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ポートレイト  作者: 岸田龍庵
モデルのわたし
52/68

その52

 就職活動は未だに活発だった。私も私の周りも。たまの日曜でもセミナーとかやっていて、そんなのにも参加しているのが私の最近の休日の過ごし方だった。

 でも、今日は休んだ。

 自分のことにかまけて恭一のことをほったらかしにしすぎていたような気がした。恭一の変貌ぶりも気になっていた。

 ところが恭一は、すっかり私が良く知っている、水野恭一に戻っていた。

 ひげ面でもないし血走った目はしていない、小ぎれいでハキハキした、出会った頃と何も変わっていない水野恭一にすっかり戻っていた。

 あの怖いくらいの変貌ぶりはどこに行ってしまったのだろう。

 まったく別人のように見えた恭一はどこへ消えたのだろう。

 てきぱきと、慣れた手つきであれこれ道具を並べている恭一を見ていると、何かが吹っ切れているようだった。




 何が吹っ切れたのか?何で吹っ切れたのか?

 わからない。




 そういえば沖田広海にも同じような事があった。急に()()()()()()なったかと思うと、次の日にはケロっと機嫌が直っていたりしていた。

 絵描きとはそういう生き物なのだろうか?





「タオル貸してくれる?」恭一にバスタオルをもらってお風呂場に行った。裸になるからってシャワーを浴びるつもりはないけど、恭一の前で服を脱ぐのもなんだと思った。

 脱衣所で服を脱いでいく。一枚一枚、きれいにたたんで。自分で服を脱ぐのに、こんなにドキドキすることなんて初めて。脱がされてドキドキしたことはあったけど。

 鏡の前に立つ。鏡の向こうに裸の私がいる。

 モデルになるのなら、もっとダイエットしておくんだった。もっといいスタイルならもっとよかったのに。裸の体にタオルを巻いて私は恭一の所に向かった。






「あ、あの」タオル一枚のまま、私はどうしていいのかわからなかった。タオル一枚というのは、もしかしたら裸よりも恥ずかしい。

「どうしたらいい?」

「うん、ベッドにかけてくれるかな」道具を並べながら恭一は言った。

 私はタオル巻きのまま、ベッドにかけた。なんか初めて来る部屋みたい。私は道具を用意する恭一を見ていた。

「ねえ」聞きづらかったけど「やっぱり取らなきゃダメ?」

「出来ればね」恭一が言った。「でも、恥ずかしいよね、裸になるって」恭一は他人事のように言った。

「そりゃね」恥ずかしいのはもちろんなんだけど、私が裸の時は恭一も裸だった。それにこんなに明るくなかった。

「いいよ、京子が恥ずかしくないってなるまで待つから」恭一はさらりと言った。

 待つから。

 そんなこと言われても。

 恭一はいつまでも待つつもりだ。何時間でも何日でも。

 私には今日しか時間がない。就職活動中の私には、そんなに時間がない。





 私は座っている恭一のベッドに突っ伏して、恭一の枕に顔を埋めた。

 恭一の匂い。私しか知らない恭一の匂い。もう少しすると、この匂いが遠くに行ってしまうの?

 海外留学。

 日本で働く私と、海外留学に行く恭一。





「あなたたちは離ればなれになります」

 アオヤマ・スミレはそう言っていた。




 そうなるの?

 私たちは離れ離れになってしまうの?

 離れ離れになったら、また元通りになれるのだろうか?

 恭一は離れ離れになるために私の絵を描く。

 私は離れ離れになるために恭一のモデルをする。

 私たちは離ればなれになるために、共同作業をする。

 一体、私たちは何のためにここで、こうしているのだろう?

 画家とモデル。

 なぜ恭一は私をモデルにしたいのだろう?

 なぜ恭一は絵を描くのだろう?

 私たちが離れ離れになったら、私たちの絵はどうなるのだろう?

 これから描かれるだろう裸の私の絵はどうなるのだろう?

 天女の絵みたいに、多くの人に見られない絵になってしまうのだろうか?





 そんなのはイヤだ。

 天女の絵と同じようになってしまうのはイヤだ。裸を見られるのは嫌だけど、誰か一人だけにしか見られない絵になってしまうのはもっと嫌だ。





「ねえ、一つ聞いてもいい」恭一の枕に顔を埋めたまま私は言った。

「なんで仏陀(ブッダ)の絵を学園祭に出したの?」

 私は「何で天女の絵を出さなかったの?」とは聞かなかった。

 仏陀の絵は多くの人に認められている。祐子もアオヤマ・スミレも仏陀の絵のことは知っている。

 でも天女の絵のことを知っているの私と恭一だけだ。祐子もアオヤマ・スミレも知らない絵。

 天女の絵は展示されないまま私の手元に残った。

「あの絵が、一番良かったからさ」恭一は言った。

 ということは恭一は展示した仏陀の絵と私にくれた天女の絵以外にも絵を描いたということなのだろうか?

 私がたまたま美術室に押しかけた時にできあがっていたのが天女の絵で、もしかすると行く日が違ったら私は違う絵があったのかもしれない。

「でもね」恭一は言った。私は枕から顔を上げた。

「本当は京子にあげた絵をみんなに見せたくなかったんだ」と恭一は言った。

 




 え?。

 見せたくないってどういうこと?

 そんなに出来が悪かったということなのだろうか?

読了ありがとうございました。


今後もごひいきによろしくお願いします。

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