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ポートレイト  作者: 岸田龍庵
血の呪いとわたし
21/68

その21

 私だけになった。

 水野恭一は首をちょっとすくめて見せただけだった。音楽は鳴り続けている。

 まだ続ける気だ。この人、意外にしつこい。

「ねえ!」ユーロビートに負けない大声でステージから客席にいる水野恭一に向かって叫んだ。

「無理だよやっぱり!。踊れないよ」

 水野恭一は応える代わりに手拍子を刻んでいた手を大きく振った。

 そして、

「踊らなくてもいいよ!自由に動いてくれていいんだ!」

 だからぁ。

「それが出来ないんだってばぁ!」私は叫び返した。

「格好良く踊ろうとするからダメなんだ。もっと自由に、思いつくままに体を動かせばいいんだ」

 なんかダンスレッスンみたいになってきた。ダンスレッスンなんか受けたことないけど、こんな感じなのかなあ。私はダンサーじゃないのに。



「なんでこんなことさせるの?」

 本当に、なんでだろう。コント、映画、水泳、マラソン、そしてダンス。私は何一つモデルらしいことはしていない。



 水野恭一の前に立てば立つほど、彼がやろうとしていることや、彼の考えがますます判らなくなる。

 彼の事を知ろうとすればするほど彼の事が見えなくなるのと一緒。

「僕はねえ!」水野恭一の叫びが聞こえる。

「君が輝く姿を描きたいんだ!嵐山京子が隠し持っている輝く姿を引き出して描きたいんだ」



 輝く姿??私が隠し持っている輝く姿?

 私の「輝く姿」って何だ?



 今まで、生きてきて「輝く姿」なんてあったのかな?

 小学校でも中学でも高校でも、二十年くらいしか生きていないのに、輝く姿なんてあったんだろうか?

「だからダンスなの?」

「映画じゃないだろ!」

 ホールはシーンとなった。音楽はガンガン鳴り響いている。でも私と水野恭一の間の空気はシーンとしていた。

「それって、私の映画の事言っているの?」私の映画。私が作ったわけじゃないけど、私の映画。

「あんな血だらけじゃない。僕は君があんな血だらけの姿になっているのなんて見たくないんだ」水野恭一が叫ぶ。

「もう、血だらけのマリアさまはここにはいないんだ。いるのは嵐山京子って一人の女の子だ。その女の子が本当に光り輝く一瞬を見たいんだ」

 血だらけのマリア。そんなイヤな言葉がまた出てくるとは思わなかった。

 ムカっと来た。


 大体、何なのこの水野恭一という男は?



 勝手に人を描いておいて、モデルになってくれなんて()()()()なお願いしておいて、挙げ句の果てに人の古傷をこじ開けようとしている。

 祐子みたいに帰ってしまっても良かった。その方がすっきりする。

 でも、すっきりするのはほんのちょっと。すぐにモヤモヤとして意味不明なモヤモヤになるんだ。



 なんだろう?このモヤモヤは。



 水野恭一の言葉がいちいち私に突き刺さる。この見た目にさわやかな男は、とてもさわやかな声でひどいことを言う。

「解いて見ろよ。血塗られたマリアの呪いを。解き放ってくれよ」

 この男は。

 この水野恭一という男は、

 私を怒らせようとしている。

 もっと深読みすれば彼は私を挑発している。

「もっと出来るだろう」って。



 この(ひと)は私に挑んできている。水野恭一は水野恭一なりに闘っている。モデルに選んだ私の最高の姿を引き出そうと、色々な事に挑戦させているんだ。

 水野恭一も手探りなんだ。絵描きが手探りなのに、モデルの人間がすんなりとモデルを出来るとは思えない。そんな事を要求するのであれば 

 本格的なモデルさんを雇えばいいのに。

 なぜ私なのだろう。

 祐子は帰ってしまった。残ったのは私だけ。


 ここには私と水野恭一しかいない。

 描く人と描かれる人。

 絵描きとモデル。

 血だらけのマリアと嵐山京子。

 輝く姿を隠し持った嵐山京子と血で塗られているマリア様。


 どっちが私なのか?

 どちらも私なの?



 違う。私は私。

 光り輝く姿があるのであれば、私も見たい。

 私が輝く姿を。



 熱くなった。体が急に熱くなってきた。全身に熱が伝わっていく。体中が沸騰(ふっとう)している。

 踊っていた。私は踊っていた。

 踊っていないのかもしれない。人から見れば踊りには見えないのかも知れない。

 でも、私は踊っていた。

 それは呪いを解くための祈りを捧げる踊りなのかもしれない。

 私は踊っていた。そして解き放っていた。

 私の中に染みついている、血塗られたマリアの幻を。

 勝手に付けられてしまった「血塗られたマリア」という私の姿じゃなくて、自分で作り出した新しい姿を水野恭一に叩き付けようとしていた。




 どんどん加速する。

 手が、足が、私の体が、私の意志とは関係なく動き始めた。

 隠されている私が表に出てくるように。

 まるで呪われた赤い靴を履かされた女の子のように。

 私は踊り狂っていた。

 踊り狂う私の目に、見えた。

 水野恭一がスケッチブックを手にするのを。

読了ありがとうございました。


次回投稿から新しい章になります。


今後もごひいきによろしくお願いします。

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