断罪されたら思い出した転生悪役令嬢の話 2
恋する所まで書きたいと思ったら、長くなりました。
勢いは無いです。
公爵令嬢 カメリア・ファーイーストは夕暮れの中、バイコーンのクロウを走らせていた。
既に王都を抜け、いくつかの街や村を駆け抜けていたのだ。
身分証明を持たない者ならば、入ることも出ることもかなわないがカメリアは貴族であった。
貴族は己の家紋を刻印した魔石をはめた特別な指輪を生まれた時に親から与えられ、余程の理由で無い限り指輪は効力を持ち続け
身分証明として使われる。
ただ、カメリアは今日中ならば指輪が使えるであろうとふんでいたし実際使えた。
が…明日は分からない…できるだけ王都から離れ、日が暮れる前に着いた街か村で冒険者登録を行う。
明日からは冒険者の証であるプレートで出国を目指したいと考えていた。
馬より遙かに優れた脚力と速度を誇るバイコーンに跨がるカメリアは戦場でも有名であった。
日が沈む前に、どこかにたどり着くであろうと駆けていたカメリアの目前に街の門が見えていた。
日が沈めば、門は閉じる。
無論、入ることは出来る…ただ、簡単な検査では無くなる。
それが嫌で多くの者は日が沈む前に門をくぐり抜けるのだ。
門に近づいてきた安堵にクロウの駆け足を解き、並足にする。
バイコーンは馬より巨体なのだ、見慣れぬ者ならば腰を抜かす事すらあるのだ。
カメリアはポンポンとクロウの首を叩き労う。
「クロウ、今日はこの街で一休みしよう。」
クロウは軽く頭を振り、主の労いに応えた。
そのいつもの姿にクスクスと笑い、クロウから降り門へ近づく。
門番は間近で見たことの無いバイコーンにおののきつつも、検査に使う板を差し出した。
「ようこそ、ノダーの街に。さ、こちらの板に手を置いて下さい。」
指輪をはめた右手を板に置くと、光が左から右へと移動し。
問題が無い事を示す白色に光った。
「問題ありません。もう、日も沈みます…ごゆっくりお過ごし下さい。」
そう貴族の時用の挨拶を告げ、次に来るであろう者へと準備を始めた。
門をくぐり抜け、再びクロウに跨がりゆっくりと通りを進む。
街ならば、こうして進めば厩付きの宿が声を掛けて来るからだ。
「…………おーい………バイコーンの………バイコーンのお嬢さん、宿は決まってるかい?」
来たー!チラリと見ると、何て言うか……米B級映画のモブみたいな茶髪・茶瞳の若い男が息を切らしながら聞いてきた。
「いえ、決まってませんが。」
「なら、うちに泊まって貰えないか?」
………あやしーい………息切らす程、走って来るなんて普通はしない。
「なぁなぁ、バイコーンの世話したいんだよ!初めてなんだよ、バイコーン!頼むよ、ちょっと安くするからさぁ」
クロウ狙いだったーーー!
「バイコーンって、気性が荒くて主になるのは大変だって聞いたことあるんだけど…スゲェなお嬢さん!」
やだ、褒めてるの?思ったより気遣いできるじゃないの。
「良いわ、貴方の所に泊まりましょう。案内してちょうだい。」
満面の笑みで通りを真っ直ぐ指さした。
「この通りのどんつきにある、あの建物がうちの宿だよ。裏に厩があるけど入り口から裏に突き抜けれるから安心してくれ。裏からの出入り口はそこだけだからさ。」
そう告げると、全力ダッシュで宿へと帰っていった。
正直ポカーンだが、安心は出来る。馬泥棒対策が出来てると言われているものだ。
「クロウ、今日はあそこに泊まるよ」
そう声を掛けて、早足で向かう。
小さな声でバイコーンだとか、デケェとか聞こえる。
いつもの事だ、気にしたら負け。
「いらっしゃいませー!」
クロウから降りて、入り口に入ると先程の男がニッコニコでやって来た。
「今晩よろしく。とりあえず、この子を頼む…後、冒険者ギルドはどこにある?」
「畏まりました。宿代は銀貨5枚になります。ギルドなら右隣4軒のデカい石造りがそうです。」
宿代銀貨5枚なら、まあまあ良心的だ ギルドが近いのも良い。
「宿代は先に支払う、ギルドに用事があるから行って来る。」
さっさと銀貨を支払う(あー、お小遣いに金銀銅貨があって良かったー 白金貨で支払いとか痛すぎる)
ワシャワシャとクロウの頭を撫で回し
「クロウ、良い子にしててね。宿の人にケガさせないでね」
そう告げてから、ギルドに向かう。
すぐに着いたギルドの中は人でごった返していた。
見回して、人の居ない窓口に向かう。
「申し訳ない、登録をしたくて来たのだが。どこの窓口が良いのだろう?」
窓口にいた、若い女性職員はニッコリ笑い。
「当窓口が登録窓口です。ようこそ、いらっしゃいました」
登録窓口、ここかー なら、人っ気無い訳だ。
「どうすれば良いですか?」
ポンと両手が置ける板を出し
「こちらの板に両手を置き、お名前と年齢をおっしゃって下さい。板が光ったら手を離して下さい。それで登録出来ます。後、登録証とプレートが出ますが両方に血を一滴ずつお願いします。」
言われた通りに両手を板に置き……名前か……家名抜きで行くか……
「カメリア、18才。」
ポワンと板が白く光ったので、両手を離す。
板の表面が薄い膜のようにペラリと浮き、縮だした。
A4サイズの物がどんどん縮まり、名刺サイズになった
色も半透明だったものが、今は乳白色だ。
「出来上がりましたね。では、登録証と……初めてなので鉄のプレートになります。」
そう言い登録証とプレートを差し出した後、小さな針が付いた道具を置いた。
血の一滴が要るのだから、当然道具を使う訳だ。
小っさい千枚通しみたいな道具を右手に持ち、左手の中指に突き刺しプクリと浮いた赤い球を登録証に付ける。
付けた瞬間、金色の紋様が浮かび直ぐさま消えた。
次に鉄のプレートに付けると、銀色の紋様が浮かび直ぐさま消えてから再び銀色で(カメリア)の文字が浮かんだ。
「お疲れさまでした。これで完了しました、登録証もプレートも本人以外使えませんがプレートのみギルドで照会可能です。」
道具を窓口に返す、指先に痛みは無い。
見れば、指先に穴など無く傷跡も無い。
「この道具は専用の道具です、一定時間が過ぎれば傷を治す魔法が発動します。登録証は再発行に金貨1枚掛かりますので、無くさないよう気をつけて下さい。分からない事がありましたら、空いている窓口に聞いていただければ対応できます。」
なんと言うか、テンプレなギルドに分からない事ってトラブル発生時だよなーとか思うわ。
登録証を胸に仕舞う振りして無限収納に入れる。
プレートの両端には長い革紐が結ばれていた。
無造作に首にかける、その重さは今までつけていた首飾りに比べれば驚く程軽い。
「ありがとうございます。」
ニコニコしながら、感謝を述べてギルド内を見渡す。
窓口に掲示板、紙が貼り付けてある依頼板にギルドショップ。
冒険者達がたむろしている一角はテーブルとベンチがあることから、飲食ができる場所なんだろう。
宇津芽の彼氏がやってたゲームでよく見た景色そのものだった
懐かしさに加え、寂しさと切なさで胸がチリチリ痛んだ。
今さらどうにも出来ない………大切なのは今!
軽く息を吐いて、宿に向かうために歩き出した。
新米だ…とか、別嬪だぜ…とか、何か色々言われてるけど気にしない!
なぜなら………空腹だから!早く宿に帰って晩御飯食べたい!
腹が減っては戦は出来ぬ!だわよ。
さっさとギルドを出ていき、宿に戻る。
「あ、お帰りなさいまし!お嬢さんのバイコーンは裏の厩、1番奥の広いとこに居ますからね。」
最初に声を掛けてきた男が、入り口の受付に居た。
「ねぇ……この宿って、貴方が店主なの?」
まさかね……?普通、店主自ら走り出してまで声をかけたりしないよね……?
「はいっ!私が店主ですっ!」
うわぁ……元気いっぱいに答えたよ……しかも店主だったわ……
「バイコーン良いですね!あの巨体!あの力強い脚!たまりませんっ!しかもっ!あの毛並みっ!サイコーですっ!」
クッ……バイコーンに大興奮とか…………何か………引っかかる………?………そうだ……アレだ、鉄道オタクとかアイドルオタクとかのアレだ……突っ込んだら負ける。
「ありがとう。夕食はいただけるかしら?」
「はい。食事ならそこの通路の突き当たりが食堂ですよ、もぅ日暮れですから食べれますよ。」
「そう……ここは湯浴みはできるのかしら?」
「出来ますよ。浴室はあっちの通路にありますよ、男女が分かれているから安心して下さい。浴室の扉に魔法がかかってるんで、男が入って来ることは無いですよ。」
「では、湯浴みをしてから夕食をいただくわ」
流れるような受け答えは、慣れている証拠だ。
ニコニコと上機嫌な笑顔で静に差し出された鍵を受け取る。
「部屋は2階の左奥ですよ。」
無言で頷き、部屋に向かう。
………?え?通路の両側に並ぶ扉の最奥に豪華な扉が通路突き当たりにある……まさか………鍵を見て、扉を見る
同じ番号が彫ってある!
サービスし過ぎでしょ!バイコーン狙いで1番良い部屋とか何考えてるのよっ!
でも、まぁ……嬉しいわ。
躊躇う事無く鍵を開け室内に入ると、上客が泊まるには十分な落ち着いた内装だった。
室内を見て廻ると、衝立に囲まれた大きなベッド。
上質な皮革で造られたソファーと大理石のローテーブル。
飴色のどっしりとしたダイニングテーブルと椅子。
衝立脇にある扉を開けると、トイレとパウダールームに小さめの浴室があった。
ふむ……上客はいつでも湯浴みできるように、小さいながらも浴室を設けたのね。
でも……別に浴室があるなら入ってみたいしね。
行ってみよー!
いそいそと部屋を出て、鍵をかけ無限収納にしまい込む。
浮き立つ気分のまま浴室に…………………って……
〈大浴場・女風呂〉
は?しかも暖簾がかけてある……
どんな……ってか、手抜き設定かっ!判りやすくて良いけど。
暖簾をくぐると、引き戸があった。
引き戸を引いて、入ると♪ピンポーン♪と可愛らしい音が鳴った。
……これが、アレか……間違い防止のやつか……
中は銭湯だった……板張りの床、鍵付きロッカー……
無いのは番台だけか……いや、あったら嫌だわ。
懐かしさ満載な景色に、勝手知った風でロッカーに向かい
鍵付きのトコに上着を入れ、ドンドン服を脱いで入れていく。
さすがに今日着ていた服を無限収納にしまい込むのは、憚られる…せめて、汚れを落としてからよねぇ。
さて…入るのは良いけど…出るとき濡れっぱなしとかは嫌だわ……
と洗い場に向かう出入口に差し掛かった時、上から温風が吹いてきた。
あーここで乾かすのかーなるほどねー納得。
この世界の湯浴みに体を擦るための物は無い。
泡洗いのみだ、皮膚傷まない!
体を拭くためのタオルなども無い、あるのは柔らかいガーゼを重ねたものだ。
………いや、待て……確か、ヘチマタワシがあると聞いた事がある……いや、だが、皿洗いに使う物のはずだ。
まさか………体を洗うのに使ったりは………
洗い場に置いてあるー!使うのか……
だが、私は使わない!泡洗い1択だっ!
モコモコとした泡に包まれ、イラついていた気持ちも落ち着いてくる。
何て言うか、この世界の石鹸ってかなり上等な部類で髪を洗っても傷まないんだよね……
無論、それなりに高いんだけど……
頭の天辺から足先まで、泡洗いしてシャワーで流すと全身シットリスベスベになりましたわー素敵!
湯船は円形の大きなお風呂でした。
20~30人は軽く入れそうな程です…以外と流行ってる宿なのね。
まぁ、厩がある時点で上宿なんですけどね。
お風呂には、プカプカと柑橘類がいくつか浮いてて香りも漂ってる。
チャプリと湯船に浸かると、その気持ち良さに体がリラックスするのが分かる。
あーあ、激動な1日だったわ…いや、まだだけど。
婚約破棄はまだしも、国外追放とか……あのバカ殿下……どうすんのよ……
今頃、王宮で令息・令嬢の卒業を祝う夜会が開かれているだろうな……バカ殿下、ちゃんと報連相出来てるかな?てか、やれよ!ってなもんですよ。
前世じゃあ、25才で社会人だったのよ。
バカ殿下の馬鹿さ加減にはウンザリだわよ。
………あーあ、友に会いたいな………友、転生してないのかな?………私だけなのかな?………
やだ、泣きたくなっちゃう………もう、上がってご飯にしよう。
ザバッと勢い良く立ち上がり、出入口に向かう。
上から出てくる温風に吹かれて、みるみる体から水滴が消える。
当然、髪の毛も乾いていく……便利!
ロッカーの服……どうしようか……?
こんな時、便利魔法でキレイにしてたりするけど……あるのかな?
アレって、クリーン!とかって言うん………ん?………
汚れが落ちた!まさか、思っただけで出来た!
ありがとう!チートの神様!
キレイなら問題無し!サカサカ着て、ご飯に行くわよ!
テンション⇧アゲアゲ⇧で食堂に向かう。
………何て言うか………
食堂と言うより、定食屋のようだ………
カウンターに恰幅の良いオバチャンが居る。
しかも、三角巾に割烹着で髪が雷様みたいなチリチリアフロだ……
どうしよう……美味しいご飯が出るだろうけど、何で中世ヨーロッパ風の世界で日本の下町風の定食屋なの……
「ちょっと、お嬢さん食べるのかい?食べるなら、部屋の鍵見せな!うちのご飯は美味しいよ!」
「はっ…はいっ!」
すぐに返事をして鍵を見せる。
「おや?お嬢さんあのバイコーンの主かい、スゴいねぇ!うちで1等美味しいご飯を出すからね!」
オバチャンは上機嫌で返事をして、ご飯作りに向かった。
そろそろとカウンターに近づくと、肉の焼ける良い匂いがする。
スープの美味しそうな匂いも漂ってきて、私のお腹が小さくクゥと鳴ってしまった。
「もう少しで出来るよ!好きな場所に座って待ってな!」
オバチャンに聞こえたらしい。
振り返ること無く、掛けられた声に食堂を見渡す。
何となく、テーブル席に行きたくなくてカウンターの奥の椅子に座った。
「息子がね、バイコーンの世話が出来るって大喜びでねぇ!お嬢さん、ありがとよぉ!」
「あの……そんなに、喜ばれたのですか?」
そんなに嬉しいものだろうか?と、思わず聞いてしまった。
「あぁ、あの子は馬が大好きでねぇ…元々、うちは厩なんて無かったんだよ。でもね、ダンナが死んじまってあの子が継いだ時にどうしてもって厩を作ってね…おかげで大儲かりして、今じゃ上宿だよ!」
オバチャンはこの宿の店主のお母さんだった。
湿っぽい事も聞いたけど、オバチャンは元気いっぱいで聞いた私が気に病まないような言い方をしてくれた。
大きめなトレーにステーキと焼き野菜にソースを掛けた皿にスープのたっぷり入ったスープ皿、スライスした丸パンの籠に沢山のチーズが入った皿。
それらが私の目の前にドンと置かれた。
「美味しそう!ありがとうオバチャン!」
「オバチャン?ハハッ!お嬢さんがオバチャンなんて言うとは思わなかったけど、良いね!後はほら、これ」
さらにドンと置かれたワインボトルとグラスに嬉しくなって、手酌でグラスに並々とワインを注いだ。
「あ、オバチャンなんて失礼だったかしら?」
「?ハハハッ!失礼なんかじゃないよ。普通、貴族のお嬢様はオバチャンなんて言わないし。ワインを手酌で注いだりなんかしないから驚いただけだよ。」
あぁ、そうか……そうだ普通、貴族令嬢は言葉遣いも態度もこんな風にくだけていない。
私はニッと笑った。
「貴族のお嬢様じゃなくなったからね、気取るのは辞めにしたんだ。」
今の本当の気持ちを軽く、口に出してみた。
オバチャンは驚いた顔をして、それから神妙な顔つきになった。
「お嬢さん、本当なのかい?本当にお嬢様じゃないなんて…大丈夫なのかい?」
オバチャンの心配は至極当たり前の事だ。
普通の貴族令嬢なら、何から何まで人まかせで自分で出来る事など高が知れてる。
「オバチャン、私ね大概の事は自分で出来るしやろうとも思ってる。だから、心配しなくて大丈夫よ。」
「でもねぇ………」
「野営の経験もあるし、戦場で煮炊きも経験したから平気よ。」
「え………?野営……?………戦場………バイコーン………お嬢さん、まさか………」
見開いた目から、ポロリと涙がこぼれた。
オバチャン、どうした!
「戦場の女神……常勝戦姫…………あ……ありがとうよ………」
そんなオバチャンを見ながら、モグモグと口は止まらない。
ガツガツ食べゴクゴクとワインを流し込み様子を窺う。
「2年前の戦役でダンナも息子もかり出されて……ダンナはダメだったんだけど、息子は戦姫が来てくれたおかげで助かったんだ。それで、息子はバイコーンを初めて見てねぇ……そっか……お嬢さんがねぇ……」
しんみり話すオバチャンを満たされ落ち着いたお腹をサスリサスリして考える。
2年前か……手柄を焦った馬鹿貴族のせいで、兵役に出た平民がかなり亡くなった。
あのせいで陛下も将軍も激怒して、兵役に出た平民が無駄に亡くなるような事はなくなった。
最も戦だから、亡くなる者は居るのだけど。
「フゥ……そうでしたか……ですが1度兵役を受けたなら、もぅ戦場に行かなくて良いはずです。後は宿屋として頑張って下さい。」
余程の事でなければ、平民は1度の兵役で済む。
この間の大侵攻であの国も暫く、チョッカイを出して来る事も無いか……あっても少ないはずだ。
「そうだねぇ……宿屋がずっと続けれれば、言うことなしだよ。」
「そうですね、いつまでもこの宿屋が続いてくれると良いですね。……オバチャン、美味しいご飯ありがとう。」
しんみりしている暇は無い!カタンと席を立ち頭を下げる。
「あぁ、ありがとね……」
オバチャンのしんみりしている顔と定食屋の恰好とチリチリアフロのミスマッチさが堪らない。
早足で部屋に向かい、静に鍵を回し部屋に入る。
衝立の奥のベッドに飛び込み、疲れた体を一刻も早く休ませたい。
ステータスから、装備変更にして一瞬で夜着に着がえる。
もぞもぞと毛布に潜り込み、夢の世界に旅立った。
「あ…か……るい……?朝……か?」
衝立の向こうから漏れてくる柔らかい光に、熟睡したなー起きなきゃなーとかボンヤリ思う。
歯磨いて、顔洗って、着がえて出勤せな……いや、出勤は違う!
私、転生した!今、18才!社会人と違う!……いや、冒険者って社会人か……
車のかわりにバイコーン乗って、モンスター狩るとか……
メッチャメチャ肉体労働者じゃん!
太る暇無さそうだし、ダイエット必要無さそうだから良いけど。
まぁ、いいや……起きて支度しよ。
………おっ、そうだ……クリーンって、自分自身も出来るかな?
全身ピカピカボディにっ!クリーン!てねー(笑)
……………あれ?汗の匂いが消えた……髪がサラツヤになってる……爪もツヤツヤ……
これ……クリーンなの?ピカピカボディに寄ってるんですけど。
まぁ、いいや……装備変更でって夜着もキレイにしてから仕舞わないと!
夜着は脱いでから、装備で昨日と同じ服装を選ん……で……?
うん?……あれ?何か選択出来る?……
装備、項目内でクリーン表示あるっ!
何で?……………あ……下着の選択で……便利だけど……ちょっと泣きそう。
まぁ、いいや……下着をキレイにして変更!昨日と同じ服装で良し!夜着はクリーンをかけて仕舞う。
何か……一気に終わって超便利、魔法って便利だなー
……パウダールームに行って………
キレイでしたー!お顔もツルピカ!なんて言うか、フェイシャルエステ受けた後みたい!良い!
今後も使おう!今、心に決めた!
さて、手荷物も無いし朝ご飯食べたら国外脱出だ。
ザッと部屋を見渡し落ち度が無い事を確認して、部屋を出る。
まだ、早朝の時間だろう…誰とも出会わないし、静かなものだ
食堂に入ると、オバチャンと店主が居た。
「あ……おはようございます。ゆっくり休めましたか?」
「はい。昨日は慌ただしかったので、しっかり休めたのはありがたかったです。」
本当、久しぶりの熟睡でしたわー(笑)
「あの……ありがとうございました。あの…「別に良いから、言わないで。貴方達は貴方達の最善を尽くした。私も私の最善を尽くした。それだけよ。」……は……い。」
嘘だ。クロウで駆けつけ、怒りに任せて広域魔法で敵兵を退けてから治癒魔法である癒しの光を味方に掛けた。
その間に亡くなった者もいた。私は怒りに任せず、味方の治癒を行ってから敵兵に向かわねばならなかった。
戦場において、冷静さを失う事は罪である。と学んだ。
「お嬢さん、ありがたかったのは本当だよ。その気持ちだけは受け取っておくれ。さ、朝ご飯食べに来たんだろ?すぐ、出るからね。」
オバチャンの気持ちがありがたかった。
「こちらこそ、ありがとう。生きててくれて………オバチャン、ありがとう!」
助けれた命に優しい心遣いに、涙が出そう。
だが、泣いてる場合じゃない!
はよ朝ご飯食べて、脱出だわ!
オバチャンの動きは早かった……スライスしたパンは軽く焼かれ、上にハムステーキが乗り、その上に焼いたチーズが乗せてあった。
ハイ〇に出てくるやつやー!美味しそう!
蒸し焼きにされた野菜にミルク、カットされた果物。
「カウンターで構わないだろ!あったかいうちに食べな!」
昨日と同じ場所に置かれ、私はイソイソと席について食べ始めた。
「美味しいです!オバチャンのご飯、忘れません。」
「ハハッ!ありがとよ、また食べにおいで!」
オバチャンはキッチンでごそごそしながら返事を返してくれた。
「バイコーンの支度をしておきますね。」
店主はそう告げてから、頭をペコリと下げて食堂を出て行った。
昨日、食べてすぐ寝たからお腹減らないかと思ったら……
普通に食べちゃう!私の胃、丈夫だなっ!
あらかた食べ終えるとオバチャンがキッチンから出てきた。
「途中で腹が減ったら食べな!特別だよ!」
「ありがとう!」
即答し無限収納に入れると、ローストビーフサンドイッチと表示が出た。
分かりやすくて良いけどね(笑)
ガタリ席を立ち、オバチャンを抱きしめる。
「オバチャン、本当ありがとう。元気でね!」
「お嬢さんもだよ。」
体を離し、出入口へと向かう。
出入口には、ツヤツヤに磨かれたクロウが居た。
やだ………うちの厩番より上手だわ……これが、好きこそ物のってヤツなのかしら……
鍵を店主に渡し、手綱を受け取る。
「ありがとう、貴方はとても良い人なのね。」
そう言って、金貨を1枚手渡す。
「こんな……!いけません!」
スタスタと外に出る。
「気持ちよ。この子をこんなにキレイしてくれたお礼よ。」
「………!………」
返事は聞かない。言いたいだけ言って、クロウに跨がり早足で門に向かう。
胸元で弾むプレートに心が浮き立つ。
既に日は昇っているから、門の出入りは始まってる。
門番は出る私の胸元をチラリと見ると、「気を付けてな!」と声を掛けてきた。
私は手をヒラヒラと振って、振り返りもせずクロウを走らせ始める。
ノダーの街から進むとカーダの街がある、カーダの街からは隣国に向かう道と国では無い所に向かう道がある。
カーダからの隣国は同盟国であり、時折面白い噂が流れてくる国でもあった。
1度隣国に入り、それから国では無い所に向かう事に決めた。
全速力のクロウは速い。
馬車ならば半日はかかるであろう街が、もう見えてきた。
カーダの門に入り、街を突っ切って門を抜ける。
隣国に向かう道を駆ける。
国境の城門が見える、知らせは届いては無いだろう。
届いていれば、カーダの街で足止めを食らうはずだから。
城門に辿り着いて門番は何一つ不審な動きはしなかった。
「隣国に行くのか?」
短い質問に「はい。」とだけ答えると「お気を付けて。」そう、声を掛けて通してくれた。
…………お気を付けて?バレてーら!ってか、気が付いてて通してくれたのか………
ありがとう!名も知らぬ門番!
そして私は道を外れ草原を森を川岸を、出てきたモンスターを狩りながら進んだ。
もちろん途中でオバチャンがくれたサンドイッチを食べた。
使っている調味料が違うけど、美味しかった。
無限収納からワインボトルを出し、ラッパ飲みで喉を潤す。
ワ・イ・ル・ド(笑)
クロウには、さっき仕留めた一角兎を与えた。
クロウが食べ終わったので、跨がりゆっくり進む。
目指すのは、隣国の端の街だ。
国では無い所に最も近いコサカの街、ここは隣国での冒険者が集まる街だ。
国では無い所はモンスターの宝庫で、冒険者が身を立てるのに適しているが進めば進む程難易度が上がるため無茶は禁物な所でもあった。
空になったボトルを仕舞い、クロウを駆けさせる。
王宮での教育の賜物もあって、隣国の地理もバッチリよ!
街道沿いだと時間掛かっちゃうから、ショートカットよ!
それにしても、クロウは本当速いな!
小さい山も難なく駆け抜け、眼下にコサカの街が見える。
グングン近づいてくる。
クロウ……野性的な興奮で走りすぎ……
って!頭下げた!攻撃態勢?……プギーッッ!…………え?ボア?しかもデカッ!
クロウ?…………ガッ!て、食べ始めましたー
私乗ってても食べてます。兎じゃ足りなかったんですね。
ごめんねクロウ、これから気を付けるよ。
ちょっとだけ遠い目になり、クロウが食べ終わるのを待つ。
食べ終え嘶くと、チラリと私を見る。
「満腹?行ける?」
クロウに聞くとブフッと鼻息を鳴らし、駆けだした。
ボアは足先と皮以外を食べ尽くしました、大食漢ですね。
コサカの街に着きましたー!速いですねー!
ポクポクと門に向かい門番に挨拶をすると、良い笑顔で「コサカの街にようこそ!ここは冒険者の街です!頑張って下さい!」
と、きたもんだ……若い門番は居酒屋の定員ばりだった。
難なく門をくぐり抜けクロウに乗ったまま街なかを進む、目指すのは武器屋です。
コサカの街には変わった近接武器があるらしい、と数年前に商人から聞いたのです。
普通、近接武器は剣とかハンマーとかで変わったとは言いません。ワクワクドキドキです。
おっ?発見!しかも大店ですわ!
馬を繋げる場所もあります、さっそくクロウを繋げ店に入る。
「いらっしゃいませーーー!マショウ武器店にようこそー!」
「ようこそー!」
………どこのラーメン屋よ………いや、武器屋だけど。
「………変わった近接武器があると聞いて………」
ニコニコ寄ってきた、禿散らかしたオッサンが腹をタプタプさせながら…アゴもタプタプさせながらですけど。
「メリケンサックですか?なら、こちらですよ。」
メリケンサック…あるのかー、ってマジかっ!
タプタプノソノソ歩くオッサンの後ろを付いていくと、ありました。
板状の物から突起が付いているもの、魔石が付いているものやらガードらしい物が付いているものとバリエーションがかなりある。
「どうですか?当店は品ぞろえも街1番ですよ。」
オッサンは下心の無さそうな無邪気な顔して宣いました。
「かなり前に隣国のご令嬢が思いついた近接武器ですが、肉体自慢の冒険者が気に入りましてねぇ。で、色々な意見を取り入れて作ったら増えてしまいましてね…いやぁ、ですが人気の近接武器で何せ剣を持っても邪魔にならないって言われましてねぇ。剣を買うついでに買われる方もいらっしゃるんですよ。」
お金もあるし、奮発して良い物を買おう!
オッサンの話をフンフンと頷きながら、物色する。
良し!これに決めた!突起付麻痺効果(大)ミスリル製!
あー鑑定とか出来るとガチかどうか分かるのになー
今までの経験でいくと、心の中で唱えただけで出来たしなー
………鑑定!………
ダーティアタック・メリケンサック
ミスリル製
耐久値・20000
攻撃力・100000
防御力・80000
麻痺効果(大)
攻撃力3倍
………でたよ………耐久値って何よ?
ピンッとメッセージが出た……驚かないわよ!
最大使用回数……って出たわ。2万回は使えるって事かな?
まぁ、良いや……買おう……攻撃力3倍の補正は言わなかったなぁ
………鑑定、便利だなー
「このミスリルのを買うわ。すぐに着けるわ。」
「ありがとうございます!」
オッサンはタプタプしながら、メリケンサックを手に取りカウンターに向かう。
カウンターには可愛いらしい少女がいた。少女はチラリとメリケンサックを見た。
「こちらの商品は白金貨2枚になりますが、よろしいですか?」
白金貨1枚が1000万前後の価値だから、かなりの高額商品だが余裕はあるから買いよ。
「もちろんよ。すぐに着けるけど構わないかしら?」
「畏まりました。支払い後、すぐに盗難防止魔法を外します。」
この店は信頼性の高い店だと確信する。
すぐさま白金貨2枚を差し出した。
「無限収納をお持ちなのですね。支払いありがとうございます。」
そう言って、少女は白金貨を手に取ると白金貨は消えた。
少女も無限収納の能力を持っていたのだ。
メリケンサックに手を翳すと、黒い魔法陣が現れ溶けるように消えた。
「盗難防止魔法は消しましたので、どうぞお付け下さい。」
「ありがとう。」
受け取り右手に着ける。すぐさま指に馴染む……何故かしら、雑魚ならば一撃で沈めれる自信が湧いてくる。
いや、自分のステータスを思い出したら雑魚じゃなくても沈めれるわ!
おっと、そうだ……
「お勧めの厩付の宿があるなら、教えて欲しいのだけど。」
少女はコテンと首を傾げ、うーん?と唸ると……
「店の前の道を右側に進んで3本目を右に曲がるとコスタって宿があります。そこが私のお勧めです。」
「ありがとう、行ってみるわ。」
「はい。行ってみて下さい。」
打てば響く受け答えは気持ちの良いものだわ。
「それでは、ありがとうございましたー!」
「ありがとうございましたー!」
……この街は基本、ラーメン屋とか居酒屋のノリなのか?……
まぁ、良いや……はよ、行こう。
なんて言うか、ちょっと残念な気持ちで店を出てクロウに乗る。
ポクポクと進み教えて貰った通りに行くと、大きな宿があった。
看板にもコスタと書いてある。
クロウから降りて、大きな扉が開いている所に入って行く。
「コスタにようこそ、いらっしゃいませーー!」
「いらっしゃいませーー!」
ここもか!アピール凄いわ!分かったわ!
「厩付のお勧めって聞いたのだけど。」
カウンターにいる若い男は、にこやかに料金表を差し出し。
「如何致しますか?」
食事付で厩のお世話付、個室で銀貨5枚か……これに決めた!指で指し示して……銀貨5枚を出す。
「これで。」
「ありがとうございます。こちらの鍵をどうぞ。」
簡単なやりとりで、鍵を受け取りクロウの手綱を渡そうとすると、少年がサッと現れ手綱を受け取った。
部屋は普通の部屋で、ベッドとテーブルにイス2脚があるだけだった。
こんな風にのんびり過ごすのは、今日までだ。
明日からこの国も出て、国では無い所…不可侵のエリアで野営をしながら過ごすつもりだ。
ゴロリとベッドに転がる。
少し休んでから、夕食を取って湯浴みが出来るなら湯浴みして寝よう。
そんなこんなで朝です。特筆する事もなく一晩過ごし、朝食をいただきクロウを連れて出立しました。
冒険者の街だけあって、既に冒険者達は街なかに出て来ています。
また冒険者相手の店もチラホラ、開いてます。
冒険者達は二通りに分かれて歩いてます。
街の中心部を目指す者達と街から出ようとする者達、馬上からは良く見えます。
当然、私達は街から出ようとする人波に紛れます。
門にゾロゾロと並び、止まること無く門外へと進みます。
クロウから降りずに進んでも何も言われません。
門番がおや?って顔をしました、何でしょうか?
「初顔だな、ここは境の街だ。この門の外は国じゃない、自由だが竜の治める地だ気を付けろよ。」
「はい。」
短く返事をして進み……門外に出ましたー!
「クロウ、行こっか……まずは水場の近くを確保よ。」
そう声を掛けて、駆け出させる。
広い草原から森の中に、森から山裾に入ったのだろう緩やかだが登り斜面になってきた。
それでもクロウは止まること無く進む、クロウのバイコーンとしてのポテンシャルは高いらしく指示した事はかなり理解しているようで私は苦労をした事が無い。
………だいぶ進んでるんですけど、マジですか?獣道すら無い所を行っちゃってますよ………
中低木が生い茂る中を突っ切るみたいです………いや、クロウに乗ってるから平気なんですけどね。
ガサガサいわしながら、途中ポキンとか聞こえますけど(笑)突っ切り…………
メッチャメチャ綺麗な場所です!
「やだっ!クロウ、凄く綺麗!素敵よ!」
開けた所に日は明るく照らし3m位の高さの幅広の滝に底が見える泉、向こうに小さい川があり流れ出している。
泉のほとりには白い百合が点在して咲いていて、百合が咲いて無い所は木いちごやブルーベリーが実をつけていた。
その美しい泉にゴクリと喉が鳴る……とりあえず……鑑定!……
癒しの泉
泉の水は癒しの効果がある。
泉に注がれている水や、流れ出している水に効果は無い。
飲んでよし、掛けてよし。
また、たちどころに清められる。
これは!水を飲んで癒されるし、傷に掛けても癒されるって事ね!しかも、泉に入っても清められるから問題無し!とか素晴らしい!
昨日は湯浴み出来なかったから、水浴びできるのは正直嬉しい。
泉に駆け寄り覗き込む、深さもそんなに無い。
ステータスから全装備を外し、泉に入る。
「クロウ、目の届くとこなら好きにしていて良いわよ。」
そう声を掛けて、ザバザバと泉の中を進む。
滝つぼ近くでも私の胸の下あたりしか深くなかった。
水は日に当たっているせいなのか、思ったよりも冷たくなかった。
温度よりも、その気持ち良さで泉の中に潜ってみたりした。
誰も居ない開放感ではしゃいでいた。
………クロウが嘶き、私を見つめながら体を硬直させた。
初めて見るクロウの姿に驚きと警戒心が芽生えたが、遅かった。
背後の滝つぼから何者かが来た。
ザバザバと近づいてくる音に反撃を試みる事は出来なかった、その強大な威圧感に一瞬で負けた。
己の無防備な姿に悔しさで1杯になる。
真後ろに来たのか、音は止み腕が掴まれた。
その手は浅黒い肌で大きな手だった……振り返って見た、その姿はミッシリとした筋肉を持つ男だった。
背も高く顔立ちも整った男、漆黒の髪と瞳を持つ美しい男。
今世では処女だが、前世では彼氏がいたし処女は十代後半に無くしたし……恥じらいは微妙にある。
「騒がしい。」
短く告げられ、何かされるのかと思った。
ただただ見つめられた、自分の心がこの初めて見る男に奪われ掛かっているのが分かる。
男にも何かが起きているのが分かる。その眼差しに熱が帯びてきていた。
不意に腕を引かれ抱き締められる、広く硬い胸から速い鼓動を感じる。
抱き締められ、私の鼓動も速くなっているのが驚く程分かる。
男の体が熱を帯びてきているのが分かる。
私はこの男なら、構わないと感じてしまった。
男は腕を離し、ザバザバと音を立て泉から出て行ってしまった。
無残に踏まれた百合の花の匂い、男は後ろ姿のままに私に告げた。
「私が欲しければ命を賭して掛かって来い。私が認めれば私の全てはお前にやろう。」
そう言うと、男の体はミシミシと音を立て巨大な黒い竜になった。
神と崇められる光竜、その下についている五色の竜のひとつ黒竜
………
竜は大きな翼を広げ飛び立った、その姿はあっという間に見えなくなった。
私はその時、初めて……今世で初めての恋をした。
遅くなりました。
そして長くなりました。
すいません……