01 進まない引継ぎ
津田めぐみは不機嫌だ。
また優喜がロクな説明も無しにゲレム帝国に行ってしまい、ティエユの町の業務をモウグォロスに引き継いでみんなで引っ越して来いなどと言っているためだ。
せっかくみんなで作った町が形になり、これからだという所でこれだ。
「頑張っても、頑張っても意味無いじゃん!」
めぐみは泣きそうな声で言う。
多分、めぐみは必要以上に頑張りすぎなのだ。
「落ち着けよ。俺らもできることを一つずつやっていくしか無いって。」
「そう言う幸一のトラックとバスの進捗はどう?」
「エンジンとフレームはオーケー。トラックは問題なくできる。けど、バスは、座席作るのにちょっと時間がかかりそう。」
「最悪、クッション無しで、藁詰めで良いよ。」
「たぶん、そうすることになる。」
「図面とかちゃんと残してる?」
「大丈夫だ。紙は大量にあるからな。」
堀川幸一たちが書いたエンジンや車体の図面は既にA3用紙百枚以上になっている。機械の形状と、それに必要な部品を作るための魔法陣を一つ一つ書いているのだ。トラックとバス、合わせて一千枚近くになる予定である。
その紙は製紙工場で作られたものを使っている。地球から持ち込まれた紙は、研究段階で全て消費し切っていた。
優喜が作った製紙工場では、木材をパルプ加工してロール紙が出来上がる。一枚一枚丁寧に手漉きで作るなんてことはしない。機械式の大量生産だ。
はっきり言って、産業革命しすぎだ。普通、知識チート物でも機械化大量生産はしないだろう。
「で、直弥、その紙の方は大丈夫か?」
「基本的な操作マニュアルはできてるけど、もっと基本的な事が分からないと何かあった時に対処できないから、そこら辺どうするかで困ってる。」
「機械構造の基本的な事、運動魔法物理はエンジンの方に纏めてあるから、その辺は軽くで良いんじゃ無いかな。」
「なるほど、助かるよ。」
「楓、薬草の方はどうなの?」
「もう終わる。高級なのは残さなくて良いって優喜様が言っていたから。」
「モウグォロスに引き継がないものも紙に纏めておいてくれると助かる。急がなくて良いけど、どっちにしろ向こうに行ったら書くことになると思うから。」
「了解。引き継ぐ分は今日中には終わるから、明日以降だね。」
「食料は足りるから、ああああ、しまった、お金はどうするのか優喜様に聞いてない!」
「お金?」
「それと王都の邸。あっちって、ビョグゥトの人たちがいるでしょう? あの人たちも連れて行くのか、置いていくのか。」
「それ、優喜様もそうだけど、本人と王太子様にも確認した方が良くない?」
「誰か王都に行ってきて! 私、無理!」
めぐみは匙を投げ出す。
「五十嵐くん、無線で良いから王太子様か宰相様に王都のティエユ別邸の扱いについて確認して。あと、幸ちゃん、トラック最優先で完成させて。乗り心地最悪だけどトラックでも人運べるし、バスの方が時間掛かるんでしょう?」
楓が代わりに指示を出す。いつ頃からか、堀川幸一のことは幸ちゃん呼ばわりだ。
「了解。ところで誰が運転するんだ?」
「それは誰でも良いでしょ。適当に手の空いている人に練習させて。」
あまり手の空いている人はいないはずだが、めぐみは取り敢えず人選を幸一に振っておく。
「めぐちゃん、モウグォロス来てるよ。」
執務室のドアを開けて、吉田セシリアが言う。
「うおお、もうそんな時間か。応接室、いや、面倒だからここに通して。」
ばたばたと書類を整理しながらめぐみが答える。
「商会とのお話についてだっけ?」
楓が確認しながら、書類を探す。
「そう。鉄と紙の販売だね。」
「ここで良いのか? 随分汚いな。」
めぐみたちが書類を片付けてモウグォロスとの打ち合わせ準備をしていると、モウグォロスが偉そうに部屋に入って来た。
「そちらの空いている椅子にどうぞ。」
めぐみが促すと、モウグォロスは三人掛けのソファに一人で座る。
「秘書の方も一緒にどうぞ。」
「なに!」
「しかし……」
モウグォロスが驚きの声を上げ、秘書も狼狽える。普通に考えれば、王孫と従者が同じ椅子に座ると言うのは無いだろう。
「その半人前の未熟者に気を遣わなくても良いですよ。」
楓も酷いことを言う。
「時間無いし、さっさと進めようぜ。」
幸一が面倒そうに言うと、めぐみが話を進める。
「それじゃあ、まず、鉄材の採掘と販売の計画ですが、どのようにしていく方針なのかお聞かせ頂けますか?」
「採れるだけ採って、売れるだけ売るに決まっておろう。」
「だから、具体的にそれはどれぐらいの量を取って、それが金貨何枚ぐらいになるのですか? 計画を立ててくださいと言いましたよね? 鉄材の相場も、現状の採掘ペースもお教えしましたよね?」
「そんなものはやってみなければ分からんだろう。」
モウグォロスは情けないことを言う。
「王様がそんな行き当たりばったりじゃ困るんだよ。計画を立ててそれに向かって進めていくんだって。前も言ったろうが。」
苛々した口調で幸一が叱り付ける。
「で、どれくらいの収益を見込んでいるんですか? 町でも国でも、収益の管理ができなかったら話にならないですよ。」
そして、めぐみが話を戻す。
「収益など、税を取り立てれば良いだろう。」
「誰から? この町、私たち以外だとまだ二十八人くらいしかいないけど。」
モウグォロスは必死にはぐらかそうとするが、めぐみ相手にそれは無理だ。
「これから増やせば」
「税金の高い町になんて誰も来ないよ? だから優喜様は来年春まで税金免除って言って人を集めてるんだけど。」
ほら、もう詰んだ。
「税金を免除なんてしたら、私にお金が入ってこないではないか!」
「だから、領主が主導する事業をするんでしょう? そのために優喜様は、鉄材採掘、金属加工、木材加工、製紙、印刷ってイッパイ事業作ってるんだよ。私たちがやってたのは全部、あなたがやるの。イヤだ、じゃなくてやるの。」
「お前たちが勝手に決めるな!」
モウグォロスはモウグォロスでこの状況は不本意なようで、泣きそうになりながら逆切れしている。
「勝手にじゃないから。ブチグォロス国王陛下にもドクグォロス王太子殿下にもその方向で進めるって話して、それでやれって言われているから。」
「お父様が?」
「どの事業も器は出来ているけど中身が無いから、失敗しても大した問題にならないから、どこかで経験を積ませなきゃならないモウグォロスにはちょうどピッタリだって。でも、私たちとしては、むざむざ失敗させたくなんかないの。」
「どうしても他にやりたい事があるなら、俺たちじゃなくて王太子様にでも言ってくれよ。通信機は使って構わないからさ。」
「そういうわけではない。」
余りにも不憫なモウグォロスに幸一が優し気な言葉を掛けるが、モウグォロスはその手を取らない。
「で、商会との話はどうするの?」
黙り込んでしまったモウグォロスに、めぐみは話を元に戻す。
「どうするとは?」
「品物の引渡しがいつで、幾らなのかって決めないと、お話にならないでしょう?」
「そんなことは、下の者に」
「下の者じゃなくて、モウグォロスが決めるんだよ!」
横から楓が言う。もう、王孫殿下を呼び捨てである。
「なぜ、私が」
「だって、モウグォロスはこの町の領主でしょう? だいたい、下の者って誰? あなたの部下って十四人しかいないはずだけど、誰にやらせるの?」
「それは」
「すぐ決めて。さあ、決めて。今、決めて!」
言い募るう楓に、モウグォロスは顔を引きつらせる。
「それは、あまりに時間が少ないのでは。」
横からモウグォロスの秘書官の一人、スキベシュが助け舟を出す。
「前から計画立ててって言ってるじゃない。優喜様がどんな事業をしようとしていたかも説明したでしょう? 今まで何してたの?」
うんざりしたように言う楓。
モウグォロスの仕事の遅さに彼らの苛立ちは止まらない。
「とにかく、明日には商会の人たち来るんだから、それまでに売る量と金額決めてね。紙は明後日だから、そっちもちゃんと決めてくださいね。この前、優喜様が作った事業計画書をお渡ししましたよね。あの形でお願いします。」




