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ポートレイト  作者: 岸田龍庵
暑い夏とわたし
39/68

その39

 祐子は何でここがわかったのかな?

 私がここにいることを誰かに聞いてきたのだろうか?

 それとも単なる偶然?と思いつつ、知らず知らずに手は「こっちおいでおいで」をしている。

 祐子もすぐに私を見つけた。けれど、私を見ているのにドアの所から奥に入ってこない。

 私はもう一度「こっちにおいで」してみた。でも、反対に祐子に「こっち来てえや」をされた。




 おかしいなと思いつつ、私は席を立った。




「久しぶり」夏前には絶対に言わなかった言葉。

 祐子はニコッとした。それから、

「今日も面接やったん?」

「うん、祐子は?」と、彼女の服を見て、何で祐子が店の奥まで入ってこないかが理解できた。

 私服、というよりもむしろステージ寄りの服装。

 就職活動よりもバンド活動な感じの祐子。

()()()用事で来たんよ」

 服装のことは何となくわかった。でも聞かないようにした。




「寄ってかない?」

「ううん」祐子は小さく首を横に振った。やっぱり服を気にしているのだろうか。「うちのバンドのライブのチケット持ってきたんやけど」祐子は手作り感満載のチケットを二枚出した。

 二枚というのは私だけじゃなくて恭一の分もあるということだと思う。

「いつ?」

「まだ先なんやけどな」祐子はチケットをくれた。

 ちょうど一月後の午後五時オープンの五時半スタート。

 バンドは五組出るみたい。祐子たちの出番は二番目。ということは六時か遅くても六時半くらい。




 来月。

 はっきり言って来月のその日に何をしているのか、さっぱりわからない。

 来月どころか、来週のことも、下手すれば明日のことも、何をやっているのかわからない。

 いや、わかっている。就職活動をしている。

 どう考えてもそれしかない。





 面接とか試験はないかもしれない。六時や七時に面接をやる所なんて、あまり聞かない。

 でも、この喫茶店に私は居る。

 来月のこの時間に、この喫茶店にいて、みんなと就職活動の情報交換をしているはず。

 来月の今頃は、リクルートスーツじゃないかも知れない。

 今の祐子みたいにバンドマンっぽい服か、夏だからTシャツにジーンズかもしれない。

 でも、今の私には、この場所に来て、みんなとあれこれ情報交換することが当たり前になってしまっている。

 来月も何もすることがなければここにいるだろう。

 きっと祐子のバンドのライブよりも優先順位は上だ。

 それよりも来月に祐子のバンドのライブがあることを覚えていられるかどうかも自信が今はない。




「無理せんといてや」祐子は変に真面目な顔をした。

「うん、時間作って行くよ」言ってはみたけど、きっと時間は作れない。というよりも作らないのだろう。

 ライブに行くための時間は。

「ほな、またな」

「え、もう帰るの?」がとっさに出た。

 でも次の「ちょっと、寄っていけば?」は明らかに作っていた。

「あんがとな京子」祐子は喫茶店を出ていった。私は祐子にもらったライブのチケットを手に席に戻った。




「誰?」

「祐子、猪俣祐子」

「いいよな、猪俣はノン気で」

 などとみんな言っていた。

「服なんか気にしなくてもいいんじゃない」なんて思ったけど、それは私がリクルートスーツ姿で、就職活動という大勢にいるからで、ステージっぽい格好でバンド活動中の少数派の祐子には気になるんだろう。

 だから祐子は喫茶店の中まで入ってこなかった。




 この季節、大学四年の夏に就職活動をしているのは、ある意味で当たり前。反対に就職活動をしていないのは堕落(だらく)と思われる。

 反逆とか反抗などど言われればまだいい方だ。

 この時期に就職活動をしないのは堕落なのだ。私は祐子が(なま)けているとは思ってないけど、みんなは怠けていると思っている。みんなの口調がそんな感じだ。




 一方は就職活動。一方はバンド活動。

 祐子が就職活動をしていないはずがない。彼女だってリクルートスーツを着るだろうし。毎日ステージ衣装のはずがない。でも、この時期の大学四年生の制服はリクルートスーツなのだ。それ以外の服装は堕落していると見られてしまう。

 この時期、私たち大学四年生は就職活動に専念する。



 違う、駆り出されるんだ。




 社会人になっていないと取り残されるという恐怖感が私たちを駆り立てる。就職活動以外をすることはないような環境に押し込められる。

「みんな会社に入って社会人にならなくても、何とか生きていけるよ」

 そんな事は思っていても誰も言わない。

 ちょっと前まで大学生を満喫していた私達は、知らない間にリクルートスーツを着させられていた。そして何もわからない内に就職戦線の中に居た。このまま何もわからないまま社会人になるのかな?

 そんなこと思うとすごく疲れてきた。

 まだ社会人になったわけじゃないし、就職活動だってずーっとやってたわけじゃない。





 でも、疲れた。

 今まで就職戦線を突っ走ってきた所に、ふっと祐子が現れた。

 私たちとは全く違った世界からやってきて、私たちとはまったく違って楽しそうな時間を送っている。私にはそう見えた。

 とても疲れた。祐子が久しぶりに顔を見せてくれた事で私は疲れて居るんだなと知らされた感じだった。

 祐子がくれたチケット。

 これを持ってライブハウスに行けば、楽しくなれるのかな?

 そんなことをふと思った。

読了ありがとうございました。


SNSも無かった時代です。

試験場で会った方々と意気投合して、お店になだれ込むというのは良くあることでした。


今後もごひいきによろしくお願いします。

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