26 水の槍
裂け目から出てきたのは、集団戦の時にも見かけた馬面の魔物だった。その手には、見たことのある槍が握られている。
「全員、逃げて!」
優喜は下がりながら無詠唱魔法を連射して敵を牽制する。。
「私も!」
「ダメです! ここは場所が最悪です! 逃げてください!」
一緒に戦おうとする芳香に言うと、優喜は走り出す。
逃げる『ヤマト』に向かって馬面が再び水魔法を放ち、それを防ごうと優喜と芳香が光の盾を連ねる。
盾のおかげで水の槍の直撃は防げたが、優喜たちは大量の水に押し流される。しかし、それは優喜たちも望むところ。変質した岩の外側まで辿り着いた優喜は無詠唱の地均し移動で距離を取る。
「みなさんにお願いがあります。私が逃げろと言ったら全力で逃げてください。私を含めて、他の人を助けようとしないでください。まとめてみんな死んでしまいます。」
「ごめん……」
優喜の言葉に、芳香は項垂れる。
「だいたい、私は一人で犠牲になるつもりなんて無いですよ。」
馬面の魔物を睨みながら優喜は言う。
「それに、水の槍が見つかったのです。あれは絶対に欲しいですよ! ねえ茜さん。」
「あれをコピーしたら私の魔導杖もできるってことか。」
「その通りです。」
「超やる気出てきたよ。」
馬面の魔物が何やら咆哮を上げ、槍を振りかざすと大量の水の球が生まれ、優喜たち目掛けて撃ち出される。
しかし、優喜は慌てず騒がず土の壁で水魔法を防ぐ。が、水魔法の威力はかなり強く、威力の大半を殺がれながらも土の壁を貫いてくる。
回避のために、茜が地均し移動を無詠唱で発動させると同時に、魔物の振るった槍が土の壁を吹き飛ばした。そこに芳香と理恵がファイヤービームを放つが、魔物の前に出現した水の壁に阻まれる。
同じ馬面でもこの馬面は大規模戦のボスや優喜が一人で倒した奴よりも強いのではないだろうか。優喜たちが敵の攻撃を受けたのも、攻撃が通用しなかったのも初めてである。
「で、どうするの?」
「落とし穴以外に作戦があるとでも?」
「またそれ?」
「風の槍はそれで一人で勝ち取りましたからね。」
「ええええええ。落とし穴が最強なの?」
「無敵ではないですが、空を飛べないやつには基本的に効きます。」
「あ、落ちた。」
優喜は喋っている間に無詠唱の土魔法で穴を掘っていたらしい。馬面の魔物が突如、地面の下に姿を消した。
茜がレベル四の土の錐の魔法を詠唱している途中で、穴の中から爆発するように水が噴き出し、馬面が穴の中から出てきた。驚きつつも理恵と芳香がファイヤービームで牽制し、茜の詠唱が終わる。
下半身をズタズタに貫かれ、馬面は怒号とも悲鳴ともつかない咆哮を上げる。そして苦悶と怒りに満ちた目で優喜たちを睨みながら槍を振り下ろした。
無数の水球が撃ち出されるその直前、馬面の足元の地面が消え去り、優喜の開けた穴へと落ちていく。
馬面の魔法はコントロールが乱れたのか狙ったのか、周囲に拡散して放たれ、地面へと着弾した水球が優喜たちの周囲に大量の土砂を撒き散らす。
頭から泥をかぶり、怒りに燃えた茜がレベル三の土の錐を放ち、理恵が曲射版ファイヤービームを穴の中に叩きこむ。さらに芳香が火と水の混成魔法、熱湯弾を穴の中に撃ちこむ。
穴の中が静かになり、近寄ろうとした芳香たちを制して、優喜が止めのレベル四の土の錐を放つ。
「落とし穴って、どんだけ無敵なの?」
理恵が呆れたように言う。
「そうでもないんですよ。あの緑の岩では使えませんでしたからね。」
「そうなの?」
「落とし穴と言うか、土魔法が全く使えませんでした。だから逃げろと言ったんです。」
話しながら穴を元に戻して槍を回収するとともに、魔物が装備していたものを見分する。
どんなものが金になるのかはエモウテミが一番詳しい。籠手と鎧に埋め込まれていた石を取り外して革袋に放り込んでいく。そして、魔物と言えば角である。
後頭部から背中にかけて生えているそれは鬣ではなくて何十本も生えた角だった。優喜はその一本を折り取って魔力を込めたり手に持って魔術や魔法を使ったりしてみる。
「これは今まで見た中で最高品質の角ですね。絶対に持ち帰りますよ。」
馬面の角を根元から折り取って、袋に詰め込んでいく。もう、全員のバックパックは満杯になって、予備の鞄にまで詰め込んでいる。
「一旦帰りたい気分ですが、ダンジョンの調査はしたいと思います。どうせ帰り道の殆どは地均し移動ですし、少々荷物が多くても何とかなるでしょう。最悪、毛布とか捨ててしまっても……」
「捨てちゃうの?」
「だって、この角一本で毛布何百枚も買えますよ……」
優喜が金の亡者と化している。
優喜たちは食事を摂り、軽く休憩してからダンジョン内部の調査に向かう。
「と、その前に、確認したいことがありました。」
何を思い出したのか、優喜は緑色の岩の端で土魔法を使う。
普通の土には大きな穴が開くが、緑色の岩の部分は変化が無い。礫が飛んで行くことも無い。理恵や茜が火や水の魔法を使ってみると、それは問題なく使えているようだ。そして、予め岩の上に撒き散らしておいた土砂を飛ばすことは問題なくできた。
「やはり、この岩には土魔法で干渉することができないようですね。ではこれはどうでしょう?」
優喜は手で直接岩に触れて魔力を直接注ぎ込む。杖を作るときに魔術で紋様を刻み込んだのと同じ要領だ。
「まったくビクともしませんねえ。私の魔術は鉄でも紋様を刻めるんですが。」
「この岩ってそんなに硬いの?」
芳香が岩を蹴りながら言う。
「硬いのもそうですが、全く魔力が通らないようですね。どんな原理なのかは知りませんが。」
優喜は石を拾って岩に投げつける。高い音を立てて石が弾かれるが、岩には傷一つついてはいなかった。
ダンジョンは、意外と浅かった。
というか、ダンジョンなんて言えるほどの物でもない。地上の裂け目からほぼ一直線に傾斜した穴が百メートルほど続いており、その先には大きな空間があるだけだった。
大型の魔物が出てきているだけあって、穴の大きさは十分に広く、人が並んで歩くのに十分な幅がある。
ただし、斜度は結構きつく、足を滑らせると穴の底まで転げ落ちて行ってしまいそうなほどだ。
穴の底の空間は直径五十メートルほどの広さがある。
その中央には水がたまっており、上に『穴』が陣取っていた。
「中央に近づかないでください。下がってください、理恵さん。近付きすぎです。」
前に出ていた理恵が慌てて優喜の所まで戻る。
「何かあるの?」
「え? 見えないですか? 空間が捻じれて穴が開いていますけど。」
優喜は明かりの魔術を頭上に放り投げて周囲を照らす。
「うーん、見えないよ?」
「真っ暗でよく見えるね。」
「目で見えてるわけじゃないですからねえ。」
「優喜ってもしかして結構厨二?」
「違いますよ。私はもともと目が悪いので視覚に頼っていないんです。」
「意味わかんないよ。ますます厨二臭いんだけど。」
「失礼ですね。後で見せてあげますよ。私は目を閉じていても真っ直ぐ歩けるし、障害物だって避けられます。」
「私もそれくらいできるよ。」
芳香まで変なことを言い出した。
「子どもの頃、心眼の練習とか頑張ったから。」
「ちょ、心眼って、芳香そっち系?」
「そっち系って何? マンガみたいには無理だけど、心眼はできるよ。」
「その心眼では、この奥に何が見えますか?」
「何って言われても分かんないよ。」
「見えるのに分かんないの?」
「いままで見たことない、得体の知れない物が何なのかなんて分かるわけないじゃん。」
「たとえて言うならば、想像を絶する何か、ですね。」




