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ポートレイト  作者: 岸田龍庵
天女さまとわたし
27/68

その27

 初めて見る色がついた恭一の絵。

 今までの恭一の絵は、白黒だった。それでも赤は赤く、青は青く見える不思議な白黒の絵だった。

 この絵は違う。とても新鮮だった。今さっきできあがったような新鮮さがあるように思った。

 新鮮な私。恭一が描いてくれた新鮮な私がいる。



「素敵だね」こんな感想しか出てこなかった。

「上手」でもなく「すごい」でもなく「素敵」。それが私の感想だった。

 自分がモデルの絵に向かって素敵というのは自画自賛(じがじさん)すぎるけど、自分がモデルだからこそ素敵なんだなあと思った。

 素敵なんて言葉は滅多に使ったことはないけど、それほど恭一の描いた私の絵は、素敵な私を描いてくれていた。




 この絵が恭一が言う「私の輝く姿」なのかは、わからない。でも、十分に素敵な私になっていた。

 踊る私。赤い髪をふわふわさせて踊る私。赤いフリフリの服を着て踊る私。

 赤い服は、天女が着ている羽衣みたい。 

 踊る天女。天女になった私。

「天女さまみたいだね」私は思ったままの事を、そのまま言った。

 天女さまみたいだねって。

「天女?」恭一は私が言ったことを繰り返した。「そうか、天女か」

「うん。天女」

 そう天女の絵。天女になった私。

 真っ赤な羽衣を着て、桜のキレイさに()かれてお花見に来た天女が、お酒を飲んで気持ち良くなって踊ってる。




「良かった、この絵にして」恭一が満足そうに言った。「この絵にして」ということはいくつか候補があったのかな。それが何なのかは、どんな絵なのかは私は知らないけど、私もこのお花見の時の絵で良かったと思った。

 私は恭一の横顔を見ていた。いつもじゃないけど、結構たくさん見たことある横顔だけど、今はちょっと違う人に見える。

 こんなに良い顔した恭一は見たことがない。とても満足している顔だった。

 目は充血しているし無精ヒゲだらけで、テカテカで疲れきった顔なんだけど、とても満足した顔に見えた。

 恭一のその満足そうな顔を見ていて、私はとても嬉しくなった。

 モデルとして素敵な姿を描いてもらったということよりも、恭一の満足な顔を見れたことの方が嬉しかった。

 今まで、何枚も何枚も数え切れないほどの絵を恭一に描いて貰った。でも私は祐子のように喜んだことは一度もなかったような気がする。



 なんで私なのか?

 なんで走ったり、泳いだりした時の絵を描くの?そんなことばかり考えていた。

 もらった絵は全部捨てないで持っているけど、どれももらってもそんなに嬉しいと思った事はなかった。

 思った。

 この絵が欲しい。

 今まで(もら)ったどんな絵よりも、目の前にある私の絵が欲しかった。

 ずっと手元に置いていたいと思った。

 誰にも見せたくなかった。祐子にも沖田広海にも。

 見た人は私と恭一だけにしたかった。

 でも、みんなに見て欲しいと思った。祐子にも広海にもみんなに見せて自慢したかった。

 私は、こんなに素敵な私を描いてもらったんだと。




「まだ途中なんだけどね」

 途中。

 描いている途中の私。

 私にはそうは思えなかった。

 私は、この絵はカンペキだと思った。

 完璧な私。

 正直、できあがっているとか途中とか、私はどうでもよかった。





「この絵、欲しい」

 言ってしまった。この絵が学園祭に展示されるはずで、そんなことができるわけなかった。

 でも欲しかった。

 恭一が驚いた顔で私を見ていた。今まで恭一から絵を貰ったことはあったけど、私の方から欲しいとは言ったことがなかった。

 その驚いた顔が笑った。

「あげるよ」恭一は言った。

「へっ」私は恭一が言った事がすぐには何のことか解らなかった。

「欲しいんだろ」そういって恭一はイーゼルから絵を持ち上げて私に差し出した。

「あげるよ」その様子がいつものスケッチを渡してくれる時とまったく同じだったから、私の頭はさらに混乱した。




「あげるって、これ」学園祭に出すんじゃないの、というのが続かなかった。

「欲しいんだろ、あげるよ」またまた恭一はさらりと言った。

「だって、大事な絵でしょ?」受け取れなかった。

「だって、これ一生懸命描いたんでしょ?夜遅くまで残って」目が充血するまで、無精ヒゲだらけになって。

 どうしてあなたはいつもいつも自分の大切な作品を簡単に人にあげてしまうの?

 この絵はあなたの努力がたくさんたくさんつまったものじゃないの?

 それをどうして?

「初めて俺の絵が欲しいって言ってくれただろ?モデルの特権だよ。あげるよ」恭一は満面の笑顔になっていた。顔は相変わらず疲れている。でも笑顔だった。

「もらってよ」恭一の言葉に気圧(けお)されて私の手は恐る恐る私の絵を受け取っていた。そんなに大きくないキャンバス。

 私は私の絵をもらってしまった。




「学園祭の絵はどうするの?」

「また描けばいいさ」恭一はあっさりと言った。

「また描けばいいんだ」 

 恭一は私を見ていた。私も恭一を見ていた。

 私は恭一しか見ていなかった。多分恭一も私しか見ていない。

 私達は私達だけを見ていた。

「いくらでも描いてあげるよ。素敵な君を。これからもこれからも描き続けるよ」

 その言葉がスイッチを押した。

 私と恭一の中にある二人とも押さなかったスイッチ。



 私の中で何かが動き出していた。今までどうにもこうにも動かなかったものが、恭一の一言で動き出していた。

 私の手の中から私の絵が滑り落ちた。絵は床に落ちて私の足に寄りかかった。

 次に私の手は恭一の方に伸びていた。私の手に、恭一の手が近づいてくる。

 もう、私の恭一の間には、何も誰も挟まっていなかった。私の絵も、私と恭一の間には挟まっていない。

 私たちの間には私たちしかいない。

 そこから先のことは良く覚えてない。

 ただ、私と恭一の最初のキスは、絵の具の臭いが充満する蒸し暑い夜だったことは覚えている。

 誰も居ない、私と恭一しかいない部屋。

 その中で、私たちを()()()()のは赤い靴を履いて真っ赤ドレスで赤毛をなびかせて踊っている天女の姿をした私だけだった。

読了ありがとうございました。


今後もごひいきによろしくお願いします。

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