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ポートレイト  作者: 岸田龍庵
沖田広海とわたし
37/68

その37

「私って画家に(えん)があるのかな?」

 その()()()()がキッカケだった。

「へえ、昔の彼氏が絵描きだったとか?」恭一は平気でこういう事をいう。嫉妬(しっと)とか焼き餅とか人を(うらや)むといったことから縁遠い人のようだ。



 良くある話なんだけど、やっぱり付き合っている人の過去は知りたいものだ。私も昔の彼氏の部屋に潜り込んだ時は小学校の時の写真だのを見せてもらって、

「自分が知らない時間」を多くでも知ろうとしていた。

 恭一にはそれがない。私が過去にどんな男と付き合っていたのか、どんな高校生だったのか、どんな子供だったのか。そういう質問を恭一はまったくしてこない。



「ちょっとは聞け」とは思うのだけれども。



 (つる)んでいた祐子とのことも同じだった。どういう出会いがあって(実際は大したことはないのだけれど)私と祐子が連むようになったのか、とかそういう疑問は普通に湧いてくるのはず。

 恭一にはそれがない。

 私から言わない限り、恭一は私の過去を知ろうとしない。むしろ知る必要がないと思っているかも知れない。

 でも、広海の話は別だった。

「彼氏だった人にはいないけど、友達にいるよ」

 珍しく恭一は私の友達話に反応した。私は恭一の反応にちょっとビックリしてしまった。そんな大した話じゃないんだけども。




 と、思いつつも、私は広海のことを話して聞かせた。

 広海との出会いから始まって、恭一が通っている大学を目指していて落ちたこと、今は謎の団体の支援を受けて海外に留学していること、などなどを恭一に話をした。

「ふうん」と広海の話を聞いた後の恭一はちょっと興味なさげだった。

 それから少し黙り込んでいた。

 恭一が「黙り込む」という事はあまり見たことがない。自分の事でも私の事でもない、私の友達の事で「黙り込む」んでいる。難しい顔をして。

 なんかおかしな事、話したかな?





「どうしたの?」

 顔を覗き込んでしまった。というより覗き込まないと恭一の視界に私の姿が入っていなかったから。だから覗き込んだ。

「ん、ああ」

 覗き込まれて恭一はようやく私のことを思い出してくれたみたいだった。

「ゴメン、ちょっと、ね」今までの空き時間を取り(つくろ)うように恭一は言った。

「スゴイ友達だね、絵の勉強、海外で出来るんだからね」と恭一は付け加えた。




 スゴイ?広海が?

 冗談じゃない。




 広海はあなたが通っている大学に落ちたんだよ。少なくとも大学一年生の段階ではあなたの方が勝っているのに。

 沖田広海は、あなたみたいに最優秀作品賞なんてものも(もら)ったことはないし、有名美大にいるわけでもない。道端で絵を売っていて、謎の組織の人が運良くスカウトしてくれたから海外留学が出来ただけだ。

 あのまま道端で絵を売っているだけの暮らしをしていたら、広海は今頃どうなっていたか。

 留学なんか夢のまた夢なんじゃないだろうか。

 というより、広海は絵描きになるためのステップとして海外留学をするなんて考えてもいなかったはず。

 広海はただ絵を描いて、売ることをしていただけだ。



 そんな広海のどこがスゴイのか?



「いいね、そんな風に一生勉強を続けて行けたらいいのにね。働くんじゃなくて勉強を続けてさ」と恭一は言った。

 一生勉強を?

 違う。広海は勉強なんかしていない。まして留学でもないと思う。

 留学というのは一般的な形に当てはめれば、そういう言葉でいうだけで、広海が行っているのは決して留学じゃない。

 広海は場所を提供してもらっているだけだ。日本よりも良い環境を提供してもらっているだけだ。広海はポスターや看板描きの仕事をしながら、合間を見つけて自分の絵を描いている。時間は当然、画材も題材も自分でかき集めて。




 好きな絵を好きなだけ描いて、お腹一杯になっているわけじゃない。

 毎日毎日、ちょっとずつ我慢のカケラを集めてそれを自分の絵にしている。




 広海にしてみれば、

「ちょっとでも好きな事出来るんだからいいんじゃない?」

 なんてことをケロっと言うだろう。実際、広海がしていることは彼女自身が言うほどケロっとしていないはず。

 日本を出て、大学も辞めて、好きな事を抑えながら、好きな絵の勉強をしている広海。

 二年ぶりに会った広海を見て思ったのは、




「好きなことが出来るっていうのは人をとても素敵にするんだ」ということと、

「好きなことを続けるのは大変なんだな」ということ。それに、

「好きなことをするためには、その何倍も苦労をしなくちゃならないんだな」ってことだった。




 留学する前の広海を見ていて思ったことは、

「いいな、好きな事があるヤツは」だった。

 でも、留学中の広海を見ると、

「好きなことがあるってことは幸せであると同じくらい辛いこともあるんだな」だった。

 「幸せ」と「辛い」って字が似ているけど紙一重なのかも知れない。広海はそんな事を普通にしている。

「いいね留学とかって」

 恭一は「留学」という言葉を繰り返していた。その様子は、とても広海のことを羨ましがっているように見えた。




 もうすぐ私達は大学四年になる。社会に一番近い学生になるわけだけれども。

 私はいい。

 そんなに好きな事とかやりたい仕事があるわけじゃないから。

 でも恭一はどうなんだろう。




 好きな事もあって、好きな事が仕事として世の中に存在する。

 でも、いきなり画家になれるわけじゃないと思う。

 大学を出た恭一に一番最初に課せられることは、「絵を描く」ことではなく「働く」ことだ。それも絵を描くとはほど遠い仕事で。

 彼が「絵を描く」という仕事に就けるようになるまで、どれくらいの時間が必要になるのかは私にはわからない。

 恭一は恭一の好きなことのために、いろいろなことを我慢する事が出来るのだろうか?

 広海の話を聞いた時の恭一の反応を見て、そんな事を思ってしまった。

読了ありがとうございました。


今後もごひいきによろしくお願いします。

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