嫁の幼馴染を救え!の章
前回までのあらすじ
三国志の時代に転生した俺。勝負の末に鮑三娘と結婚することになる。父である関羽の元に向かう旅の途中、鮑三娘の幼馴染、白が住む村に立ち寄るが、白が山賊に捧げものとして連れていかれる事を知る。
※思ったよりも長くなってしまったため、関索の新たな嫁が登場するのは次章になります。
「どういうことだ白ちゃん」
「それは……ええと……」
白の声は震え、今にも泣きだしそうだ。すると、奥の部屋から白髪の老人が現れた。
「白、お前の口から話すのは辛かろう。ワシが話そう」
「おじいさま……」
白からおじいさまと呼ばれたその老人はぺこりと頭を下げた。
「白の幼馴染のご友人、でしたかな。初めまして。私は白の義理の父。つまり、白の夫の父ですじゃ。この村の村長をやっております」
「はじめまして。白ちゃんの幼馴染、鮑三娘と申します」
「鮑三娘の夫、関索です」
俺と鮑三娘は拱手して挨拶をするが、鮑三娘は挨拶もそこそこに村長に怒りの形相で詰め寄った。
「村長、白ちゃんが山賊の捧げ物にされるとは、一体どういうことです」
「3年ほど前のことじゃ。貧しかったが平和なこの村にある日、張勲という男を首領とする大勢の山賊がやってきた。山賊達は村にある金、食料、そして娘を奪い去っていたのじゃ。もちろんワシらも黙っていたわけではない。役人に訴えて山賊を討伐してもらおうと思ったが、役人は小さな貧しいワシらの村の事を相手にしてくれなんだ。ならばと思い、村の若い男たちで武器を持ち、山賊のアジトに娘たちを取り返しに行った。だが、山賊たちには手も足も出なかった。返り討ちに会い、若い男達は皆殺しにされた。その中の一人にワシの息子、つまり白の夫もいた」
「そんな……まだ結婚したばかりだというのに」
「以来、山賊たちは毎年収穫の時期になると村にやってきて、村に危害を加えない代わりに食料と娘を3人捧げるように要求するようになったのじゃ」
「そして今年は白ちゃんが山賊に捧げられる順番ということですか」
「そうじゃ」
「自分の夫を殺した山賊たちの慰み者にされる。村長、あなたはそれがどれほどの地獄かわかっておられるのか」
「わかっておる。白には死んでも詫びきれぬと思っている。じゃが、もし山賊に逆らえば今度こそ村の者は皆殺しにされる。山賊たちは要求さえ飲めば、なんとか生きていけるだけの食料は残すと約束してくれた。辛いが、ワシらには耐えることしかできぬのじゃ」
長老の言葉を聞きながら、白は立ったままうつむき、震えていた。床には目からこぼれた涙が落ちていた。
俺だって、わかっていたつもりだった。歴史マニアとしての常識。戦乱の世に略奪はつきものだ。これは、世界中のありとあらゆる場所で起こってきたこと。いつだって弱者は虐げられ、奪われてきた。決して特別な事ではないのは頭ではわかっている。しかし、しかしだ。目の前で悲しむ人たちを前に、俺はただ立ち尽くすしかなかった。
そこに突然、一人の村人が血相を変えて飛び込んできた。
「村長大変だ! 山賊がきたぞ!」
「何! 例年よりも早いではないか。どういう事じゃ」
「わからない。あいつら、すぐに村長を呼んで来いと言って……」
「わかった。すぐに行く。白、関索殿、鮑三娘殿、危ないから、この家の中から出てはなりませぬぞ」
そう言い残すと、村長は引き止める間もなく外へ出て行った。
ボロボロになった壁の穴から外の様子をうかがうと、やって来た山賊は2人。どうやら伝令のようだ。村長が恐る恐る山賊に近づくと、山賊たちは刀を抜いて話し始めた。
「よおジジイ、久しぶりだな。今年も食料と娘は用意してあるんだろうな」
「はい。ですがまだ、収穫には早い時期では」
「それなんだがな、去年3つの村の連中を皆殺しにしちまったせいで今年は食料が足りなくてな。お前らに残す分の食料はなくなっちまったからそれを伝えにきたのよ」
「なんと! 約束が違います! それでは私たちはどうやって生きて行けば……」
「そんなの知ったこっちゃねえよ! 田んぼの収穫は一月後、俺達が見ている前でやってもらう。早めに収穫して食料を隠そうなんて考えんじゃねえぞ。今日の帰りに村の田んぼを全部見て回る。一月後、俺達が来た時に刈り入れをした田んぼが一つでもあればお前ら皆殺しだからな」
「食料を全て持っていかれたら村の者は全員飢え死にしてしまいます! 今まで全ての要求を聞いて来たのに、あまりにもむごすぎます! どうか! どうかお慈悲を!」
村長は泣きながら山賊の足に必死にしがみついた。
「うるせえんだよ! まとわりつくんじゃねえよジジイ!」
そういうと山賊は手に持っていた刀を力のままに村長の頭に叩き付ける。村長の頭は潰され、血を流して地面に倒れた。
「おじいさま!」
「な……! 許せん。あいつら叩っ斬る!」
半狂乱で村長の元に向かおうとする白と、怒りに任せて山賊を斬りに行かんとする鮑三娘を俺は必死に抑えた。
「落ち着け二人共! 今外に出ちゃダメだ! 冷静になれ!」
「離してください関索様! おじいさまが!」
「だが関索! あいつら罪もない老人を斬ったのだぞ! それにこのままだと白ちゃんもいずれあいつらにさらわれてしまう」
「あの伝令2人を斬ったところで、いずれ山賊の本隊が復讐に来るだけだ。やるなら山賊全員を一網打尽にしなきゃ」
「ぐっ……。だが確かにそうだ。しかし、どうやって」
「俺にまかせておけ。夫として約束する。今は白ちゃんを抑えてくれ」
そういうと鮑三娘は怒りに震えながらも、白の肩を抱きかかえて腰を下ろした。
村の広場では山賊二人が動かなくなった村長を何度も蹴とばしていた。
「あーあ、死んじまった。ピクリとも動きゃしねえ。まあいい。おい! 聞いてるな村の連中! 今言ったとおりだ! 少しでも食料を隠してみろ、お前ら全員皆殺しだ! 俺達が来るまで絶対に収穫するんじゃねえぞ」
そう言い残すと、盗賊たちは不機嫌そうに、馬に乗って来た道を帰っていった。
「おじいさま!」
白が村長の元に駆け寄る。俺達も急いで後に続いた。
「おじいさま! 返事をしてください! お願い関索様! おじいさまを助けて!」
しゃがみ込み、急いで村長の手首に指を添えるが、すでに脈はなかった。
「白ちゃん、村長はもう……」
「あ、あ、ああああ……! そんな、おじいさままで……」
白はその場に座り込み、天を見上げて声にならない声を上げ、涙を流した。
その様子を見て、家の中に隠れて様子を見ていた村人達がぞろぞろと集まってくる。
「村長まで殺されてしまった……。何てむごいことを」
「食料を全部持ってかれちまったら俺達は飢え死にだ! もう、おしまいだ」
「一体どうしたらいいんだ。こんなことならいっそ、首でも吊ったほうが楽に死ねるか」
村人達は混乱し、突如突き付けられた逃れられぬ死を前に、絶望を口にし、中には地面に泣き崩れるものすらいた。
ここだ。このタイミングしかない。この村を救うには、今しかない。
「落ち着け皆の者!」
俺はすっくと立ちあがり、声を張り上げる。集まった村人の視線が一斉に俺に注がれた。
「あなたは一体……」
「我が名は関索。劉備三兄弟の一人、武神・関羽の息子である」
「あの関羽様の、息子……!」
村人たちがざわめく。関羽のネームバリューはすごいものだ。こんな小さな村にまで名がとどろいているとは。
「話は聞かせてもらった。数多の命が犠牲となった山賊どもの非道、お前たちはそれに歯を食いしばって耐えてきた。全ては村を救うため。しかし今日、山賊どもはそれすら裏切り、すがりつく村長を虫けらのように殺した。奴らの悪逆無道、決して許してなるものか。お前たちの親の、子の、兄弟の生き血を啜って醜くく太った奴等を許してやるという者は手を上げろ」
誰も手を上げない。皆、黙って唇をかみしめ、ある者はギュッと拳を強く握り、ある者は悔し涙を流した。
中でも、血がにじむほどに唇をかんでいる少年に聞いた。
「お前は誰を殺された?」
「父と母を、殺されました」
次に目に涙をたたえた老婆に尋ねる。
「お前は何を奪われた」
「明日に結婚を控えた娘をさらわれました」
最後に白に問う。
「お前の最愛の夫と、その父はどうなった?」
「山賊に……殺されました!」
白の叫びを皮切りに、押し黙っていた村人が堰をきったように声を上げ始めた。
「俺は妻を奪われた!」
「兄を殺され、妹をさらわれた!」
「私のかわいい息子を返して!」
村人たちの悲痛な嘆きはやがて大きな怒りの叫びとなる。
「お前たちの義憤、確かに我が胸に刻まれた。私がこの村に来たのは山賊どもに誅罰を下すための天の導きである。この関索の命の限り、お前たちと共に奴らと戦おうではないか。 無念の内に死んだ者たちの墓の前にを盗賊共の首を並べ、奴らの血をもって罪を贖わせる! 恨みあるものは声を上げよ!」
「おおおおおおおお!」
「復讐を誓うものは声を上げよ!」
「おおおおおおおお!」
「まだ足りぬ! 貴様らの怨嗟はその程度か!」
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「そうだ! これより戦争をはじめる! 山賊共がこの村に来るまでの一か月、お前たちに戦うための術を授ける。鬼すら泣き出す調練だが、これを乗り越えた時、お前たちは奴らを地獄に送る死神となる。皆の者、覚悟は良いな! 死んでいった者たちに、今日奴らに殺された村長に誓うのだ。必ず奴らを皆殺しにすると! 必ず! 必ず! 必ずだ! 賽は投げられた!」
村人の熱狂は最高潮に達し、割れんばかりの鬨の声が村中に響き渡った。
「よし、明日の日の出と共に調練を開始する。今日は家に戻り、早めに体を休めておけ!」
そう言って村人を家に帰した後、鮑三娘と白を連れて村長の家へ戻った。白を自分の部屋で休ませると、俺と鮑三娘は村の外れにある墓地に村長を埋葬するための穴を掘りに行った。周囲は既に薄暗かったが、村長を野ざらしにしておくわけにはいかない。
穴を掘りながら鮑三娘は感心したように俺に言った。
「先ほどの演説、素晴らしかったぞ。「冷静に」と自分に言い聞かせていたこの私ですら、胸に込み上げてくるものを抑えられな|かった! 特に、最後の「賽は投げられた」というのは最高だった」
「ありがと。そこパクったとこだけどな。だがこれで村人の士気はかなり上がったはずだ。山賊どもが墓穴を掘ったというわけだ」
「どういうことだ?」
「山賊どもは二つの間違いを犯した。一つは食料を全て奪うと宣言したこと。そして村長を殺したことだ」
「何故だ? 村長を殺すのは脅しとしては有効な手段ではないか」
「戦うか逃げるか反応と言ってな、人は強い恐怖を感じた時激しい興奮状態に陥り、戦うか逃げるかの2つしか選べなくなる。村長が殺され、食料を全て奪われて飢え死にするしかないと知った時、村人はとても大きな恐怖を感じだはずだ」
「なるほど」
「そこに俺が「生き残る希望」を与え、皆が集まった前で決起を煽る。ここで重要なのは皆が集まっているということだ。リスキー・シフトと言って、集団で決定を下すときはより危険な決定を下しやすくなる。今回で言えば、逃げるよりも戦うという選択をしやすい状況にあったわけだ」
「何やら村人に戦いを誘導したようで悪い気もするな」
「どのみち戦わなければ飢え死にだ。実際この村に戦う以外の選択肢はないんだよ。臆病風に吹かれてビクビク戦うよりも、煽って煽って士気を上げて戦った方が勝つ確率は上がる。そして盗賊どもの誤算がもう一つ」
「それは?」
「俺達が村を率いるということだ。ナポレオンの言葉だ。『一頭の狼に率いられた百頭の羊の群れは一頭の羊に率いられた百頭の狼の群れに勝る』ってね。安心しろ。策はある。」
「さすがだな関索。お前には全く感心させられる。それほどの兵法、どこで学んだ?」
「そうだな、歴史に学んだのさ」
次回、今度こそ関索の新たな嫁、登場