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ポートレイト  作者: 岸田龍庵
金ピカ仏陀とわたし
31/68

その31

今でも「きつねうどんセット」というのはあるのでしょうか?


当時は大阪へ行く機会が多く、良く買ったものです。

「すごいわぁ、水野くん」私の事はほったらかしのように祐子は「涅槃(ねはん)の様子」に見とれていた。

「スゴイやん京子、マリアさんの次はホトケさんやで。レベルアップやん」

 なるほど。

 祐子は「マリアから仏陀(ブッダ)」という関係を見つけたのね。



 なんだか知恵熱が出そう。



 祐子は私が「血塗(ちぬ)られたマリア」から「涅槃の仏陀」にレベルアップしたということのほうが楽しいらしい。

「目立つ所に飾ったらええのに、こんなんスゴイんやし、もったいないなあ」と()めちぎる祐子の言葉に恭一は照れていた。

 照れる恭一なんて初めてみた

 恭一と祐子が「涅槃」の前であれこれと喋っている。私はふと自分の後ろを振り返った。私の後ろにある作業室を。



 それはほんの少しの時間。

 ほんの一瞬。

「あの日」の私はこの部屋にいた。恭一と私だけの時間。楽しそうに踊っている天女が見つめる中で、誰もいない作業室で私たちは初めてエッチをした。

 油絵の具の臭いと汗の臭いがいっぱいの、絵がたくさんある部屋で私と京一は初めて抱き合った。その時間が、そのことがとても昔の出来事のような気がした。

 この部屋はあの時と同じ部屋なの?

 あの時の天女は遠く空の先に飛び去ってしまって、代わりにブッダが寝転がっていた。

 絵の具の臭いでいっぱいの中で、息が詰まるくらいのエッチをしたのは本当だったのかな?

 祐子と恭一は、まだ絵についていろいろと話している。

 良く話すことなんかあるねえ。

 知っている人が()()もいるのに、なんか私はとても独りぽっちな気がしていた。




「どうしたのこれ?」恭一が「これ」を誰からもらったのかはわかっている。

 シンクの上に乗っているキツネうどんセット。

 四食入りで簡単に大阪名物キツネうどんが出来上がり。

 おみやげにはもってこい。

「祐子ちゃんにもらったんだよ」ベッドほうから恭一の()()()な声がする。

 当たり前だ。私たちの間で、こんなおみやげを買ってくるのは猪俣祐子以外にいない。

 ここでの問題はキツネうどんじゃなくて、このキツネうどんセットが恭一の家にあることと、恭一が祐子にキツネうどんセットをもらったことを私が知らないと言うこと。祐子と恭一は私に内緒で会っていたということ。 



 内緒で?



 祐子と恭一が内緒で会っているというのはちょっと変かも。

 内緒にしているのは私と恭一の方だ。

 私と恭一が、()()()()()にあることを。かといって恭一と祐子の関係をいろいろ詮索(せんさく)するのもなんだかイヤらしい。

 なんだか恭一のことも(うたが)ってしまっている。聞かなきゃいけないこと、聞いても大して差し障りのないことだと思うけど、どうしてか聞けない。

 恭一は展覧会を過ぎた頃から一人暮らしを始めた。今では学校に近い、とても良い環境の部屋で暮らしている。

 私は実家住まいなので、あまりこの部屋に泊まりには来られない。それでも月に二、三日は泊まりに行く。




 私が恭一の「絵のモデル」をやらなくなって三か月くらい経っている。

「もうモデルをするのは止めよう」と思ったのは恭一の学園祭に展示された「涅槃」の絵がきっかけだった。

 あの絵は今も私のお気に入りでもないし、できれば二度と見たくない絵だった。

 思い出すだけで、お線香のにおいが、鼻の奥にする。

 何で仏陀の絵がキライかなんて考えたことないけど、ひょっとすると祐子があの絵を見て大はしゃぎしたのがイヤだったのかも知れない。

 あの仏陀は人目のつかない所に展示していたにも関わらず、最優秀作品に選ばれた。この後日談が余計に私の神経を逆撫(さかな)でした。

 恭一が一人暮らしするようになったのも、あの「涅槃の絵」が最優秀作品賞を取ったことで両親からの許可をもらえたからだ。

 恭一はあの仏陀をとても気に入っている。なんせ最優秀作品賞モノだし、「気に入りすぎて他人には見せたくはない」なんて言ってもいた。気に入らないワケがない。




 私は「仏陀は嫌い」なんて絶対に言えなかった。

 でも、あの絵が展示された原因の大半は私にある。恭一が仏陀の前に描かれた天女の絵を私が(もら)ってしまったからなのだけれど。

 私はてっきり恭一は、私が貰ってしまった「天女」の絵と同じ物を描くのだろうとばかり思っていた。そして天女の絵が展示されるものとばかり思っていた。

 しかし、絵描きの()()()というのはそんな単純じゃなかったらしい。

 恭一は同じ私ではなく、まったく違う私を描いてくれた。

 良く考えてみれば、恭一は私のために絵を描いてくれたことは一度もない。

 私は恭一にたくさんの絵を描いてもらったけど、今まで満足した物は一枚の絵もなかった。

 天女の絵以外は。




 恭一の描く私はあまりにも私でありすぎた。

 私そのものだった。

 私の良い部分も悪い部分も含めて、ありのままの私だった。恭一の絵の良い所はそのリアルさにあるのだろうけど、自分そのものを見せられて嬉しい人間なんかいるんだろうか。

 でも、天女の絵はまったく違った。私には変わりないのだけれど、モデルの私をいろいろな意味で超えていた絵だった。

 天女の絵は、今まで拒否反応に近かった赤毛の私が、あんなに素敵なんだと教えてくれた。

 天女の絵を見せられてから、私は大嫌いだった赤毛をほんのちょっとだけ好きになった。

 あんなに楽しい自分の姿は見たことはなかった。

 小学校の遠足の時も、中学の修学旅行の時も、高校の学園祭の時も、楽しかった写真はたくさんあるけど、あの絵ほど楽しい私を見せてくれた物はなかった。私自身が自分の絵を見て楽しかった。

 思うに、恭一は私が隠し持っている輝く姿を描いた。それが天女の絵だった。

 だから「天女の絵」が私の目の前にあった時は嬉しかった。

読了ありがとうございました。


今後もごひいきによろしくお願いします。

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