その5
この回から、今回の絵描きさん、恭一君が登場します。
出会いなんていつも突然だ、と思ったことは一度もない。出会いがキッカケで、男とでも女とでもつきあいが始まれば、いつも決まって出会いは忘れられてしまうから。出会いとはそういうもんだと思っていた。
恭一に出会うまでは。
私と水野恭一との出会いは、そういう意味ではまさに強烈だった。
あれ以上インパクトのある出会いには、今まで出会ったことがないし、多分これからもないと思う。
出会いは冬になったばかりのカサカサした日に私を待っていた。
その日も私は眠かった。私はいつも眠い。低血圧じゃないけど朝は弱い。早い話が起きるのが面倒なんだけど。
寝ぼけ面の私はいつものようにウチの学校の学生と同じバスに乗る。だからバスはとても賑やかだ。「大学移動中」って感じ。その賑やかなバスの中でようやく私は目が覚める。大学に入ってからなんだけど、私は通学には或る程度の時間があったほうが良いと思うようになった。「ある程度の通勤時間」で人はスイッチを切り替えると思うようになった。
恭一との出会いの場所はバス停だった。私の大学に一番近いバス停で、「バス待ち」している人が窓から見えた。男の人だった。
私の学校の最寄りのバス停を一番利用しているのは、当たり前だけど私の学校の学生だ。だから、このバス停でバス待ちをしているのは私と同じ大学生ということ。
で、バス待ちをしている男の人もウチの学生ということになる。普通ならば。
でも時間は朝。しかもウチの大学の近くにあるのは住宅地で、この時間にバス待ちしている人は、多分みんなよりも通勤時間が遅い人に違いない。あまりこのバス停から乗る人は少ないからだ。少なくとも夕方の私たち学生を除いては。
と、改めて考えると、そんなようなことになるのだろうけれど、そんなことが、ようやく起きたばっかりの私の頭で考えられるわけもなく、私はあくびしながら、ぼんやり窓の外を見ていた。バス待ちをしている男の人が見えた。そしてバスは停まった。
このバス停にバスが停まっている時間はとっても長い。ちょっとしたラッシュだ。ぞろぞろ降りる学生たちに混じってもちろん私も降りる。その他大勢の私の元にスルスルと「バス待ちの人」が寄ってきた。
そして、
「おはようございます」とティッシュ配りの人みたいに紙を一枚私に出してきた。
私はちょっとだけポカンとなった。
これだけ人が山盛りいるのに私にだけ渡される紙って?何も考えずにそれを受け取った。
私が「紙」を受け取ると、その男の人はするすると私が乗ってきたバスに乗り込んだ。
私は、紙を見た。なんで私にだけ紙が配られたのかわかった。
手渡された「紙」には私が描かれていた。しかもあくび中の吊革を持っている私の絵だった。
徹底的に無駄な線をそぎ落とした、でも一目見て「あくびしている私」とわかるシンプルな私の絵。私はバス待ちをしていた男の人を探した。でも、私が探せたのは走り去っていくバスの後ろ姿だけだった。
後で思い返すと、それが私と恭一の出会いだった。
「ふ~ん」
尻上がりの「ふ~ん」だった。
「どう思う?」
「どうって言われてもなあ」祐子は私が手渡された絵を見ながらぼんやり言った。
祐子が見ているのは私の絵。「絵」ではなく、どちらかといえば「写真」に近いような私の似顔絵。しかもあくび中の私の似顔絵。シンプルだけど私だとすぐにわかる絵。
「あれちゃうの、ほら」祐子は楽しそうに「ストーカーってヤツ」
「ストーカー?」思いきり声が裏返った。
冗談じゃない。ストーカーだなんて、ニュースでしか聞いたことがないような言葉が自分に降りかかって来るなんて本当に冗談じゃない。
かなり薄気味悪いし、かなりホラーだ。
祐子は私と私の絵を交互に見比べていた。
「なによ、ジロジロ見て」
「これ、今日のあんたやん」と祐子は言った。
「へっ」私は祐子が何を言っているのかわからなかった。「どういうこと?」
「ほれ」祐子は私の絵を私の方に向けた。「見てみ、ここ」と絵の中の私がしているタータンチェックのマフラーを指さした。
「あっ」思わず叫んでしまった。何気ないことだけど、絵の中の私と、今日私が着ている服がまったく一緒だった。
「やろ」納得した?というように祐子は言った。
私は怖くなった。体中が寒くなってくる。
この私の絵は、いつの日か私がやったあくびの内の一つじゃなくて、今日のバスの中で「あくびをする私」を描いていた。ひょっとすると私はつけられていたんじゃないかって思った。
読了ありがとうございました。
イレギュラーで奇数日に投稿です
今後もごひいきによろしくお願いします。