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ポートレイト  作者: 岸田龍庵
暑い夏とわたし
48/68

その48

 私は祐子に恭一がどういう就職活動をしているのかを言った。

 アオヤマ・スミレというスカウターがいて、謎の組織があって、恭一はその留学生になるための勉強なのか絵の制作なのかをしていることを。

「大丈夫なん?そんなとこ」祐子は難しい顔になった。確かに祐子の言う通りでもあるんだけど。

「私の友達は、一人留学に行っているけど」私の親友の沖田広海はアオヤマ・スミレの組織の留学生になって、今も海外で勉強をしている。

 広海の話を聞くと、そんなにいかがわしい組織ではないように思える。

 けれど、キチンとした組織なのかは私にもわからない。今更だけど随分いい加減な所を恭一に紹介したものだと思う。

 私が紹介したわけじゃなくて恭一が頼んできたのだけれど。




「世の中、いろんな就職先があるんやなあ」()()()と祐子は言った。

「就職先?」祐子はたまにおかしな事を言う。「就職じゃなくて、留学だから」

「一緒やでそんなん。新聞奨学生みたいなもんやろ。どうせ、そのなんちゃらいう組織の人方が持ってくるつまらーん仕事させられるんや。そんでつまらーん絵描きになってしまうんよ」と祐子はまくし立てた。

「そんなんやったら行かん方がええで」

 祐子は意外と現実派だ。

 でも新聞奨学生と一緒にされたのではアオヤマ・スミレもたまったものではないだろう。




 アオヤマ・スミレには申し訳ないけど新聞奨学生みたいな部分はあるんだろうな。絵描きとして一人前になっても、当分は組織が持ってくる、お金になる仕事をさせられる。

 そういうことがあっても当然だと思う。広海がやっているポスター描きや看板の仕事もその一つなんだろう。アオヤマ・スミレの組織だって慈善団体じゃないのだろうし。

「でも、恭一君らしいやん。絵の勉強で海外留学するなんて」と祐子は言った。

 恭一らしい?

 そうかな?

 アオヤマ・スミレの謎の組織の試験を受けることが恭一らしいのだろうか。

 だいたい、その人らしい就職活動なんてあるのだろうか?

 好きな赤毛を染めてしまう私は、私らしくない就職活動をしているのだろうか?

「ふ~ん、しかしヤやね、就職活動」と祐子は大きく伸びとあくびをした。

 その祐子の様子がとても気持ちよさそうに見えた。

 祐子らしい。

 私にはそう見えた。

 祐子らしい就職活動。

 恭一らしい就職活動。

 私らしい就職活動。

 私たちは、それぞれの場所で、それぞれの戦いをしている。





 好きな人の家へ行くバスに乗る。いつもと同じバスに乗る。恭一の家に私を運んでくれるバスに乗る。

 いつもは楽しい、ウキウキするバス移動。

 今日は足取りが重かった。できれば今日は行きたくなかった。恭一の家に。

 恭一に呼び出されたのは就職活動の真っ最中の時だった。こういう時の携帯電話はとても面倒な持ち物だと思う。すぐに連絡がついてしまうから。





 恭一は「今日、来て欲しい」と言った。

 私は、出来れば今日は恭一と会いたくなかった。

 リクルートスーツの姿で恭一に会いたくなかった。今まで、恭一にはこの服装は見せたことがないし、見せたくもなかった。だから今日は行きたくなかった。

「どうしても今日、会いたい」なんてドラマの主人公みたいなことを恭一は平気で言う。どうして会いたいのか?どんな用事があるのか?恭一は用件を言わなかった。

 バスに乗る前に思った。好きな人と会うのに理由とか用件とかって関係ないよね。

 好きな人と会うのに「理由」とか「用件」なんかを考えてしまう私はやっぱりどうかしている。最近の私たちはちょっと離れ気味のような気がする。

 ほんの少し前までは、会いたい時にすぐに会えた。今日、遠くに行きたいと思えば、夜中でも車を飛ばせば海は手が届くところにあった。今日、飲みに行きたいと思えば仲間はたくさんいた。

 でも、そんな自由があった時間はもう遠い昔みたいで、今の私は、私とは全然関係のない所を基準にして動いている。

 就職活動。

 生活の全てが就職活動に行ってしまう。服装から、髪型、髪の毛の色からメイクまでガラリと変えてしまう力が就職活動にあるなんて思ってもみなかった。

 すっかり不自由になってしまった。そんな今の姿を恭一には見せたくなかった。





 それでも今日は、恭一の所へ行く。

 最近、ちょっと私達は離れ気味のような気がしている。距離の問題じゃなくて、考え方とか、意識とか、そういうものが少しずつ違ってきているのかもと思う。

 できることなら恭一との距離を縮めたい。

 いつものバスに乗って。いつも座る前の座席は埋まっていた。というより夕方ラッシュの時間でバスはスゴイ満員御礼になっていて乗っていることが拷問のようだった。

 バスは恭一の家に向かっている。満員のバスに揺られながら思った。

 このバスみたいに離れてしまった距離が縮まればいいのに。

読了ありがとうございました。


今後もごひいきによろしくお願いします。

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