マッチ
○青山物産・喫煙室
○同・喫煙室・中
椅子にすわりタバコを口にくわえている山田雄太(35)。周りにも数人の人達がタバコを吸ってい る。ポケットからライターを取り出し、火をつけようとするが火がつかない。ライターをポケットに しまう山田。隣に座っている男が、火のついたマッチを山田のほうへ差し出す。
隣の男「どうぞ」
山田「あ、すいません」
と軽く会釈をし、タバコに火をつけ深く吸い込み、ゆっくりと煙を吐き出す。
山田はその男のマッチ箱に目をやる。
油絵のようなドクロのデザインの絵が描かれている。
山田「珍しいマッチですね」
隣の男「まぁ、ちょっと趣味で」
山田「へぇー、カッコいいデザインじゃないですか」
隣の男「これ、雑貨屋で見つけたんです。他にもいろいろあって。一つ買ったらそこからハマっちゃって。
何となく趣味みたいなことに・・・」
男はタバコを一口吸う。
隣の男「でもね、うちのかみさんタバコ嫌いなんですよねぇ」
男は苦笑いしながらタバコをふかす。
山田「それじゃ、肩身せまいですね」
隣の男「だからうち、家ん中じゃ禁煙なんですよっ。マッチ集めが趣味で、家は禁煙って。オレ何してんだろって時々おもいますよ」
山田「あー、もうどこ行っても禁煙だらけですもんねぇ」
隣の男「まったくです」
二人、無言のままタバコを吸う。
○ハイツ加藤
○同・山田の部屋
テレビにはお昼の情報番組「サンデー東京」が流れている。アナウンサーが
アナウンサー「最近、都内で連続放火とみられる火災が続発しています。犯人はまだみつかっておら ず・・・」
山田はまだ眠そうな目で画面を見つめながらトーストを齧っている。
○商店街
ラフなジャージ上下の姿で、自転車に乗っている山田。
○河川敷
自転車を走らせている山田。一軒のボロいタバコ屋を見つける。山田は店の前で自転車を止める。
山田「お、タバコ屋?」
と呟き、自転車を降り店に入る。
○店内
薄暗く広い店内。客は山田以外に一人もいない。普通のタバコ屋よりもたくさんの種類のタバコがあ る。外国産のものもたくさん置いてある。店内をぐるりと見廻す山田。店の中に店員の姿が無い。山 田はレジの奥のほうへ声をかける。
山田「すみませーんっ」
店の奥から小学生らしい女の子が出てくる。山田、一瞬戸惑う。
山田「えっと、あの、店員さん?」
にっこりと微笑む少女。少女はレジの椅子に座る。奥からおじいさんが出てくる。
おじいさん「はい。いらっしゃい」
と小声で言う。
山田「ああ、居たんですね」
とちょっとホッとした様に言う。山田、女の子のほうをチラリと見る。その山田の顔を見ていたおじ いさんが(以下、おじいさんは店主)
店主「あぁ、この子かい?、孫だよ。休みの日にたまに遊びに来て店番してくれるんだ。こういう店が いらしくてね」
山田「あぁ、なるほど」
山田は店内のタバコを物色し始める。珍しい外国産のタバコをてにとってみる。
山田「珍しいタバコ、たくさん置いてあるんですね」
店主「まぁね。そういうのを欲しがって買いに来てくれる人がいるんだよ。うちはほとんどそういうお客さ んでもってるようなもんだから。こんな街外れだし、普通の客はなかなか来ないよ」
山田「へぇー、じゃあ、マニア専門店みたいな感じですね」
店主「そんなたいしたもんじゃないよ。年金暮らしだし、のんびりやってるだけだよ」
店主、レジの少女の隣の椅子に座る。山田、レジ横の棚を見る。棚にはいろいろな種類のマッチが大 量に置いてある。
山田「おっ、マッチ。こーゆー店に置いてあんのかぁ」
山田は普段吸っているラッキーストライク二箱と、外国産らしい海賊のイラストの描いてあるタバコ 二箱、アルミのケースに入っているマッチを五つ手に取りレジで少女に金を払う。少女は山田にお釣 りを渡す。
少女「はい。またどうぞ」
山田「は、はい」
山田、少女にちょっとだけ会釈をする。
山田「それじゃ、おじさん、また来ます」
店主「はーい」
山田は店を出て、外に止めてある自転車にまたがる。
○ハイツ加藤・前(夜)
バスタオルで髪を拭きながらリビングに山田が入ってくる。手には缶ビールを持っている。ソファに 座りビールを一口飲む。カンをテーブルの上に置く。買ってきたマッチを擦ってタバコに火をつけ深 く吸い込む。手にしているマッチを見て少し嬉しそうな表情。テレビからはニュースが流れている。
アナウンサー「連続放火の犯人はまだ捕まっておりませんが、出火元と思われる場所からは大量のマッチ棒 の燃えカスが発見されており、警察は・・・」
ビールを飲みながらじっと画面を見つめる山田。
○青山物産・喫煙室(朝)
○同・喫煙室・中(朝)
椅子に座りタバコを吸っている山田。室内のテーブルの上に置いてある新聞に目をやる。ニュースで やっていた放火事件の見出し。山田、視線をそらし、窓の外の景色を眺めながらタバコをふかす。
T-「数日後」
○タバコ屋
山田、自転車で店前へ来る。店先で焚き火をしている店主と少女。
山田「こんにちはー」
と店主に声をかける。
店主「おぅ、いらっしゃい」
山田「焚き火ですか?最近じゃ珍しいですね」
店主「あぁ、暇だったから。焼き芋やいてんだよ」
山田「おー、なんかいいですね」
山田の視界には、嬉しそうに木の棒で焚き火をつついている少女の姿。
店主「この子、ちっちゃい頃から火遊びが好きでね。オレがこんな商売して、店番させてたからだって、よく娘に怒られるよ」
店主は苦笑いをする。
楽しそうに火遊びを続ける少女。それを微笑ましく見守る店主。山田、何も言わず二人を眺めてい る。
○ハイツ加藤・前(夜)
○同・山田の部屋(夜)
ソファに座りビールを飲みながらタバコを吸っている山田。テレビのニュース番組を食い入るように 見ている。
アナウンサー「数日前から発生していた連続放火事件の犯人が捕まりました」
山田は口を半開きのまま画面に集中する。
アナウンサー「犯人は会社員、五十嵐智一(41)。動機は普段の生活のストレスが・・・」
山田は連行されてゆく犯人の顔をみて目を見開く。喫煙室。山田にマッチで火を貸してくれた男だっ た。
山田「あいつ・・・(小声で)」
T-(数日後)
○タバコ屋(夕)
店先に自転車を止め、店内に入る山田。
山田「すみませーん」
店主「お、いらっしゃい」
山田「あれ、今日女の子さんは?]
店主「ああ、もうたまにしか来ないよ。ずいぶんおおきくなったし。そのうち来なくなるんじゃないかなぁ 寂しいけど、まぁ、そんなもんだろ」
山田「そうですか」
山田、タバコとマッチを買い店主に挨拶をして店を出る。
○河川敷(夕)
自転車から降り、立ったまま川に沈んでゆく真っ赤な夕日を見つめる山田。買ってきたマッチでタバ コに火をつけ、深く吸い込む。