その26
400PV頂きました。
今後もよろしくお願いします。
「そりゃ、絵を描くのは速いよ。でも、俺はなんかみんなより欠けているんだよね。
センスなのかねぇ。ひらめくものがないんだよね、みんなに比べて。
他の連中は、なんていうかな芸術家なんだよね、絵描きというよりも芸術家なんだよね」
絵描きじゃなくて芸術家?私にはその境目もわからないし、どういう違いがあるのかも知らない。けど、恭一が絵が上手いことは確か。
「でも、絵上手いじゃない?」
「そりゃね、テクニックはあると思うよ」恭一はすんなりと認めた。
「テクニックはあるけど・・・」と次の言葉まで詰まっていた。
「あるけど?」私は促す。
「テクニックは所詮はテクニックさ。絵を上手く描くための手段だからね。絵のモチーフとか主題だとかは、やっぱりセンスがモノをいうんだよ」
「だって、テクニックがなくちゃ、絵も描けないじゃない」
「テクニックは、練習すれば誰でも上手くなるもんさ。或る程度の所まではね。訓練次第で誰でも技術は身に付く。デッサンが上手くなったり、配色が良くなったり、速く描けるようになったり。
でも、テクニックはテクニックだよ。いくら技術が優れているからって、それが直接素晴らしい絵を描けるとは限らないからね」恭一は急に熱っぽく話しを始めた。
この人が絵についてあれこれ話をするのは初めてかも知れない。
初めて絵を語る恭一。
今日は「初めての恭一」が良く出てくる日だ。
「とても上手いピアノ弾きが居たとするよねえ。当然、譜面も読めてどんなピアノ曲でも難なく弾くことが出来る。でも、そのすごいテクニックを持っている人が素晴らしい曲を作れるかっていったら違うはず。何かを表現するためにはテクニックは必要だけど、何かを作り出すのには大したテクニックは必要ないと思うんだ」
恭一はいきなり持論をまくし立てていた。この辺は沖田広海と同じ。
要するに、テクニックだけではダメで最後にはセンスがあるかないかが決め手と言いたいらしい。
そうなのかな?
ま、どっちにしても私には良くわからない。
センスとテクニックのどっちが欠けていても上手いこといかないと思うけど。恭一の言い草だと「自分はセンスがない」ということを妙に強調している。
「俺はみんなと違ってセンスに欠くんだよね。だからみんなよりもがんばらないとならないんだ」
「上手いだけじゃダメなの」
「上手い、だけじゃ・・・」恭一は言葉を詰まらせた。「本当は、上手くなんかないんだ」声が沈んでいる。
こんな気弱な恭一は見たことがない。
聞きながら思ったんだけど、
どこが上手くないんだろう。あんなにリアルな絵は中々描けるものじゃないし、センスなんてなくてもいいような気がするけどね。
ちょっと待って。
ということは私はセンスのない男に選ばれたってこと?
「それじゃあ何?私はセンスがない人に選ばれたセンスのない女ってこと?」
「そんなこと誰も言ってないだろ!」
怒鳴られた。
恭一に初めて怒鳴られた。
「私はセンスがない人に選ばれたセンスのない女ってこと?」
確かにそんな事は誰も言ってない。何か変な押し問答になってきちゃった。
私は恭一と言い合いをするためにここに来たんじゃない。
「じゃあ見せてよ、絵見せてよ」と本題を切り出した。
「見せてやるよ」
何故かケンカしている私たち。
そのケンカの原因なのは恭一が描いた私の絵。
「センスがない」ってのは、どうやら禁句みたい。ちょっと雰囲気まずくなってきちゃったけど、絵は見せてもらえるみたい。
今のケンカ。
ちょっと良かった。ケンカのどこが良かったとかは解らないけど、良かった。
なんかとってもドキドキした。ヤバイかなと思ったけど、ドキドキしてちょっと楽しかった。
今までこんなやりとりしたことなかったし。ちょっとだけ恭一の怒ったところが見れたのが良かった。
と、恭一は私の前に立っているイーゼルにかかっている布をおもむろに取り去った。
布が消えた所には私がいた。と思ってしまうくらいに絵の中の私は私だった。
まるで鏡を覗いているのか、写真があるのかと思ってしまうくらい。
踊っていた。
絵の中の私は踊っていた。
赤くて、長い髪をふりふりさせて踊っていた。
私が踊っているというよりも、赤毛の方が踊っているように見えた。
それほど私の赤毛は絵の中で生き生きと踊っていた。子供の頃から好きじゃなかった赤い髪がなびいている様子はとてもキレイだった。日の光を受けて毛先が金色に光っている。
私の髪ってこんなにキレイだったんだ。イヤでイヤで仕方がなかった赤毛がこんなにキレイに見えるなんて初めて知った。
私は赤い服を着ていた。靴も赤だった。袖も裾も胸元も大きき開いた赤いドレス。
赤い服に赤い髪に赤い靴。
「赤い靴」を履いた女の子は踊り狂って死んじゃうっていう童話があったけど、絵の中の私は楽しそうだ。
自分で言うのも何だけど、ものすごく「いい笑顔」をしている。そういえば自分の笑顔って見たことないよね。
「これが私なの」っていうくらいに絵の中の私は顔中で笑っていた。
その思いっきりの笑い顔が恭一のテクニックで完璧に再現されていた。それは絵画に知識のない私でも良く伝わってきた。
私の頭の中に、この絵と同じ光景が浮かんできた。
今年のお花見の時だ。
私と祐子と恭一の三人で行ったお花見。井の頭公園の桜の木の下。真っ昼間から大酒を飲んで三人ともベロベロになってちゃって、途中から記憶がなくなって知らない間に寝ちゃって、気が付いたら祐子の家でダウンしていた時のお花見の光景だ。
桜が舞う中で私は踊っていた。桜吹雪と言ってもいいかも。花霞の中で、桜が舞う中で、絵の中の私はとても気持ちよさそうに踊っている。
その気持ち良さが私にも伝わってくる。恭一はホールで踊った私と、お花見を合体させたのだろうか。
今まで恭一の絵は上手いことは上手いんだけど、どこか殺風景だった。あれだけ感情豊かなスポーツ選手を描いているのに恭一の描いた絵からは何の感情も伝わってこなかった。ただ、上手くて写真見たいな絵だけとしか思えなかった。
この絵は違う。
相変わらず写真のようにリアルでピントがずれてぼんやりと桜が見えるところがあったりする絵なのだけれども、温度が伝わってきた。
とても楽しげで温かな温度。
実はお花見の日は四月のくせにやたらと寒くて冬晴れみたいだったんだけど、そういう温度とかが伝わってくるのではなかった。
見ていて楽しくなる。
うきうきしてくる。
とても楽しかったお花見の雰囲気が伝わってくる。
読了ありがとうございました。
今後もごひいきによろしくお願いします。




