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ポートレイト  作者: 岸田龍庵
血の呪いとわたし
19/68

その19

 もうすぐ。もうすぐだ。

 足が動かない。多分、動かなくなる。あのゴールを切ったら。

「ゴ~ル!」

 やったあ!一等賞。なんて喜んでいられる場合じゃなかった。

 苦しい。

 もうダメ。

 こんなに苦しいのなんて久しぶりだ。

 体中が熱い。膝がぷるぷる震えている。もうもう動けない。ぺたりと座り込むのがやっとだった。

「京子」

 遅れてゴールしてきたのは祐子。「速いねえ」

 祐子は私以上にキツかったらしい。ふらふらになって歩きながらゴールして、そのまま倒れ込んでしまった。




 ひやっ。

 首筋が凍り付いた。

「おつかれさん」水野恭一がポカリを両手に持って見下ろしていた。

 私は、弱々しく頷いて無言でポカリを受け取った。水野恭一は次に祐子の所に行った。祐子は冷たいポカリを肌につけられてもピクリとも動かなかった。

 ポカリを飲んだ。グイグイ飲んだ。ポカリがこんなにおいしい飲み物だなんて知らなかった。




 千五百メートルなんて何年ぶりに走ったんだろう。キツイ。

 高校を出てこのかた運動なんてしたことなかった。なんちゃってバスケ部の私にはとてもキツイ。

 私よりもキツそうだった祐子は、寝転がったまま身じろぎしている。イモムシみたい。グレゴリー・ザムザだ。

 水野恭一は涼しい顔をしている。さすが元本格派サッカー選手。良くもまあ千五百メートルも走った後に絵なんて描けるモンだ。そっちのほうがスゴイ。手とか震えないのかな。




 私たちが呼び出されたのは駒沢公園。

 しかも陸上トラック。オマケに服装の指定があった。

 動きやすい服装に動きやすい靴。ハイヒールとかぴっちぴちのジーンズとかはダメ。カワイイ服もダメ。出来ればジャージみたいなもので来て欲しい。

 そんな奇妙な指定をされた私と祐子を待っていたのは千五百メートルのマラソンだった。それが今日のモデルの作業だという。千五百メートル走は水野恭一も参加した。

 私たちは最初から飛ばす水野恭一について行こうとして、大失敗をした。半周を回らない内に脇腹が痛くなって、足がガクガクしてきた。祐子に至っては歩きだしちゃう始末。

 ヘロヘロの私たちとは対照的に水野恭一は軽快に飛ばして楽しそうに走っていた。そして何周も速く走り終えて、私たちがゴールするのを待っていた。スケッチブックと鉛筆を持って。




 水野恭一がこの日描きたかったのは、私たちのゴールシーン。それがわかったのは水野恭一がスケッチブックと鉛筆を持ってゴール前で待ちかまえた時だった。

 きっと、すごいむちゃくちゃな顔しているんだゴールの時って。

「もうダメ」って顔してるんだよきっと。そんなの絵に描かれているんだ。かなり最悪。

 祐子なんかどんな顔してんだろう。彼女が言うに「めっちゃめっちゃイケてない顔」しているんだろう。まあ、私だけイケてない顔描かれるのはイヤだけど、祐子も一緒だからいっか。

 祐子が起きあがった。髪がコントに出てくる「博士、実験失敗!」みたいな爆発頭になっている。顔は、やっぱり死んでいる。

「もーイヤや、こんなん」突然祐子が叫んだ。しかもスゴいデカい声。顔がくしゃくしゃ。頭もくしゃくしゃだけど。



 確かにイヤだ。

 こんなに疲れるとは思っていなかった。マラソンくらいまだイケるでしょう、なんて思っていたのが大間違い。もう全然イケてない。しかもそんなイケてない時の状態を絵に描かれるなんて。

「見る?」水野恭一がスケッチブック片手に寄ってきた。とても楽しそう。

 微妙。

 見たいような見たくないような。スゴイ顔してんだろうな。と、いいつつ手を伸ばした。

 やっぱりだ。

 髪なんか広がっちゃって、ヘンテコなポーズなんだけど、思ったよりもヘンな顔じゃない。ヘンな顔、というよりも今までこんな顔している自分なんて見たことがなかった。

 マラソン選手のゴールシーンみたいな私の絵。本当に一瞬の表情なんだ。恭一の絵はその一瞬を本当に見事に捕らえていた。

 でも、

 感想は、思ったよりも悪くないかな。

 スナップとかよりもとってもリアルで生き生きとしている。

 この絵を見て、水野恭一が何を描きたくて、なぜ私たちを走らせたかがちょっとわかった。

 こういうリアルにくたびれている表情は全力で走った後じゃないと出てこない。だからわざわざ部活みたいな事をさせたんだろうなと思う。

 水野恭一は人が出すリアルさを描きたいのだろう。となるとやっぱり彼は写真を絵で描いているのだろうか?



 スケッチブックをめくってみた。私の次のページにいたのは祐子だった。

 私の絵と大して変わらないんだけれど、こういう絵は自分以外だととてもおかしく見える。これも普段見慣れていない顔だからじゃないかな。こんなヘロヘロ顔の祐子なんて見たことない。

「祐子見る?」と祐子のページを出しておいて、そのまま見せた。「とってもカワイイよ」

「うわ~、やっぱめっちゃ最悪や」って、はいはいして寄ってきてスケッチブックを私の手からひったくった。



 私はバンザイして、そのまま大の字になった。

 空しか見えない。一面の青色の空にぼんやりと雲が浮かんでいる。

 汗が引いていく。

 結局、モデルを続ける続けないは全然はっきりしていない。

 ナンパなのかそうじゃないのかもわからない。

 この先どう進展していくのか、なんてことはまったくわからない。

 ただ、ちょっとだけわかったことがある。



 走るのって、そんなに悪くない。

 それに、こういうことのモデルやるのも悪くない 。

 空っぽ。本当に抜けるような青空。

 空を見ていて、そんなことを思った。

読了ありがとうございました。


今後もごひいきによろしくお願いします。

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