その38
時代設定はちょうど、バブルが弾けて就職氷河期(これも後で出てきた言葉)が八時待った頃の、就職活動になります。
今では就活というんでしょうが、どういうわけか略していなかったので、そのままにいたします。
ニートなんて言葉も無かった時代、同様の状態はプータローという表記でした。
今年も「暑い夏」だと思う。
毎年毎年「去年の夏ってこんなに暑かったっけ?」なんて言っているような気がする。ま、夏は暑いものなんだけど。
天気予報は、今年は気温が平年よりも下回る夏です、なんて言っているけど、やっぱり暑い。
梅雨が明けて夏は始まったばかりなのに暑い。
それはきっと、リクルートスーツのせいだ。
とうとうと言うかついにと言うか大学四年の夏になってしまった。今、私たちは就職戦線の最前線で戦っているつもり。でも、肝心の戦う相手の企業さんは不況であまりやる気がないらしい。
すべては不況。これが本当にすべてを狂わせていた。
就職口がすごく少ない。学校の求人係りの人が言っていたけど、バブルが弾けて以来、求人表は減る一方だそうだ。
そんなわけで就職活動はさっぱり。
私の大学の友達の中で内定を採っている人間は誰もいない。
「まだ夏だから」というのは大間違いで、もう夏なのだ。就職戦線は終盤戦と思わないと。
男はまだいい。採用している会社はあるから。
女子の総合職なんて採用しているところを探す方が大変。
こんな状況だから職種とか働く場所なんて選んでいられない。
私は、基本的に就きたい仕事がない。普通の女の子だったら、花屋さんになりたいとか、パン屋さんになりたいとか雑貨屋さんとか色々考えるのだろうけど、良いのか悪いのか、私にはそういう希望がなかった。
そんな私でも自分がどんな仕事に向いているかくらいはなんとなくわかっているつもり。
銀行とか、営業とか、カチッとしていたり、ノルマがあったりする職場は多分、向かない。
作業の職場であっても。
と、言う選り好みなど言ってもいられないほどの働き口は少ない。
こんな世の中に誰がした。
そんなこと考えていてもしかたないんだよね。とにかくどこかの会社に潜り込まないと。
プータローじゃ仕方がないもんね。
そんな事をリクルートスーツ姿の私は、午後の吉祥寺の喫茶店でぼんやりと考えている。
窓の外に吉祥寺の大通りが見えて、賑やかな町並みが見える。私と同じリクルートスーツ姿の人がやけに目に付くのは就職活動中だからかな。
カラン。
誰か入ってきた。
「あれっ?嵐山、早いねえ」入ってきたのは同じゼミのマルヤマ君だ。リクルートスーツ姿がやけにはまっている。
「どうだった?」マルヤマ君は私の向かいに座るとメニューをめくった。
「なんだか、採る気があるのかないのか。そんな感じ」ここに来る前の私の面接の話。
「ふ~ん、どこも一緒だねえ。すいませんミルクティー」
「ミルクティーなんて、またベタベタしたもの頼むね」
「もう、糖分切れまくり。面接ばっかで頭くたびれる」
「そうだね、いらない神経使うもんね」
カランとまた誰か入ってきた。ヨシダ君とアベ君。当然というか二人ともリクルートスーツだ。
「あら、お揃いじゃん」とアベ君。
「二人もお揃いで行ったの?」聞いたのは私。
行ったとは当然、試験とか面接という事なんだけど。
マルヤマくんは出されたミルクティーを飲むのに忙しい。
「いや、駅でばったり」大柄なアベ君は私とマルヤマ君の隣の席にかけた。「どう、そっちは?」
「ぜ~んぜん」
「こっちもまるで手応えなし」とヨシダ君はやっぱりメニューを見ている。
「なんか、最近こんな話ばっかしてるね」
「まったく、冗談じゃねえよなあ」
就職活動がスタートしてから、私の周りの顔ぶれがガラリと変わった。
みんなリクルート姿なのは当たり前。以前にはほとんど話したこともなかった人と一緒に居ることが多くなった。
私たちは、吉祥寺の駅前の喫茶店に自然と集まるようになった。
就職活動の情報交換を、誰が言い出したのではないけれども、始めるようになった。たいていは愚痴の言い合いになってしまうのだけれども。
ちょっとでも団結しないと、とてもじゃないけど厳しすぎる就職戦線に勝てるとは思えない。相手は企業ではなく不況という曲者だし。
私は、今日は面接一社に筆記テスト一社。
面接に行ったのは大手の商社。筆記試験はマスコミ関係。
マルヤマ君は面接一社。ヨシダ君は二社回ってきたそうだ。まるで営業マンみたい。
毎日のように私たちはこの喫茶店に集まってこんなことを話している。去年の私の周りとは考えもつかない顔ぶれ。
この場所に祐子はいない。
一人で就職活動しているのか、それとも最初から諦めているのか。
もっとも祐子は大阪の人なので、関西方面の会社に就職をすることを考えているのかも知れない。
ただ、祐子が就職活動をどう考えているのかはわからない。最近、ほとんど話もしていなければ会うこともないから。
今まで、ほとんど一緒に遊んできた祐子が居なくなっても、あまり気にならなくなった。
なんというのか、多分、今の祐子とは目標が違うんだろう。
祐子は祐子でどこかへ働き場所を探して足を伸ばし、その間にバンドやったりして忙しくしているはず。
今は次から次へと仲間が増えたり減ったりしている。今まで話をしたことがない人とでも何事もなく会話ができた。共通の話題があるということは、そういうものなわけで、それはそれで楽しかった。
いくつもの色々な考えがあって、一人だけじゃ出てこない物の考え方。人数分のまったく違う考え方。職に就くという目標は一緒で、みんな行き先は違うけど、こうして集まれるというのは、とても特別というのか、偶然ではない、必然の楽しさがあるし、単純に必然というだけでは推し量れない何かがあると私は思っている。
多分、こういうのは、大学の四年生じゃないとあり得ない光景で、卒業までの短い時間でしかないのじゃないかと思う。
今の私の周りには就職活動中の仲間が忙しく入れ替わってやってくる。彼らの前には祐子がいつも一緒だった。祐子の前には沖田広海がいた。
不思議なもので、祐子がいなくても広海がいなくても、ちっとも気にならない。
カラン。
また誰か入ってきたと思ったら祐子だった。
読了ありがとうございました。
今後もごひいきによろしくお願いします。




