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ポートレイト  作者: 岸田龍庵
マリアさまとわたし
4/68

その4

 大当たり。


 ウチの大学で作った「路地裏の天使」だった。入場料8百円。

 一般社会での「路地裏の天使」の価値は8百円ということ。私は迷うことなく財布を出した。

「京子。まさか観に行くなんて言うんやないやろうね」

 祐子はちょっと怒っている。祐子が私に対して怒るというのはちょっと記憶にない。



「行くよ」

「あかんて、そんなん」祐子は怒った。「気分悪くするだけやで」

「私は行くよ」

 祐子の言うことは良くわかる。

 もし私と祐子の立場が逆だったとしたら、私は腕ずくでも祐子を止めているはず。

 とはいえ、いくら何でも、もう私の中では終わっている映画だ。もう平然と、観ていられるはず。それを確かめたかった。


「私が主演した映画」ではなくて「ただのわけのわからない映画」として。


「祐子は、どっかで待ってる?」

「行く」不満そうに短く祐子は言った。

 私達はそれぞれ8百円を払ってチケットを買った。

「8百円てな高いなあ~」と財布をパカパカさせてブチブチ文句を言う祐子。

 確かに微妙な値段。

 ハリウッド娯楽超大作なんかに比べれば安いけど、アマチュア映画に払うにしては高い気もする。

 私にとっては、8百円で過去が吹っ切れているのを確認できるのなら安いもんだと考えた。




 当たり前だけど映画館の中は薄暗い。やっぱりミニシアターだと椅子の数も少ないし、スクリーンも小さい。

 お客さんは私達以外に一人だけ。真ん中辺りの席に一人だけ座っていた。男の人っぽい。物好きな人もいるんだね。

 本当に、上映しているんだろうか?



 ちょっとドキドキしてきちゃった。

 初めて一人で映画見に来た人みたい。



「席はどこにしようかな?」なんて言っちゃってる私は一番上のスクリーンから一番遠い席に腰掛けた。当然、祐子も隣に座ってくるのかと思っていた。

 と、

 祐子の頭が一番前の座席に収まった。ほとんどの座席が空いているのに祐子は隣の席に座らなかった。

「ちょっと、祐子」私は前の一番前の座席に向かって言った。「隣、空いてるよ」

 すぐに返事が返ってこなかった。ちょっとの間、シーンとしていた。

 それから、

「一緒には見てやらんよ」などと祐子の声が返ってきた。

「どうして?どうしてそんな意地悪するの?」

 祐子の小さい頭がこっちを向いた。

「私は止めとき、言ったんやで。それをきかんと。勝手にしいや。私も勝手にするし」と言うとプイっと前を向いてしまった。




 ゲッ・・・。

 そりゃ、入ったのは私だけど。

 でも、でも。

 祐子って結構厳しいんだ。初めて知った。

 なんかとても心細くなってきちゃった。

 ライトがさらに消えた。真っ暗だ。映画館ってこんなに暗かったっけ?

 ビビー。

 ベルにビビッてしまった。

 なんか違う。やっぱりミニシアターってなんか違う。ちょっと怖い。始まってないんだけど、もう、早く終わってくれないかな。



 スクリーンに映ったのは、あの映画。

 血だらけの私がスクリーンに映る。

 やっぱり来るんじゃなかった。

 そこから先はもう最悪だった。

 暗いトーンの画面、金属質のBGM、飛び散る血。

 あの悪夢の映画は確かに上映されていた。

 改めて見ても、やはり最悪の映画だった。内容なんかないし、無茶苦茶だ。どうしてこんなものが、ミニシアターといえども上映しているのか信じられなかった。

 どうせ金に物を言わせて無理矢理上映させているに決まっている。



 約20分間、血みどろの私のオンパレード。



 なんなんだこの映画は。まるで私が人殺しをしているみたいだった。あの、血だらけの顔をしたのは本当に私なの?あの、ナイフを持っているのは私?

 次に記憶が残っているのは、映画館のトイレで吐いていたことだった。ほとんどが胃液だった。後から祐子が来て、

「まったく、言わんこちゃない」

 言いながら祐子は背中をさすってくれていた。

「アホやなあ関東の人間は」

「ゴメン」を言うのが精一杯だった。

 背中をさすってくれた祐子の手のひらがとっても暖かかった。




 そんなことがあって、私にとって「()()()」というのは「聖母」のイメージとはかけ離れたものになってしまった。

 私の大学二年は映画だらけの一年間だった。良くも悪くも。

 映画でいっぱいだった大学二年も終わろうとしていた冬の日。

「彼」は突然、私の前に現れた。

読了ありがとうございました。


次回から「彼」が登場します。


引き続きごひいきによろしくお願いします。

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