その36
祐子と連むことが少なくなってから、私は恭一と過ごす時間が断然増えた。
さすがに学校が違うから毎日のように会ったりするのは無理だけれども、週に一回は会っている。
今日の夜も吉祥寺の駅で待ち合わせしている。
焦っているわけじゃないんだけど、こうして自由に時間が使えるのは、多分、大学三年生の間だけじゃないのかと思う。
大学四年になったら、今までのような自由はないはず。
それまでに、
それまでに、恭一とのたくさんの出来事を増やそうと思っている。
楽しいことも、つまらないことも、楽チンなことも、大変なことも。いろいろな出来事を恭一と一緒に過ごそうと思った。
「おーい」恭一の声が聞こえた。
「待った?」
「もちろん」
いつもと同じようなやりとり。私は恭一と手をつないで吉祥寺の町に繰り出す。
どこに行くか、何を食べるか、何をするか、何時まで歩き回るか、
そんなこと何も決めてない。
恭一と一緒にいることが決まっているだけで、あとは、何も決めていなかった。
吉祥寺は平日でも人がいっぱいだ。夜のネオンもいっぱいだ。でも、この時間だけは私と恭一だけしかいない時にしたかった。
二人だけの時間。今はそれだけあれば他には何もいらなかった。
今の私は恭一だけを見ていれば良かった。
何をするでもない、何もしなくてもいい。恭一と一緒にいることが私には大切なんだと思った。
いつものように向かい合ってお酒を飲んでいる時のこと、
「ちょっと、話しがあるんだ」恭一が改まって言った。
え?
こういう、改まってこられると、何か嫌なことだったりする。
お互いに不利益なこととか、どっちかが不利益を被るようなことだったり。
私は、そのどっちも嫌だ。お互いに良くないことも、私か恭一のどっちかが面倒になるようなことも。
「言いにくいことなんだけど」
だと思う。じゃなければ改まって言うことないはず。
「実はね、今年卒業する高校の後輩がね、卒業記念に絵を描いて欲しいって言ってきたんだよ。ほら、今まで俺ってスポーツ選手以外は人って京子しか描いて来なかったよね。だから京子が嫌がるかなと思って」
とても申し訳なさそうに恭一は言った。
私は自分の目が丸くなっていくのが自分でもわかった。
「いや、別に断ったっていいんだ。そんなに仲のいい後輩じゃないし、それに俺もちょっと面倒かなって思っていたんだ。これでさあ、あちこちから描いてくれってのがどんどん増えたら断るの面倒だし」
恭一は、恭一に珍しく弁解している。
「ま、ちょっと色々な人を描いてみようかなとも思っていたんだけどさ」と恭一はごちょごちょと弁解めいたことを続けた。
恭一のその様子を見て私は、
ホッとした。
私にしてみれば、
「なんだ、そんなことか」だった。そんなこと全然気にすることじゃない。
恭一の絵のためになるのだったら、大いにやるべきだと思う。これからのために、それは役に立つと思う。
「いいよ、全然」私は言った。
その時の恭一の顔がとてもおもしろかった。緊張の糸が切れた顔とはああいうのを言うんだろう。だからか、恭一は大きく息をついた。
「良かった。怒られたらどうしようって思っていたんだ。なんせほら、今まで京子しか描いてこなかったから、嫌がるかなって思って・・・」
恭一はまだごにょごにょ弁解みたいな事を言っていた。それを聞きながら思った。
この人はあまり喋るのがうまくなくて、昔からサッカーしたり、絵を描いたりして、言葉じゃなくて、何かをすることで、何かを表現することで自分を代弁してきたんだろうと。
「描いてあげたら?きっといい記念になるよ」
私は恭一に言ってあげた。
本当は私だけを見て、私だけを描き続けて欲しい。
でも、そんなことは無理。
恭一が将来、絵を描き続けていくのなら色々なものを描くのが良いと思うし、描きたくないものでも描かなくちゃならない時が絶対に来るはず。
でも、今はそんな時じゃない。描きたいものを思う存分描いたらいいんじゃないかな。
それが恭一のためになるのであれば。
「一つだけ、お願いしていい?」私は言った。
「何?」
「私も連れていって」
私の「お願い」に恭一は笑顔で、
「もちろん」と言ってくれた。
今まで私はいつも恭一に絵を描かれる側にいた。
いつも絵を描く恭一のことなんて頭に入らなかった。なんせ走っていたり、泳いだり、踊ったり、眠ったりしていたから。
絵を描く恭一の顔ってどんなんだろう。絵を描く時の恭一ってどんな横顔してるのだろう。
それを想像すると楽しくなった。
恭一との時間。周りに誰かがいても私にとっては恭一との時間。
今は恭一と一緒の時間を満喫しよう。
大学三年が終わるまで。
沖田広海のことを話した。
広海の事を誰かに話すことはほとんどない。祐子にも話したことはない。
自分の友達のことを人に話すのは良くあるけど、不思議と広海のことは誰にも話さなかった。
その沖田広海のことを、恭一に話をした。
きっかけは何気ない私の一言だった。
読了ありがとうございました。
今後もごひいきによろしくお願いします。




