その56
小学校の頃は夏休みをおばあちゃんの家で過ごすのが恒例だった。
会社を経営している両親が、「夏休みは子供に手間がかかる」というので兄弟揃っておばあちゃんの家に預けられた。そんなこともあってか、夏休みといえば「おばあちゃんの家」だった。
しかし、おばあちゃんの家での夏休みも結構ご無沙汰していた。おばあちゃんの家に来る以外に、やることが増えたというのが理由。
親と一緒に歩きたくない年齢がくるのと同じでおばあちゃんの家にもあまり行かなくなった。
中学、高校はおばあちゃんの家で過ごした夏休みは短い間だけだった。大学に入ってからは今回が初めてだ。
そして今年は私からおばあちゃんに頼んで家に居させてもらっている。
「京子、お茶を入れておくれ」おばあちゃんはお盆を持って居間に入ってきた。
おばあちゃんの食卓は、都会の人間からみればとても貧しく見えるだろう。
ご飯と、おみおつけと、漬け物、昨日の残りの焼いた塩鮭。それだけだ。おばあちゃんの家で肉が食卓に上ることなどほとんどない。
都会だと、これだけしかない食事は考えられない。
逆に言うとおばあちゃんの家だから食べることが出来るシンプルな食事ということになる。
朝もぎの野菜は食卓には上っていない。これ以上食べると胃が重たくなったりするからだ。
朝もぎ野菜は近所に配られるのだろうか。
おばあちゃんの家だと物事はとてもシンプルに進む。
日が昇ると起きて、シンプルなご飯で、昼すぎにはお昼寝、夕方にはのんびりお風呂に入り、夜が始まったころには寝てしまう。とても規則正しい、わかりやすい暮らしがある。
おかずの少ない食卓も、それだけで十分に足りてしまう。おやつは食べるけども、あまりお腹が減るようなこともない。
人の声よりも鳥の鳴き声の方が多く、車の騒音よりも風が吹き抜ける音の方が多い。人よりも自然の方が多い環境。それがおばあちゃんの家。
私は鮭茶漬けにしてシンプルな食事を終わりにした。
「宗一は忙しいのかねえ」
食後のティータイム。飲むのはこぶ茶。おばあちゃんはポツリとそんなことを言った。宗一とは私の兄のことだ。
「うん。毎日帰り遅いよ」
「大変だねえ」おばあちゃんが言うと、なんでもしみじみ聞こえる。
私が、就職活動の最中なのにおばあちゃんの家に来たのには、来年は確実に働いているということがあった。
多分、どこかの会社に就職すれば、夏休みなんてのんきなことは言っていられないはず。
一年目なんて気が張りつめっぱなしだろう。一日の全てのエネルギーを吸い取られて、休みの日なんかは何も出来ないんだろうな、と思う。
もしかすると、私にとっておばあちゃんの家の夏休みは今年が最後になるのかも知れないのだ。
だから来た。
もう二度と来ることが出来ないかも知れないから。
もう二度と来ない時間を、もう一度しっかりと私の中に焼き付けておくために。
もう兄貴と一緒におばあちゃんの家に来ることは、多分ない。
兄貴と一緒に虫採りをしたり、家のゴミを兄貴と一緒に燃やしたり、線香花火をしたり川遊びが楽しめる夏休みは私たちには、もう来ない。
来年、私が働くようになっても、おばあちゃんの家には今年と同じような夏の時間が流れているのだろう。そんなことを思いながら飲む梅こぶ茶は、いつもよりしょっぱかった。
「京子や、京子」
おばあちゃんの呼び声が目覚ましだった。
縁側で昼寝するのはとても気持ちがいい。ほっぺたに板の目の跡がついているだろうけど、気にもならない。
おばあちゃんの家は昼間でも暗くてひんやりしている。小学校の頃は、この暗さがちょっと怖かった。
夜には離れにあるトイレに行くのをがまんしていたり、昼でも日が射している縁側をから動かなかった時もあったけど、今はこの柔らかな暗さが気に入っている。都会にはない明るさだ。
おばあちゃんの声は裏の勝手口の方から聞こえた。行くと、おばあちゃんは土間で平べったい風呂敷包みを持っていた。
「これ、持ってちょうだい」そういって敷居の上にいる私に言った。私は土間に降りておばあちゃんから包みを受け取った。
「京子の絵だよ。せっかくだから飾ろうかね」
私の絵。
恭一が描いてくれた、展示会に出なかった幻の作品。おばあちゃんの家に持って来てから、一回も見なかった絵。
おばあちゃん、大事に持っていてくれたんだ。風呂敷に包んで。
「どれ、開けようかね」おばあちゃんが結び目をほどくと、ふわりと風呂敷は床に落ちた。
二年ぶりくらいに見た私の絵。
踊る天女の私。花霞の中、赤く燃えている服を着て踊り狂っている私。まだ赤毛の頃の私。
二十歳の嵐山京子。
読了ありがとうございました。
今後もごひいきによろしくお願いします。




