その13
読了ありがとうございました。
今後もごひいきによろしくお願いします。
「どうしたん急に?」
「ちょっとね」
ちょっとどころではない。
急に血塗られたマリアのイメージが私の頭の中を覆い尽くしていた。またあんな風に人に見られていたらどうしよう。
ちょっとどころかかなりショックだ。
「あんたあの映画のこと、考えてるんちゃうの?」珍しく祐子の顔は真面目だった。
「くだらんこと考えたらアカンでぇ。あんなオタクの作った、くだらん映画のことなん、もう忘れえや」
祐子は正しい。あの下らない映画のことなんかは、もう私の人生とは切り離されているはず。
あの映画は嵐山京子主演の映画ではなく血塗られたマリア主演の映画なわけで、私とは何も関係がないはず。けれども、水野恭一はあの映画を見て私をモデルに絵を描きたいと思ったわけで。
どうせモデルをやるのなら、きれいに描いてもらいたいし、かわいく描いて欲しいと思うのは当然だ。
水野恭一は「笑顔の嵐山京子が描きたい」と言っていた。それならそれで構わない。
果たして速描?という奇妙な特技を持っている絵描きは、どんな風に私を描いてくれているのだろうか。実のところ、それが一番の気がかりだった。
昨日の私は、どんなふうに描かれていたのか?
水野恭一という絵描きは、私をどんな風に見ているのか?
やっぱり行くしかないでしょ。水野恭一の所に。
そう、大変な決意をしたと思ったら、
答えは向こうからやってきた。
「あれ?」見つけたのは祐子だった。
バスの窓から学校のバス停が見えた。バス停に男の子が立っている。
水野恭一だった。
「おるで」
水野恭一は私たちの方を向いている。もう顔見知りだからか堂々としている。
で、バスは停まった。
当然降りなくてはならない。でもちょっと足が戸惑っている。
ちょっと前まで水野恭一の所に乗り込むなんて一人で息巻いていたのに、本人を目の前にしてビビってる。
「おはよう」水野恭一がハキハキした声で言った。朝の爽やかな空気みたいな清々しい「おはよう」だ。
「おはよう」尻上がりのおはようで祐子は挨拶を返した。
私はちょこっと首を下げた。
「昨日はゴメンねえ。いないから帰ってしまったよう」祐子は何事もなかったように会話を開始していた。
「いや全然」気にしないでと、水野恭一はバッグの中から封筒を二つ出した。
「これは嵐山さん、こっちは猪俣さん」
私と祐子は顔を見合わせた。
「昨日の絵だよ」私たちの疑問に答えるように水野恭一は言った。それを聞いて祐子は迷うことなく封筒に手を伸ばした。
私はというと恐る恐る手を出した。
紙の封筒だから爆発なんかしないだろうけど、何かちょっと怖い。
「じゃ、俺これに乗って行くから」私が封筒を受け取ると水野恭一は私たちが乗ってきたバスに乗ってしまった。
「あ、あ」なんて言っているとバスのドアが閉まった。
あれよあれよという間にバスは走り出して、水野恭一は行ってしまった。
一番後ろの席に座った水野恭一の頭は私たちの方を振り返ることもなく、そのうちに小さくなって消えていった。
三分も経ってない間に水野恭一は私たちの前に現れて絵を渡して帰って行った。
なんなの一体?
絵も速技なら帰って行くのも早い。
祐子の笑い声が聞こえた。
「見てみぃ京子」笑顔全開の祐子は封筒から出したたくさんの絵を私に見せた。
たくさんのスケッチは全部祐子だった。大笑いしている祐子。今にも笑い声が聞こえてくるようなリアルな笑い顔の絵。
私も封筒を開けた。中に入っていたのは祐子と同じで、思い切り笑っている私の絵だった。
何枚もの大笑いの私。
水野恭一が言ったことが頭の中にグルグルと回りだした。
「笑顔の嵐山京子を描きたい」
そのまんまだ。何のひねりもない。
水野恭一は「笑顔の嵐山京子」を描いてくれた。ストレートすぎるけど、確かに描いてくれた。
たくさんの笑い顔の自分の絵を見て思った。
自分でいうのもヘンだけど私ってこんな素敵な笑顔しているんだって。
それを初めて知った。
「う~ん」
芸術をやっている人間が発する「う~ん」は一般人の「う~ん」とは全然違って重い、と思うのは私が一般人だからかな。
美術部の部長という人は私の絵を見るなり真顔で「う~ん」を連発していた。
知り合いの友達の友達のそのまた友達のツテで美術部部長という人に私の絵を見てもらっている。私の絵というのは今朝、水野恭一がわざわざバス停で待ち伏せして持ってきてくれた「大爆笑の私の絵」。
鑑定、というのではないけれども私とか祐子とかの一般人が水野恭一作品を見ていてもせいぜい、
「うまいねえ」
という感想しか出てこない。
水野恭一の絵が上手いというのは私でも祐子でもわかる。
それ以上のことをもっと知りたかった。
どうせなら絵描きに近い感覚を持った人に人に見てもらうのが良いだろうと思って絵を見てもらっている。
水野恭一の素性は一切明かしていない。素性といったって私と同じ歳で美大生くらいしか知らないのだけれど。
ちょっと人には見せたくなかったんだけどね。なんせ「大笑い」している絵だし。
上手い下手はともかくモデルをやった人間にしてみれば、ちょっとみっともない絵だ。
大口を開けて大爆笑しているのだから。また絵が上手いから誰がモデルになっているかなんてすぐに判っちゃうんだろうな、ヤダな。
「いやいやいやいやいやいや」美術部部長さんはさっきから唸りっぱなし。
そんな部長さんの唸り声を聞きつけて部員さんも寄ってきてしまった。それからの部長さんはあまり喋らないで、絵と睨めっこしていた。
と、別の所では、
「すごーい、これ」
という美術部員さんの感想が聞こえた。やっぱり部長と部員の感想は、部員さんの方が一般人に近いのかも。なんて思っていたら部員さんも真顔で私の絵を見だした。
そんなこんなで次々と人が集まってきて立派な人だかりになっていた。
なんか騒ぎが大きくなってきちゃった。
あちこちに私の絵が行き渡ってあちこちから、
「良く描けてる」という声が聞こえる。
でも、不思議と「上手い」という声は一つもなかった。
上手いと良く描けているって、どう違うのだろう?
「これ良く描けているけど絵じゃないよね」
えっ?
絵じゃないとはどういうこと?絵でしょ、どうみても。どこからどう見ても絵なんだけど。だから同じような人種に見てもらったわけなんだけど。




