その45
広海はコネも輝かしい経歴もないし、有名美大の人間でなかった。それでもアオヤマ・スミレの目に留まった。それはアオヤマ・スミレに言わせると、
「ヒロミ・オキタは本物である」
ということなんだろう。
だから、本格的に絵の勉強をさせるために留学させた。留学費用だってバカにならないはず。
それでもあえて、名もない実績もない沖田広海を留学させたのは、広海が人とは違う何かを持っているからなのだろう。それを見つけて導き出したのはアオヤマ・スミレ。彼女の一存だけではないとは思うけれども、広海を見つけたのは彼女だ。
多分、広海以外にも留学生候補はたくさん居たはず。だけどアオヤマ・スミレは広海を選んだ。他にも有名美大はたくさんあって「天才くん」はたくさんいるはず。
だけど、アオヤマ・スミレは広海を選んだ。彼女が広海を選んで、有名美大の人間を選ばなかった所に、アオヤマ・スミレと私たちの認識のズレがある。
アオヤマ・スミレの前では過去の実績とか有名美大とかいうのは何の役にも立たない判断材料ではないだろうか。これから先どういう成長をしていくか。その部分しか見ていないような気がする。
私が思うに、恭一はアオヤマ・スミレの前では何も役に立たないすべてを持ってしまっている。
有名美大に最優秀作品賞。もちろん、そういう過去の栄光とかネームバリューがあっても、アオヤマ・スミレは「良い物は良い」と言うはず。
けれどもアオヤマ・スミレは一度、恭一の作品を見ている。
去年の学校の展示会に恭一が出した「涅槃」の絵。「金ぴかのブッダ」の絵。
アオヤマ・スミレは恭一の絵に対して無反応だった。少なくとも私にはそう見えた。メモを取っていたのはビジネス的感覚からだろうと思うけれども、あまり感心はしていなかった。というよりも見たことすら覚えているのかな。
もし、恭一の絵がアオヤマ・スミレの目に留まったのなら、彼女は猛烈な獲得攻撃をしてくるはず。現に広海の時はどこまでも追い回すような事をしていた。アオヤマ・スミレは恭一にそういうことをしていない。私から見ると、アオヤマスミレは水野恭一に興味がないのじゃないかと思ってしまう。
そんな恭一を留学生に推せると私は思っていない。でも、万が一ということもある。恭一は広海にはないテクニックを持っているわけだし。
そんなことをあれこれ考えてたら、なんだか自信なくなってきちゃった。
でも、お願いするしかない。
私は恭一のことを洗いざらい、色々な事を混ぜながら喋った。
私の話をアオヤマ・スミレは黙って聞いていた。本当に黙って、下手くそな私の話を聞いていた。つまらなそうに身じろぎすることもなければ、咳払いもしないし、本当に黙って聞いていた。
怖い沈黙。
アオヤマ・スミレが黙っている中、私は恭一の事を話し終えた。
アオヤマ・スミレはやっぱり黙って頷いた。
あれ?
理解してくれたってこと?
「あなたのボーイフレンド、そう涅槃の絵を出展していた彼ですね」
やっぱり覚えていた。どうやらアオヤマ・スミレの恭一の絵に全く興味なし、と思ったのは私の勘違いだった。
「あの金の布を着たブッダのモデルになっていたのはあなたでしたね」静かにアオヤマ・スミレは喋りだした。
そう。
金ぴかブッダのモデルは私。
思えば恭一の手で私は色々なものになった。
天女だったりブッダだたり。
「ここからは『もしも』の話しになりますが」と彼女は断りを入れた。
「もしも、ミズノ・キョウイチが私たち組織のプロジェクトの奨学生として決定したら、彼は多分、いえ間違いなく海外に行くことになります。ヒロミ・オキタのように」
そうか。そうなるんだ。
広海がそうだったように恭一も海外に行ってしまうんだ。そんなことわかっていたはずなのに、アオヤマ・スミレに言われて「そうなんだ」と思ってしまった。
「昔から、画家とモデルが特別な関係にあったことはなにも不思議なことじゃありません。描く側と描かれる側の間には、二人にしかわからないモノが芽生えるのは当然です。あなたは彼が成功するまで、少なくとも私たちのプロジェクトに沿った形で、それなりの結果を残せるまでは離ればなれになって暮らさなくてはなりません。
プロジェクトに二人分の予算はありませんし、出すつもりもありません。あなたはそれが我慢できますか?」
アオヤマ・スミレは青く透き通った瞳で私をジッと見ていた。何の曇りもない、きれいな瞳で。とても静かな瞳。すべての感情を抑えている瞳の色。
今まで、私はアオヤマ・スミレと、この人が所属している組織のことをさんざんインチキとか怪しいとか思っていたけど、それは間違っているんじゃないかなと思った。
こんなキレイな瞳をした人が、人を騙すようなことはしないと思った。
彼女にすれば、成功する人間を一人でも多く作ることが出来ればよいはず。でも、彼女は私達のことを気にかけてくれている。
私は恭一がボーイフレンドであることは言っていない。
でもわかるのだろう、アオヤマ・スミレには。
私たちの関係が。
それにアオヤマ・スミレは恭一が画家として成功することよりも私たちの関係のことを気に掛けてくれている。
こんな人が人を騙すだろうか。
騙すのかもしれない。
キレイな瞳をしていても騙す人は平気で騙すことができるのだろう。
でも、私はこの人は人を騙さないと思った。少なくとも私達は。
アオヤマ・スミレの瞳がざわついた。
読了ありがとうございました。
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