで私達は約束通りに結婚したのさ」




 なるほど。

 大体はわかったけど、ちょっと気になる。




「何でおじいちゃんは戦争に行く前に結婚しなかったんだろうね?」

 おばあちゃんは、また「ほほほ」とはにかんだ。

「京子は私と同じことを思うんだね」とおばあちゃんは言った。

「いつだったかねえ。おじいさんに聞いたことがあってね。『なんであの時、結婚してくれなかったのかって。私は兵隊さんのお嫁さんになりたかったのに』って言ったことがあったのよ」

「そしたら?」

「そしたらおじいさんは『兵隊さんのお嫁さんになんかなって欲しくない。清和子(さわこ)には嵐山竜吉(たつきち)のお嫁さんになってほしかったんだ』っていったんだよ。

 つまらないこと考えるんだね男の人って。兵隊さんだろうが、なんだろうが構いやしないだろうって思ったんだけど。

 良く考えると『兵隊さんのお嫁さん』になりたかったのは私じゃないかって思い出したら、とてもおかしくってね。そのことをおじいさんに話したらおじいさんは『わしの言ったことの方が正しかっただろ』だって」

 おばあちゃんはおじいちゃんとの話を、はにかみながらしてくれた。




 ふ~ん。そんなことがあったんだ。




 私も兄貴も生まれるず~っと前にそんな物語があったんだ。

「だからおじいちゃんは偉いんだよ。もし、おじいちゃんが戦争から還ってこなかったら、京子も、おかあさんも居なかったんだから」と誇らしげにおばあちゃんは言った。

「そうだね」納得するしかなかった。

 でも、

「おばあちゃんだって偉いじゃない。ちゃーんと戦争終わるまで、おじいちゃんを待っていたんだから」と言った。

 そしたらおばあちゃんは耳の先まで顔中真っ赤になって照れていた。

 ほとんど記憶にないおじいちゃん。今も私と同じ時間を生きているおばあちゃん。二人はおばあちゃんが死ぬまで夫婦で居続けられるだろうし、これからもそうだろう。

 ほとんど記憶にない私のおじいちゃん。戸籍上でしか孫と名乗れないような、今まで遠い存在だったおじいちゃん。

 あなたの孫は、今日たくさんおじいちゃんのことを知りました。

 シンプルな夕食が終わって、私は私の絵が飾ってある居間で布団に潜った。






 静かな夜。静かな部屋。静かな時間。

 高い天井の格子模様をぼんやりと見ていた。

 何で、おばあちゃんにあんなことを聞いたのか?

 離れ離れになったおばあちゃんとおじいちゃん。でも、二人は戦争が終わってから再会できた。だから私たちがいる。

 私は起き出して床の間に飾ってある私の絵を見た。

読了ありがとうございました。


今後もごひいきによろしくお願いします。

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