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ポートレイト  作者: 岸田龍庵
暑い夏とわたし
42/68

その42

「外でお待ち下さい」という機械のアナウンスが流れた。

 出来上がりまで一分近くの待ちぼうけ。この待ち時間のために兄貴を待たせて置いた。

 その兄貴はボックスの横でひっくり返っていた。

 寝ている。

 証明写真ボックスの側で「待ちぼうけ」しているだけで恥ずかしいのに、酔っぱらって寝ちゃっている身内がいるのは余計に恥ずかしい。

 自分で「待ってて」なんて言っておきながら私は他人の振りをしていた。これじゃ一人で待っているのと同じだ。




 すっかり寝込んじゃった兄貴は、とてもくたびれて見えた。

 年は私と二つしか違わないのに今の兄貴はかなりオッサンに見える。年の問題じゃないんだろう。

 最近顔を合わせていないからかもしれないけど、今の兄貴は私が知っている兄貴とは別人だ。

 私が知っている兄貴と言えば、バンドのドラマーでかっこいい時の兄貴のイメージがしかない。

 社会人というのは、たった二年くらいで人を変えてしまうものなのだろうか?

 くたびれてオヤジ臭いを出している兄貴を見るのはちょっと寂しい。




 写真が出てきた。四枚組のリクルートスーツ姿の私。

 兄貴のことなんて言えたもんじゃない。

 今の私もすっかり別人だ。

 私が知っている私と言えば・・・・。




 なんだろう?

 「私」ってどんな「私」だったのだろう?

 今の私が一番良く知っている私は、私の手の中にある四枚組のリクルートスーツ姿の私だ。




「起きてよ」

 座って眠りこけている兄貴を揺さぶった。

「ぅんが」と兄貴は起きた。自分がどこにいるのかも分からないような感じだった。

「帰ろうよ」兄貴の腕を引っ張る。もたつきながら兄貴は起きあがった。

 どこからどう見ても筋金入りの酔っぱらいオヤジだ。




 酔っぱらいの兄貴と一緒に家までの道を歩く。兄貴は足取りが重い。千鳥足というのだろうか。フラフラになって歩いている兄貴。その横にいる妹はリクルートスーツ姿にサンダルというちぐはぐな格好。

 こんな取り合わせで兄貴と歩くようになるとは小さい頃は思ってもみなかった。





 とても静かな夜だった。サンダルのゴム底の音がペタペタと鳴っているだけだった。

「仕事、忙しいの?」千鳥足の兄貴に聞いた。

「う~ん」と兄貴はうなってから「忙しいけど、いっこうに(もう)けにならないね」吐き捨てるように兄貴は言った。

 兄貴から「儲け」と言う言葉が出てくるとは思わなかった。

「不況だ。不況」兄貴は不況を繰り返した。




 私は兄貴と仲が良い方だと思っている。

 私たちの上にもう一人、歳の離れた姉がいるけれど、お嫁に行ってしまっていた。それに年が離れていたせいか、私にとっては姉というより母に近い存在だった。

 だからというわけではないのだが、私と兄貴は仲がよい。

 兄貴のお下がりを平気で着ていたし、兄貴のマンガや音楽なんかも良く盗み見、盗み聞きしていた。

 歳は二つ違い。当たり前だけど私が中学一年生の時は兄貴は三年生。適度な距離のある先輩だった。

 適度な距離があるというのが仲良くする秘訣なのかもしれない。兄貴はあまり色々干渉しないタイプの人間だ。




 ウチは父親が経営者なのでほとんど家に居たことがない。

 家のことは母と年の離れた姉が取り仕切ってきた。姉はともかく、母はとても口やかましい人で、いつも干渉(かんしょう)してきた。特に兄貴は大変だったらしい。なんせ長男だし、男の兄弟は一人だけだし。

 小さい頃から干渉されて育った兄貴は、人に干渉することもされることも嫌う人になっていた。

 その兄貴の性格はとてもありがたかった。母の干渉が兄貴に行っている間は、私は干渉という被害を受けなかったし、どちらかといえば()()()()()()にされたのが私。この家で私の唯一の理解者は兄貴だと言ってもおかしくはない。こうして私が履歴書を買っているのを見ても、

「就職活動うまく行っているのか」なんてことは聞いてこない。



 うまく行ってないから履歴書なんかを書くわけでして。



 兄貴はこういった「言われなくてもわかっているよ」的なことを言わなくても済むような才能の持ち主だ。

 兄貴は、将来は父の会社を継ぐことになっている。そういう()()()を兄貴は受けてきたので、物心ついたときから会社を継ぐというのは意識していたらしい。

 兄貴の言葉を借りれば「すり込み教育をされた」ということだ。

 その兄貴は「修行」の名目で全然違う業種の営業さんをしている。





「兄さんは、どうだったの就職活動?」自分の足を見ていた。右、左と規則正しく交互に動いているサンダルを履いた自分の足。自分の足しか見るものがない。

「うん?」歩きながら寝ていたのだろうか。ちょっと反応がにぶい。「ああ就職活動か」目が眠そうだ。

()()の時はまだ、楽だったな」兄貴は「俺ら」と言った。

 兄貴にとって就職活動は「俺ら」のものだったのだろう。

 ちょうど私も同じようなものかな。私の就職活動は「私たち」の就職活動だ。

 みんなでリクルートスーツ姿で履歴書を持参して面接だの試験だのにかけずり回る。だから「私たち」の就職活動なわけで。

「バブル全盛じゃないけど、()()()()()()だったから」兄貴は続きを話していた。

「ふ~ん」そうなんだ。兄貴たちの就職活動はそういう時期だったんだ。

「今の学生は大変だよ。ウチの会社は今年は新卒取ってないし、来年も取らないらしい。それよか人減らすなんて言ってるからな」

 社会に出たら行くところがないなんて、かわいそうというか(あわ)れだ。なんて私たちは哀れなんでしょう。

 それっきり兄貴は黙ってしまった。

 静かになってしまった。

 今まで喋っていただけに静かな夜が重苦しい感じがする。二人分の足音だけがペタペタと鳴っているだけだった。

 サンダルの足音、革靴の足音。




「なんで」静かな夜の空気が重苦しい。

 何か喋らないと、そう思った。

「バンドやらなかったの?」兄貴がずっと続けていたバンドを止めたのか、今もやっているのか詳しいことは私にはわからない。

 お休みの日とかはドラマーになっているのかもしれない。日曜ドラマーを兄貴がやっているとしても、兄貴はバンドのドラマーという職業には就かなかった。

 だから兄貴はくたびれたネクタイを締めている。親から「実家の会社を継ぐ」というすり込み教育をされたというのもあるだろう。

 



 けど、好きな物を簡単に止めてしまうことが出来るのだろうか?

読了ありがとうございました。


今後もごひいきによろしくお願いします。

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