嫁が2人増える章
前回までのあらすじ
三国志の時代に関索として転生した俺。勝負の末に鮑三娘と結婚することになる。父である関羽の元に向かう旅の途中、鮑三娘の幼馴染、白が住む村に立ち寄るが、一月後に村が山賊に襲われることを知り、鮑三娘と共に村人のために戦うことを決意する。
参った。まさかこれほど相手にされないとは。にぎやかな飯屋の中で一人、湯の入った茶碗をじっと見つめて途方に暮れる。
村の人間にああは言ったがやはり農民は農民。たった一か月の調練で50人の山賊と戦って勝つ確率は高くはない。勝つ確率を少しでも上げるためには戦の経験の豊富な者の存在が不可欠だ。そう思って鮑三娘に相談したところ、
「近くの街で戦のために兵を募っているらしい。そこなら戦慣れした者がいるんじゃないか?」
と教えてもらったので、戦い慣れした者をスカウトするため、2日間馬に乗って街までやってきた。確かに街では兵を募集しており、戦で一稼ぎしようと目論む猛者達で溢れていた。これならかなりの戦力が確保できると思い、強そうな奴に片っ端から声をかけた。
が、甘かった。村を守るために力を貸してくれ、と声をかけると、必ず、
「で、報酬はいくらだ?」
と言われ、返す言葉がなくなってしまう。散々盗賊に荒らされつくしたあの村には金など残っていない。俺達の持っているわずかな金額を告げ、山賊を倒した日には腹いっぱい飯を食わせるから、と頼むと、
「冗談じゃない。戦に出たほうがよっぽど稼げらあ」
と、断られる。
稀に話を聞いてくれる者もいたが、村人達と張勲率いる山賊団と戦う聞くと、
「農民だけであの悪名高い張勲山賊団と戦うなど正気ではない。勝ち目のない戦はごめんだ」
と、断られる。この街に来てすでに一週間たったが、力を貸してくれるものはいなかった。
何とか仲間を見つけなければ、村で村人たちの調練を行い、戦の準備をしている鮑三娘に顔向けできない。どうしたものかと思って、ぐい、と白湯を飲み干すと、一人の男が近づいてきた。
「おい見ろよ。こいつだぜ。昨日俺に声をかけてきたいかれた奴だ」
男がそう言うと、ぞろぞろと5人ほどのチンピラが俺の座っているテーブルの前に集まる。どうやら昨日俺が山賊退治に誘って断られた傭兵の一人とその仲間らしい。全員顔を赤くし、酔っているようだ。
「おい兄ちゃん、頭大丈夫かよ? 百姓とアンタだけで張勲山賊団と戦おうってのかい」
「俺達だけじゃない。俺ともう一人、戦いに慣れたものがいる」
「戦えるのはお前たち二人だけ? 他は百姓か?」
「ああ。だが今村人たちの調練を行っている。1月後にはある程度戦える戦力となっているはずだ」
そういうと男達は「ぎゃはははははは!」と大声で笑った。
「何がおかしい」
俺はムッとして答える。
「調練だとよ、百姓を調練! 俺ぁこんなおもしれえ冗談は初めて聞いたぜ!」
「俺もだ! なあ兄ちゃん、張勲山賊団がどんな奴等か知ってるか? あいつらが潰した村は両手の指じゃ数えきれねえ。官軍も討伐に行ったものの、逆に皆殺しにされたって話だ。なんでも首領の張勲って奴は元々どっかの軍の将軍をやってたみたいでよ、恐ろしく強い上に残虐ときてる。そいつらと戦って本気で勝てると思ってんのかよ」
「ああ、勝つための策はある。お前たちも一緒に戦ってくれないか? 少ない金額だが、報酬はある」
「わずかな金と腹いっぱいの飯だろ? そんなもんのために命を捨てるわけにはいかねえな」
そういうと山賊は刀を抜き、俺の喉元に突き付けた。
「だが山賊退治の報酬にしちゃ少ねえが、遊ぶ金にしちゃ十分だ。持ってる金全部よこしな。勝てねえ戦をする資金よりも、俺達がよっぽど有効に使ってやるよ」
「本気か?」
「ああ本気だ。怪我したくなきゃおとなしく金おいてさっさと失せな」
厄介なことになった。しばらく無言で考えた。
「わかったよ。金は出すから物騒なモノはしまってくれ。そうだ、酒をおごるよ。だから一回落ち着いて――」
言葉を続けながら「ガアン!」とテーブルを蹴り上げる。突然の出来事に男たちは一瞬固まり、蹴り上げられたテーブルによって視界を遮られる。
「ハッ!」
掛け声と共に俺に刀を突き付けている男の股間を思い切り蹴り上げると、
「――ッ!」
急所を強打され、男は股間を抑えて床に倒れた。
すぐに別の男の側面に回り、まだ状況を把握できていない男のあご先に右ストレートを打ち込む。不意打ちの右ストレートは頭蓋骨の中で男の脳を激しく揺さぶり、脳震盪を引き起こす。格闘技でいうノックダウン。男は意識を失い、ぐずぐずとその場に倒れ込んだ。
まだだ。続けざまに別の男のみぞおちめがけて前蹴りを放つ。
「うおっ!」
だが男はギリギリのところで腕で俺の前蹴りをガードした。
蹴り上げたテーブルが床に落ち、壊れた破片が店の中に散らばる。
「テメエ、なにしやがる!」
「参ったな。3人は倒せる予定だったんだけど。さすがに戦で食っていこうって奴は戦い慣れしてるね。不意打ちに対応する時間も中々のもんだ」
「ふざけやがって。ぶっ殺してやる!」
残ったチンピラ3人は興奮気味に刀を抜いた。息は荒く、今にも切りかかってきそうだ。
さて、どうするか。俺も剣は持っているが、こいつで攻撃はできない。チンピラとはいえ、万が一斬り殺してしまったら俺はお尋ね者だ。村を救うどころじゃなくなる。殺さないように武器を持った残りの3人を無力化しなければならない。しかし、この狭い店の中で一度に3人を相手にするのは悪手だ。宮本武蔵が吉岡一門と戦った時のように、走って逃げながら、一人ずつ仕留めるか。
そう考えていると、にらみ合う俺達の元に二人の少女が近づいてきた。
「君、やるね」
一人のショートカットの小柄な少女が声をかけてきた。
「ありがとさん。でも今ケンカの真っ最中だ。危ないから下がってて」
「大丈夫、アタシ達、君の助太刀に来たんだから」
そういうと少女はいきなりチンピラの懐に飛び込み、喉のくぼみに手刀を放つ。
「よっと」
「カハァッ」
急所に手刀を突き立てられたチンピラは声すら出せずに悶絶する。少女はそのままチンピラの背後に回って背中に飛びつき、首に腕を回し、チョークスリーパーでチンピラを締め落とした。
「こいつ!」
残ったチンピラの一人がショートカットの少女に刀を振り下ろすと、もう一人の長い髪をした少女が間に割って入った。
「もう、王悦ちゃん。危ないことしちゃダメってお姉ちゃんいつも言ってるじゃない」
長い髪の少女は振り下ろされた刀を手の平を合わせて受け止めた。真剣白刃取り。実際にやる人間を見るのは初めてだ。フィクションの世界の技と思っていたが、まさか本当にやってのける人間がいようとは。
「えいっ」
刀を受け止めたままの体制で男の顔面に少女のハイキックが命中すると、男は意識を飛ばして倒れた。
この二人、強い。見た目はかわいい女の子だが、動きの一つ一つに無駄がない。場数を踏み慣れているという感じだ。
「こ、この野郎! 何なんだてめえらは!」
最後に残ったチンピラがすごむも、腰が引けている。仲間4人を倒されて、すっかり戦意を喪失しているようだ。
「助かったよ。君たちすげえ強いのな。名前は?」
ショートカットの少女がにこやかに笑って答える。
「アタシが妹の王悦で、こっちが姉の」
「王桃と申します。王悦の姉です。よろしくお願いします」
王桃がぺこりと頭を下げると、長い髪が美しく揺れる。
二人の名を聞いたチンピラが顔色を変えた。
「王桃と王悦……。聞いたことがあるぞ。確か、王令侠客組の組長、王令公の娘に、敵対する組をたった二人で潰した姉妹がいたはずだ。その二人の名が確か……!」
「そだよー。アタシ達がその王令公の娘の王姉妹! もっとも、パパと組員は官渡の戦い(200年に行われた曹操と袁紹の戦い)に参加してみんな戦死しちゃって、王令侠客組はなくなっちゃったけどね」
「くそっ、マジであの武闘派ヤクザ、王令侠客組の化け物姉妹なのかよ!」
「化け物姉妹とは失礼だな。それにアタシ達はヤクザじゃなくて侠客! 仁義のためなら、法すら犯して恩に報いる。悪をくじき、弱きを助ける任侠道に生きる侠客! ヤクザなんかと一緒にしないでほしいな」
王悦は頬をふくらませた。
王桃はにこやかに微笑みながら、剣を抜いて盗賊に突き付ける。
「で、どうなさいますか? あなたが最後の一人。3対1になってしまいましたが、まだやります?」
「ち、ちくしょう!」
捨て台詞を残すとチンピラの最後の一人は倒れた仲間を残して逃げ出してしまった。
助かった。何とか血を流さずにこの場を収めることができた。改めて王桃、王悦に礼を言う。
「ありがとう、君たちが助けてくれなかったら危ないところだった」
「いいのいいの! これも人助けってね!」
王悦はにこやかに笑い、王桃もその横でほほ笑む。この二人なら、もしかしたら俺達を助けてくれるかもしれない。
「君たちを侠客と見込んで、頼みがある。今、ある村が山賊に襲われて、滅ぼされようとしている。村を救うため、一緒に戦ってくれないか? 君たちが来てくれれば百人力だ」
「まっかせて! 君と一緒に戦ってあげる。でも一つだけ、条件があるんだ」
王悦が答える。
「条件、か。報酬として渡せる金は少ないが、米や野菜、出来る限りの礼はするよ」
「報酬なんかいらないよ。そのかわり、アタシとお姉ちゃんを君のお嫁さんにしてくれないかな?」
「なんだそんなことか。それなら全然――、ちょっと待て今何て言った!?」
次回、「ここにいるぞ!」