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ポートレイト  作者: 岸田龍庵
マリアさまとわたし
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その1

先日、投稿完了しました「海が見える部屋」の続編です。


といって、直接の続編ではありません。主人公も変わっています。「海部屋」の登場人物ではありますが、ヒロミではありません。


ヒロミが海外留学へ行った後の、残された人たちのお話です。


映画「ターミネーター」の1と2みたいな続き物といった感じでしょうか。


なぜ、「海部屋」の続編をこのような形にしたのか、今となってはわかりません。

「主題」というか「テーマ」というかが古いといいますか、作品自体が10年以上前に書き上げたものなので・・・

「古い!」というより「懐かしい!」感じて頂きつつ、どうぞお付き合いくださいますよう、よろしくお願いします。


 朝一の講義に限って言えば、名字が「ア行」だと絶対損だと思う。



 何が損かといえば、もちろん遅刻だ。

 これが「ヤマモト」とか「ワタナベ」だったら、「ア」行の私なんかが返事をしている間に滑り込みセーフ出来るから、まだ得をしていると思う。

 少なくとも出欠を取る時は。



「アラシヤマ」の私と「イノマタ」祐子は同じア行だからか、どちらかが遅刻だと返事をしてあげるようになった。



 今日は祐子が遅刻だ。講師の出欠取りの返事をしてあげた。どうせ講師は「誰か」なんて見ていないから。

「アラシヤマ」の私と「イノマタ」祐子は同じア行だからか、どちらかが遅刻だと返事をしてあげるようになった。

 私が代わりに返事をしてから、ほんのちょっとして祐子がコソコソ入ってきた。

「おっす」挨拶もコソコソしている。祐子は隣に座った。

「返事しといたよ」

 祐子はウィンクしてから、

「ありがとう、()()()()()と言った。

 私は黙って祐子のナマ足のモモの内側を「ぎうっ」っと三回転半ひねりくらい、とても力を込めてつねりにつねった。

「イゥゥっ!」

 声がちょっと大きかった。




 学食はいつも人が山盛りだ。

 なんせ学校の近くに食べ物屋さんがないから満員御礼みたいなことになってしまう。今日も二人分の席を確保するのは大変だった。

 私はサラダセットにした。日替わりサラダに、タマゴサンドとミックスサンドに、飲み物一品。

 トレーを持ってくる祐子の歩き方がヘンだ。必要以上に内股歩き。



「なーに?おしっこもれそう、みたいな歩き方して」

「痛いねん」内股歩きの祐子は私の向かいに座った。「京子がつねった所、めっちゃ痛いねん」と、内股をさすっていた。

「スカートなんかはいてくるからよ」私は日替わりのゴボウサラダをフォークで突っついた。

 祐子はテーブルの下で足をさすっている。上半身しか見えないから、おしっこガマンしているように見える。


「パンツ見えるよ」

「なにも、あんなん強くつねらんでもええやん」

「祐子、あのねえ」私はフォークを使って祐子を指した。

「絶対にマリアなんて言わないで。今度言ったら絶交だからね!わかった」ちょっと凄みを利かせて祐子に言った。

「はい、すんません」祐子はしゅんとした。

「さっきはゴメン。ちょっとつねり過ぎた」

 言ったとたんに、祐子の顔がパッと明るくなった。

「さすがは嵐山京子さん。やっぱり優しいんやなあ、マリア様みたいや」

 いつもこうだ。

 祐子は人をからかって生きている。

「歩けなくしてやろうか」私は「北斗の拳」よろしくパキパキと指を鳴らして見せた。

「わあ、ウソウソ。もう二度と言わへんからつねらんとって」

 祐子はとても困った顔をして謝っていた。

 



「アラシヤマ・キョウコ」と「()()()()」はちっとも似ていないのに、私が祐子にマリア様と呼ばれるのには理由があるし、私がマリアという呼び名に過敏になるのにも理由がある。



 もし、大学二年という時間が私にやってこなければ、私はマリアと呼ばれるようなことはなかっただろう。

 何でも同じだと思うけど、「二年生」というのはとても中途半端なものだ、多分。

 一年生の内は自分にも周りにも緊張があるし、三年生になった時には終わった先のことを考えないとならない。

 もっとも、この例えは中学、高校だけの話。でも、二年生というものが自分にとっても周りにとってもダルいものだというのは大学生でも同じらしい。



 大学一年の時、私の周りにはたくさんの変化があった。と、言っても大した変化じゃないといえばそれまでだけど、私にはとっても大きな変化だった。

 親友の沖田広海が海外に留学してしまった。

 沖田広海とは中学から一緒だった。きっかけは大したことじゃない。私が「アラシヤマ」で彼女が「オキタ」。二人とも「ア行」だから。席が近くて話してみると家が近いとかそんな理由だった。

 良くあるキッカケで私たちは、大学まで一緒だった。



 その沖田広海が海外に行ってしまったのは今年の三月のこと。大学を辞めて。広海は絵の勉強をするために日本を飛び出した。

 今まで、どこへ行くにも何をするにも一緒だった友達が急に消えた。

 たかが友達が居なくなったくらいで、と周りの人は言うだろう。でも、私には色々なモノが消えた感じがした。



 広海としかすることのない会話や、広海と一緒でなくては行かない場所、広海と共有していた秘密。そういったものが全くの意味をなくしてしまった。

 それって、ただ会話の相手が減るとか、足を運ぶ場所がなくなるとか、秘密が秘密のままで終わってしまうっていう単純なことじゃない。欠けてしまうのだ。沖田広海と共有していた部分も私だったわけだから。その一部分の私が消えてしまう。




 今まで百パーセントだった私が、何パーセントか減ってしまった。人って、こんなに簡単にフヌケになれるって初めて知ったし、フヌケになったのは生まれてからこの時が初めてだった。

 親友の部分が減ってしまった私は、いろいろなことが面倒になってしまっていた。大学を辞めてしまおうと思ったこともある。それまで比較的集まりの良かった高校時代からの地元の友達の結束もなくなってしまい、高校時代からつき合っていた彼氏とも別れてしまった。



「なんか抜け殻みたいだなお前」

 それが彼氏の最期の言葉。



 他に好きな女が出来たのか、私かキライになったのか。そんなことを聞ける筋合いじゃなかった。その当時の私は明らかに抜け殻だった。抜け殻ならまだいいのかも。殻が残るから。あの頃は殻も残っていなかった。

 その抜け殻に、



「ヒマそうやん?」

 と、声をかけてくれたのが、同じ「ア行」の猪俣祐子だった。




 境遇が似ていたというのもあるのかもしれない。

 当時の私は「抜け殻」で、沖田広海という友達をなくして、周りに誰もいなかったし、誰も寄せ付ける気がしなくて独りでいた。

 祐子は祐子で、彼女が言うに関西出身のハンディがあったらしく、彼女もどちらかといえば一人の方が多かった。

 話も合った。


 映画が好き。末っ子。兄がいるなどなど。


 そういう小さな共通点を探していくうちに、気がつくと私たちはいつも一緒に遊んでいた。

 それからの日々はいつでも祐子が一緒だった。もちろん、沖田広海がいないのには変わらないけど、少なくとも抜け殻ではなくなった。

 祐子には「絶交する」なんて言ったけど、私の方からそれをすることは多分ない。

 あの頃の抜け殻だった私を救ってくれたのは祐子で、もし祐子の誘いがなかったら今も私は抜け殻だったのかも知れない。もっとも、祐子には私が抜け殻だったとはわかっていなかったはず。ただ、単に同じ「ア行」だったからなのかも知れない。



 まあ、友達になるキッカケなんてこんなもんなんだろうね。

 ともかく、私の大学一年生は沖田広海の中退で終わって、猪俣祐子との交流から二年生の時間が始まっていた。

 そんな新しい生活が動き出した時に起きた変化。



 それが映画の主演の話だった。

読了ありがとうございました。


「海部屋」とは違う雰囲気で書いてみました。


引き続きよろしくお願いします。

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