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ポートレイト  作者: 岸田龍庵
沖田広海とわたし
35/68

その35

 今まで、私は私なりに広海のことを心配していた。謎の組織の支援で、たった一人で、海外で、留学なんか上手くいくはずがない。

 絵が好きで留学に行ったのに、絵が嫌いになって帰ってくるんじゃないか。そんな風に心配していた。

 でも、広海は海外に行っても日本に帰ってきてもやっぱり広海は広海で、私の知っている沖田広海だった。

 実は広海に会うまではちょっと不安だった。

 外国に行って全然違う人になって帰ってきたらどうしよう、って思っていたりもした。



 でも、二年ぶりに突然帰ってきた広海は、とても大きくなって帰ってきた。

 心配している私の方がバカみたいなくらいに大きくなって帰ってきた。

 広海は私たちとは違う国で、きちんと生活していて絵の勉強もしている。広海の海外の暮らしなんか見たことないけど「すごいことをしているんだな」と思った。

 とっても変わって帰ってきた広海。

 私の不安をよそに広海は私が知っている広海で、とても大きくなって帰ってきた。こいつとだったら友達でいられるよずっと、そんな事も思った。




 だから湿っぽい別れにはならなかった。

 二年前、湿っぽい別れをしていたのが嘘みたいだった。

 そういえば二年前は広海の家族以外は見送りはたくさんいた。

 あの時は広海は親から猛反対を受けていて、身内で送りに来ていたのは広海のお兄さんだけだった。あとは小学校からの友達とか。広海が住んでいたアパートの大家さんの息子さんもいた。

 でも、今日は私と広海の家族だけ。見送りの人が変わった。それを見て私は二年も経ったんだなと思った。




 広海との時間。

 二年前とは確かに違うけど、私の中ではあまり変わって欲しくない時間は広海が留学先に帰って()()()()になった。

 また、いつもの私の毎日が始まる。




 最近の私の周りは顔ぶれが少し変わってきた。

 今までさんざん(つる)んでいた猪俣祐子はバンド同好会に入って、今ではギターと連んでいる。たまに軽音楽室に顔を出すと、必死な顔してギターを弾いている。その様子が全然楽しそうに見えないのがおもしろいんだけど。

 祐子と顔を合わせるのが少なくなった。今日は久しぶりに学校に行くバスでばったり会った。今の祐子とはそんな感じだ。




 祐子は左手に包帯をグルグル巻きにしていた。

「どうしたの?」と聞いたら。

「ギター弾きすぎ」という答えが返ってきた。なんでもFコードがむずかしいということだった。

 随分がんばってるね、大学三年の終わりになってバンド活動なんて。



 そうか。



 もう私たちは大学三年も終わりなんだ。何事もなければもうすぐ四年生。

 四年生になれば「卒業」と「就職」って言葉がセットになってくっついてくる。

 私が大学四年生ということは、当たり前だけど恭一も大学四年生になるんだよね。

 恭一、就職のことなんて考えているのかなあ?

 考えてないよね、多分。なんせ普通大学の私が何も考えていないんだもん。有名美大の恭一が考えているわけない。



 でも、本当にどうすんだろ?就職。なんかテレビのニュースなんかだと不況だとか、就職難だとか言っていて、暗い気分になってくるんだけど。

「祐子はどうするの」唐突だと思ったけど祐子に聞いてみた。

「はっ?何を」

「就職よ就職」

()()()()()()?」尻上がりの発音。ということは何も考えていないということだろう。

「なんも考えてないわ」



 やっぱり。そうじゃないかと思ったけど。

 そういう私も何も考えていないんだけど。



「来年になったら、もう考えないとならないじゃない」

「京子はええやん。おとうさん、会社やってんのやろ?どこも行くとこないなら、おとうさんの会社入れてもらえば」

 グサリと来る一言。私にいつもつきまとう指摘。

 親が会社をやっているというのは、就職難の時代にはとてもプラスに見えるらしい(私にはペナルティにしか思えないのだけれども)。そういうことを言われるのがイヤだから、私は今からぼんやりとでも就職のことを考えてはいるんだけど。本当にぼんやりなんだけど。




 父の会社もバブルが弾けてこのかた業績はよろしくないらしい。親族を入れたとなれば父に対する風当たりは強いはず。

 当然、その風当たりは私にも向けられる。当たり前なんだけど私は父の会社に入るつもりは、これっぽっちもない。

 じゃあ、どうするのかといえば、やっぱり就職活動して、どこかの会社で働くしかない。

「就職活動なんて、したないなあ」ポツリと祐子は言った。バスが停まった。学校最寄りのバス停。私たちはもみくちゃになりながらバスを降りた。

「そんなこと言ったって就職しないで、どーするのよ?フリーターでもする気?」私たちは学校まで横並びで歩く。

「誰も働かんなんて言ってないで」祐子は言った。「就職がイヤじゃなくて、就職活動がイヤなんや。なんでスーツなんか着て行かなアカンの?それに履歴書なんてわっけわからんもん書かされて。それがイヤやねん。別に働きたくないなんて言わんし」

 祐子はまくし立てた。久しぶりに聞いた祐子のまくし立て。



「そうだね」

 納得。

 確かに。就職活動って、なんでスーツなんだろう?

 なんで履歴書なんだろう。あんな紙切れ一枚と簡単な面接で何がわかるのかな?それも専門のスカウターでもないような会社のお偉いさんが何がわかるのかな?

 と、グチって見ても、春には就職活動しなくちゃ。いくら就職活動が嫌でも時間は待ってくれない。

「んな、就職活動よりも、Fコードをどう乗り切るかが問題やねん」祐子は包帯グルグルの左手をぷらぷらさせていた。

読了ありがとうございました。


物語の時代背景はバブルが弾けて、就職氷河期(この言葉も後付けですね)に突入した頃の話です。

今では「就活」という就職活動ですが、当時のままにしています。


今後もごひいきによろしくお願いします。

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