その57
一年前、恭一が描いた私の絵。天女の絵。
私はこの絵を一目見て気に入って、もらってしまった。もらったはいいけれど、置き場に困った。
生まれてこの方「絵画」というものを所有したことがない私は、勢いでもらってきた自分の絵の置き場に困った。
自分の部屋に飾るというのもおかしな話だし、私の家は本来なら丁寧に扱う「絵画」を保管できるほど広くないし、なにより込み入っている。
絵というのものは意外にもてあますのだということを、実際に絵を手にするまで私はわかっていなかった。
恭一に描いてもらった大切な私の絵なのはわかっているのだけれど、じゃあ私が大切に保管できるかと言えば自信がなかった。
そこで私は私の絵を、実家よりも広くて静かなおばあちゃんの家に、おばあちゃんに預けた。
「京子、キレイに描いてもらって」
おばあちゃんって、おばあちゃんだからかもしれないけど、時々なんだけど、ものすごく正直に孫の私を誉める。
両親に「キレイ」なんて言われたこともないし、誉めてもらったことなんてあまりなかった。
両親は多分誉めたり甘やかしてばかりいたらロクでもない子供に育ってしまうから、正面切って私たち子供を誉めたりはしなかったのではないかと思う。
今も「キレイ」だなんて恥ずかしいことを、おばあちゃんはすっと言ってくれる。
私もそう思う。
恭一が描いてくれた、二十歳の嵐山京子は、自分で言うのもなんだけど、キレイだと思う。
今の私と比べたら。
「おじいさんにも見てもらおうかねえ」
私は自分の絵を持っておじいちゃんの仏壇の前に自分の絵を置いた。
おじいちゃんは、私が生まれてすぐに亡くなった、という事を聞いている。
私にはおじいちゃんの記憶というものがまったくない。二つ歳の兄貴も同じで、おじいちゃんのことはほとんど記憶にないという。
二人ともおじいちゃんにだっこされたはずだけど、幼すぎた私たち兄妹はおじいちゃんの記憶がない。
私たち兄弟は、おばあちゃんの家に来ると真っ先におじいちゃんの所に行く。子供の時は線香をつけることはしなかったけど、今はチーンとおリンを叩いてから手を合わせた。
「おじいちゃん、今年の夏もやってきました。楽しく遊んで下さい」と心の中で呟く。
来年からはそれも出来なくなるかもしれない。いつもよりたくさんお祈りした。
当たり前なんだけど、おばあちゃんの家には、もうおじいちゃんはいない。
物心ついたときから、おばあちゃんの家は「おばあちゃんの家」で、「おじいちゃんの家」じゃなかった。
でも、私達はおばあちゃんの家に行くと、いつもおじいちゃんがいるような気がする。幽霊とかそういう怖いものではない、おじいちゃんの気配。この家はおばあちゃんの家で、おじいちゃんの家でもあると思う。
いつも真っ先に手を合わせるおじいちゃんの仏壇。その正面に私の絵がある。
「どうですか、おじいさん。京子、こんなにキレイになりましたよ」
おばあちゃんは、そうしていつもおじいちゃんとお話をしている。
おじいちゃんの正面に私の絵を持った私が並んで立っている。
おばあちゃんはおじいちゃんに、どっちの私のことをキレイだと言っているのだろう。
どちらも私。
赤毛で踊っている私。
髪を黒く染めた就職活動中の私。
どちらも私のはずなのに、私にはとても同じ「私」には見えない。
絵の中の私は、たった一年前の私なのに。
まだ二十歳そこそこの私が、私よりはるかに年上のおばあちゃんの前でこんなことを思うのはおかしいかも知れないけれど、二年前にくらべてとてもフケた。
シワがどうこうとか言うのではなくて感覚的にフケていた。それがイヤだとかという気持ちは全然起きない。
ただ、
一年前の私を見ていて思った。
「私、どうなっちゃったんだろう?」
おばあちゃんの家の夜はとても静かだ。
おばあちゃんとの会話もほとんどない。カエルと虫の声が私とおばあちゃんの少ない会話の合間を埋めてくれている。そんな感じ。
おばあちゃんの家の晩ご飯はとても早い。
夕方の五時半か六時にはもう晩ご飯の時間。
東京での私の暮らしに比べると夕方5時半の晩ご飯はとても早い。でも、不思議と夜にお腹が減るなんてことはなくて、ぐっすり眠れる。こういう暮らしをしていると、健康になれるのかなって思ったりもする。
おばあちゃんが「せっかくだから飾ろうかね」と納戸から出してきた私の絵は居間の床の間に飾られている。その私の絵がある居間で私たちは晩ご飯を食べている。
私たちの食事風景を「一年前の私」が見ている。とっても笑顔で踊りながら見ている。
「ねえ、おばあちゃん」
有り余っている沈黙に耐えきれなかったのか、私の口が開いていた。
「どうして、おばあちゃんはおじいちゃんと結婚したの?」
私の突然の質問に、おばあちゃんはとても驚いた顔をした。
誰だってこんなこと聞かれたら驚くと思う。
「どうしたのかね京子は」
「なんとなく、聞いてみたかったの」そう、なんとなく、なんとなく。
「今までは、お母さんとかお兄ちゃんが一緒だったから聞けなかったけど、ちょっと聞いてみたいの」と当たっているようないないような理由で説得してみた。
自分でも何でこんな質問をしたのかわからない。でも聞いて見たかった。
「ほほほ」おばあちゃんははにかんだ。それは笑いではなくて明らかにはにかみだった。
「随分、昔の話しになるねえ」
おばあちゃんは話を始めた。とても昔の話を。
読了ありがとうございました。
今後もごひいきによろしくお願いします。




