③
夏のホラー参加作品です。4話完結で、一時間毎に1話投稿しています。
宜しくお願いします。
女は、相変わらず住居を短期間で移動していた。もう諦めたらと思うのだが、女の過去を知っても離れていかない人がいるのではないか、とすがる気持ちが女に同じ行動を取らせていた。
ある時、バイト先の女の子が遊園地合コンをしようと誘ってきた。相手が気にいらなかったら別行動にすれば普通に遊園地を楽しめるから、と。なんだそれは、と女は思ったが、最近気分がクサクサしていたので話に乗ってしまった。遊園地自体、大学生の時以来行っていないし、行くというのが最近話題の遊園地だから気になったのだ。
絶叫系でわあっと騒いでうさを晴らせば少しはすっきりするだろう、と女は大事な事を忘れたまま、久々の楽しみに浮かれていた。
遊園地は裏野ドリームランドだ。開園した当初からその独特な世界観にのめり込む人が後を立たず、入場者数は右肩上がりだそうだ。
女も開園前から繰り広げられる宣伝を見ては、ずっと心惹かれていた。『裏野ドリームランドは、こちらではない世界』と謳い文句が耳に入る度に胸がドキドキして、行かねばならない、そんな気持ちになるのだ。
ドリームランドは和と洋が混ざったような造りで統一されていて、レトロというか、どこかノスタルジックな雰囲気を持つ。キャストやスタッフの衣装は着物と袴をアレンジしてあり、古風なんだけれども素材とデザインに工夫があり異国情緒も漂よう。普通に可愛いと評判で、園のマスコットであるウサギをプリントしたTシャツよりも、その衣装を模した服の方が売れているらしい。
時々、猫や犬、狐などの動物のお面と、尻尾を模した飾りを着けたキャストがいて、『見ぃつけた!』と声を掛けると、にゃあとかわんとか、それぞれしなやかな動きを付けながらその動物の鳴き声で返事をしてくれて、チケットの半券に小さな動物ハンコを押してくれる。それが五つたまるとプレゼントが貰えるとあって、あちらこちらで子ども達が走り回り、キャストを捕まえようとする姿が見られる。
しかしキャストは素直に捕まらず、するり、するりとステップを踏むように子ども達をかわして、歓声を受けている。歌舞伎の隈取りみたいな模様が描かれた立体的な動物のお面に加えて、キャストの舞とも踊りともいえる体の柔らかな動きは、短いながらも大人たちの目も捉えて離さない、華やかでどこか妖しげな魅力があった。
他の大人同様に女も夢中になって眺め、バイト仲間とはしゃぎながらお面キャストを探した。 合コンはどうなったのか? ・・・一応、女たちはグループ行動をしている。男側が女達を必死に追いかけている、とも言う。
女がふと視線を感じた。お面のキャストと目があった、気がした。直ぐにするりと移動していったので、気のせいかと女は思う。けれど、それ以降妙に見られている感じがする。あちこちのキャストとスタッフから、ちらり、ちらり。黒髪のスタッフの男が、キャストとひそりと言葉を交わすのが見えた。ちら、と視線が女に投げられる。
なんだろう?と思うものの、人混みに紛れてしまうし、一瞬のことなので女は直ぐに忘れてしまった。それよりも、ランドが楽しくて仕方ない。女は今、ミラーハウスに来ていた。外観は洋風なのに、屋根がどことなく日本風で懐かしいというか、しっくりくる。中は鏡、鏡、鏡。上下があやふやになるくらいどこまでも、全面に女達を写し出す。中には炎に包まれた骸骨を映し出すマジックミラーあり、行き止まりと思わせて隠し通路ありと、趣向が凝らしてあった。
息を切らせてミラーハウスを出ると、女達も男達も笑いあった。「噂、何だったのかな?」と一人が口にすると「人が変わったようになるってやつ?」なんだろうなあ?と皆で首を傾げあった。女もわからなかったが、中盤辺りに飾られていた、人によって見えるものが違う姿見は凄かった、と思う。科学技術は進歩しているのだな、一体何パターン用意されているのだろうかと胸が騒ぐ。姿見で何を見たか、で話は盛り上がり始めたが、誰も彼も笑って「秘密」だと口を閉ざした。女ももちろん教えなかった。
少し親密になった集団は、観覧車前にいた。女の胸が、嫌な音を立てる。女は思い出した。自分が何に苦しんでいたのかを。
鉄柱が複雑に絡み合う円い造形。そこにいくつも鈴のようにぶら下がるゴンドラたち。飾りの鉄柱が優美な曲線を描き、正面と裏面に華のような星のような形を作っている。
観覧車は、上にあがる。上に上に。だが、降りてくるのだ。ゆっくりだけれども。だから、いけるのではないか。・・・ゆっくりだし。 もうトラウマも治っているかもしれない。楽しいのだから、楽しいまま、平気だ。きっと。
乗ろう乗ろう!と盛り上がるバイト仲間に、高所への恐怖を打ち明けられないまま、女は自分に言い訳をしてゴンドラに乗り込んだ。
扉が閉められ、横に下がる女の視界に、男がいた。あの、男が。
女が慌ててまばたくと、もう居なかった。見知らぬ大勢とスタッフが下に下にゆっくりと小さくなる。小さく長くとっていた呼吸が、はっ、はっ、はっ、と切れていく。座っているのに膝が震えて、女の頭が霞がかってきた。
マズイ、けれど、景色はいいーー。
はっ、はっ、はっ・・・・
似ている。
はっ、・・・・はっ、・・・
家の景色に。
ーーーどれくらい、家にかえっていないのだろう。
はっ、
ちかっ、と何かの反射光が女の目を眩ませる。
嗤う男がそこにいる。女の全身から汗が吹き出た。
ダンッ!
女は無意識に背面の強化ガラスを拳で叩いていた。
「出して」
掠れたか細い声しか出なかった。女の周囲は、女の冗談だと思ったようだ。顔を見合わせて笑っている。
「出して、降ろしてっ・・・」
ダンッ! ダンッ! ダンッ! ダンッ!
無我夢中で女は拳を振るう。詰まる息、苦しい、怖い、息ができない、身体中が痛い。
「出して!」
バイト仲間たちが、驚愕し悲鳴をあげても、女は止められない。苦しく、怖いのだ。治ってなんかいなかった。男だって、男だって・・・。
男がそこにいる。
息が・・・、痛い、痛い、痛い。
出られない、出たい、苦しい。
景色が、キレイ。
ここは、・・・どこ?
目が回る。体が回る。今は上なのか下なのか。
女は頭を抱えた。ゴンドラの中は、女以外の声で満ちていた。
ぎち、ガチャンと重い金属音がした。
「大丈夫ですか?」
いつの間にか、女たちの乗ったゴンドラは下まで戻っていたようだ。扉を開けてくれたのは、先ほど女を伺っていた黒髪のスタッフだった。あの男は居なくなっていた。涙と鼻水と汗でひどい顔の女は、しっかりとスタッフの男と目が合う。ピリリ、としびれが肩から背中に走り、はあっ、と息が楽になった。
女以外は、さっさと降りてしまっていた。大騒ぎしながら出口辺りにいる。ガクガクする足で何とか降りたものの、女はその場でバイト仲間達に謝り、別れた。あんな騒ぎを起こしてしまっては、この先一緒に居辛い。それに、近いうちに女の過去もバレるだろう。その時の反応が怖かった。何より、あの男がいるかもしれないーー。
目の前が真っ暗になるようだ。女は俯いて立ち尽くしていた。
「大丈夫ですか?」
黒髪のスタッフが、すぐそばにいた。女は体調が良くないと思われたのか、スタッフに静かに見られている。女は、その視線を心地好く感じた。夜の荒海のような心が、凪いでいく。根拠もなく大丈夫な気がしてきた。
それから、女はなぜか何度もドリームランドに行くようになる。バイト先を変えても、友人が変わっても、住居を転じても。
気が付くと、遠くからいつも同じ黒髪のスタッフが女を見ている。
女は必ず観覧車に乗る。怖くて苦しくて腰も抜けて「出して」と喚いてしまうが、観覧車に乗るのだ。
確かめるために。