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ポートレイト  作者: 岸田龍庵
天女さまとわたし
25/68

その25

「私って部外者なの?」

 別に恭一を困らせるために言ったワケじゃない。でも、部外者という言葉がとてもひっかかった。

「私はあなたの絵のモデルなのよ」

 もし、この部外者というのを、最初に出てきたオタク君とかに言われたのであれば、また納得したと思う。確かに私は学校も違うし、絵描きでもないし、部外者と言われれば「部外者です」と答えるしかない。

 でも、当の恭一に言われたというのが気に(さわ)った。



 あなたにとって私は部外者なわけ?



「あー、ゴメン、ゴメン。君が部外者だなんて思ってないけど、ゴメン。俺が悪かった」

 恭一は本当に困っていた。

 しかし、

「とにかく、今はダメだからさ」と、キッパリ言った。今日の恭一は私が知っている恭一とはちょっと違う。

「わかった」ここで()めていても先へは進めない。「好き」の先に進むのには退くのも必要。

「じゃあ九時に来るね」私は言った。

「ごめん」恭一は謝った。ヒゲだらけで()()()()人に謝られるととても悪いことをしたように思える。



 恭一も気の毒だ。こんなヘロヘロになってまで絵を描くなんて。絵描きというのは誰も大変なんだと思った。

 しかし、

 そうも言っていられない。

 私はおとなしく引き下がった。まだ望みなくなったわけじゃなかったし、それにまだ夜がある。

 恭一はいつも一緒なはずの祐子のことなど頭に入っていないようだった。

 いつも一緒の私たちを恭一は()()()に見てはいなかった。

 だからおとなしく引き下がった。

 決戦は今夜。

 なんか歌みたいになってきた。




 人が居なくなった学校というのはどこの学校でも気味悪い。

 何でだろう?

 いつも人がたくさんいる時の学校しか見たことがないからかな?それともテレビの見過ぎで夜の学校には怖い話が付き物だと思っているからだろうか?

 なんてぼんやり考えてみても怖さを消せないくらい学校の夜は暗くて深い。もう勝手知っているはずの通路も全然違う場所に見える。



 ちょっと不安になって来ちゃった。

 こんな真っ暗な所を歩いているんだから不安になって当然だと思うけど。なんせ家に帰る夜道よりも暗くてコワイ。

 だからって暗いばかりが不安の原因じゃない。私の不安は別な所にあった。

 絵を見せて、と恭一に頼んで見たものの、ちょっと怖かった。恭一がどんな絵を描いたのかが怖かった。


 もし、血だらけの私が絵になっていたら。

 いまだに血だらけマリアにされていたら。

 そんなことないと思うけど、思いたいけど。万が一ということもあるわけだし。

 一体、恭一の目に私はどんな姿に映ったのだろうか?



 そうなんだ。



 私が知りたいのは恭一がどんな風に私を見てくれていたかなんだ。

 絵がどんな風に仕上がったのかなんて私にはどうでもよかった。とても手の込んだ仕上がりの絵でも、五分で出来上がりの絵でも私にはどっちでも良かった。

 私は絵が見たいわけじゃなかった。恭一がどんな風に私を見ていてくれたのか。走っている時、泳いでいる時、笑っている時、怒っている時、踊っている時。今まで色々な場面があった。その色々な場面の私を、恭一はどんな風に見ていてくれたのだろうか?

 サッカー選手みたいに、学校に行くバスの時のように、ありのままの私でも全然構わなかった。ただただ知りたかった。血だらけかも知れない。まったく私の想像したこともない私なのかも知れない。でも、この際なんでも良かった。

 私は知りたかった。恭一が見た私の姿を。

 だから私は歩いた。暗い、誰もいない、夜の学校の廊下を。





 一カ所だけぽっかりと夜の部分が消えて明かりが見える。作業室だ。

 扉の前に立ってみた。誰も一人も、まったく人がいる感じがしない。誰も居ない感じしかない。もしかして恭一も居ないかも知れない。

 私はノブに手をかけて、こっそり回して手前に引いた。

 開いた。

 真っ暗の廊下にドアの隙間から明かりが漏れてくる。

「こんばんわ~」

 ゆっくりとドアを開けた。作業室の中はがら~んとしいていた。

 やっぱり誰もいない。

 時間、間違えたかな。

「おじゃましま~す」それでも中に入ってみることにした。別にコソコソする必要はないんだけれど、周りがあまりにも静かだし、夜だし、なんとなくこっちまで静かにしなくちゃって思ってしまう。




 ギシ、っと床が私の重さで音を立てた。泥棒じゃないんだからビビることはないけれど、それでもビックリした。

 つま先立ちの忍び足で歩いても床が鳴る。私ってこんな重たかったっけ。

 と、つまずいた。次いで何か踏んづけた。

 ぐにゅう、とした柔らかい感触がした。

 これはひょっとして。

「んごぉ」足下からうめき声が聞こえた。

「水野君?」





 いた。寝てた。

 私の足下に寝そべっている恭一がいた。

「くぅ~」ひげ面の恭一は上体を起こした。顔が寝ている。と、お腹の下の辺りを両手で押さえてうずくまった。

 ひょっとして、踏みつけてはいけない所を踏んづけちゃったかも。サンダルで。しかもカカトで。

 私は背中を向けた。ちょっと気まずい状況。何か喋らないと。




「こんな遅くまで残ってんの?」

 我ながらナイスな質問。

 この時間に待ち合わせをしたからなんだけどね。

「みんなじゃないけどね、俺はいつも遅くまでいるよ」背中の方からあくび混じりの恭一の声が聞こえてきた。

「みんな打ち込んでいるんだね」

 打ち込むものがあるっていうのは、ちょっとうらやましい気もする。

 背中の方からごそごそと音がした。どうやら復活したらしい。私は振り向いた。とても眠そうな顔の恭一が立っていた。

「少しだけ横になったら寝てしまって」恭一はチョップの手で首をトントン叩いている。

「寝てないの?」

 寝ていないのか、それとも眠れないのか。

「ちょっと遅れ気味なんだ、みんなに比べて」恭一はそんなことをいった。

 遅れる?

 恭一が?

 あんな速技を持っている恭一が遅れ気味ってどういうこと?

読了ありがとうございました。


今後もごひいきによろしくお願いします。

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