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 夏のホラー参加作品です。4話完結で、一時間毎に1話投稿しています。

 宜しくお願いします。

 気が付くと、そこは女の実家だった。


 男に抱き付かれ恐怖に倒れた女は、念のため病院に運ばれた。病院に駆け付けた女の両親は、心配の余り女を実家に連れ帰ったようだ。


「心配性なんだから」


 と女は頬を赤らめるも、親の愛情を感じて内心は嬉しかった。助けてくれた同僚にきちんとお礼を言いたいが、数日は会社を休みたい、と女は思う。会社のことを考えると目をギラつかせて詰め寄ってくる男のことが頭に思い浮かび、体が震えてしまうのだ。


 怖かった。声も、目付きも、迫ってくる姿も。

 思い出すと、息が苦しくなり目がチカチカする。


 男はストーカーとして捕まり、女の近辺に接近禁止令が出るだろう。それに会社も辞めるようだ。一先ず、もうあの男に会わずに済むと判って、女はホッと息をつく。


 しかし申請した病気休暇のうちにのんびりしようという女の思惑は外れる。次から次へと訪れる知人や友人によって。田舎だから噂が回るのが速く、ご近所さんが来るわ来るわ。広い和室が満員御礼だ。


「こんなことになるなんてねえ」


 痛ましい顔をして都会の怖さやらなんやらと、更にご近所のおばあちゃんの健康状態までひとしきり喋り合うのを、女は、はあ、と曖昧な笑顔で相槌をうつ。一応、女は寝かされているのだか、そんなのお構い無しで、老い若い入り乱れて集まる人の相手をしている。


 あ、だから私の部屋じゃなく、こんな広間に寝かされたのか。


と女は理解した。両親は、来客を見越して家で一番広い部屋に女を寝かせたようだ。体はぴんぴんしているので客の相手は構わないし、一人でいると怖かったことを思い出しそうになるから、他愛ない話を途切れることなくできるのは、ありがたいかもしれない、と女は思う。


 嬉しいことに、女の小中高のときの友人や同級生、先輩後輩に、先生まで来てくれていた。さながら同窓会のようだ。


「あんたは良い子だけれど、時々紛らわしいのよ。だから言ったじゃない、気を持たせて勘違いさせるなって・・・」


 そう言って、横になる女の胸元にすがりついて咽び泣く、中学から続く友人を宥めるのに女は苦労した。


 驚いたのは、女の仕事場の同僚と上司まで来たことだ。


「こんなことになって、残念だよ」


「引き継ぎも無しで休みを貰ってしまって、申し訳ありません・・・」


「先輩の分まで、俺達が頑張りますから」


 こんな田舎までわざわざ来て貰って、女はなんだかいたたまれなくなる。取り敢えず、抱えている案件の急ぎの部分だけでも知らせておこうと女は言葉を発するが、皆沈痛な面持ちで下を向いていて、聞く耳をもたない。会社の同じフロアにいた仲間が起こした事件ということに、かなりの動揺と事前に気づけなかった責任を感じているようだ。


「私は大丈夫ですよ」


と言っても、辛いのに強がっていると思われたのか、益々重苦しい空気になってしまった。なるだけ早く仕事に復帰しよう、と女は決意した。


 数日経つと訪ねてくる人も疎らになり、女も起きて日常生活を送れるようになる。形だけは。


 女には出来なくなったことがあった。それは、大好きだった景色を眺めること。高さを意識する場所に行くと、あの日、気を失ったときのことを思い出すのだ。


 歪んだ笑顔の男、遠い地面を感じてすくむ足、振り返り、目に入るビル街、そして衝撃。荒い息の男に抱え込まれたまま、ブラックアウト。


 息を吸うのに、女の体には酸素が回ってこない。違う場所だと判っているのに、ぞくぞくと肌が粟立ち、床が抜けて落下していくような腹部の違和感。その場にカクンと跪く。自分で思う以上に心に深手を負っていたこともショックだったが、女の宝物が、あっけなく粉々に砕け散ったようで悲しかった。女は歯を食い縛ってカーテンを閉め切った。


 こんな状態では、あの日の現場である職場になんてとてもいけない。女は会社に泣く泣く病気休暇の延長を願い出た。


 更に、変化が起きた。女の家族が、女を避けるようになった。なのに、女に見えない場所で、悔しげに顔を歪め声を殺して泣いているのだ。両親にとって、娘がストーカーに襲われトラウマを負うことは、例え体が無事でも耐え難い事であったらしい。もはや、家の中で女は腫れ物扱いだった。


 そして、そんな家族の不和が周囲に伝わったのか、外でも女は無視されるようになった。近所の人に挨拶をしても背中を向けられ、街の本屋で会った友人に話しかけても素通りされる。女は孤独の中にいた。その顔に笑顔はない。


 家にいても、外出しても女は一人。誰も女を見ないし、話しかけない。そして女のトラウマは治る気配がない。一日中カーテンの引かれた部屋から、女は出てこなくなった。やる気が起きない。なにもかも嫌になってしまったのだ。会社を辞めて、一人暮らししていた部屋も引き払う。


 どれぐらいの間、そうしていたのだろう。女は、両親が外出するときや寝静まるときを狙って部屋をでて、風呂や排泄などを済ませる。もう早い段階から女の分の食事は用意されていないので、台所に誰もいない隙をついてこそこそと適当に漁る。物音に気付いた親と鉢合わせしそうなときもあるが、女は部屋に逃げ帰ってしまう。背後からの「もうやめて!」という悲痛な叫び声を聞きながら。


 ここは実家なのに、何をしているんだろう、と台所で見つけた買い置きの菓子パンを咥えて女は哀しくなる。親とも周りとも、避けられたからといって悲観して逃げ回り、きちんと対話する努力もしていない自分が情けない、と。だけれど女には、暗く沈んだ顔の両親と向き合う勇気が湧かなかった。そうさせた自分が何を言えばよいのか分からない。


 幸い、貯金は仕事をしていたときに貯めていたのものがある。この家を出よう、誰も知る人のいない地に行き、生活を一からやり直そう。しっかり立ち直った姿を皆に見せて、改めて赦しと感謝を示そう。


 女は故郷を離れた。そこそこ賑やかな町に部屋を借り、短期から長期アルバイト、パート、派遣と徐々に就労に体を慣らしていく。女にトラウマがまだ残っているので、平地か一階でできる業務に限られるが、働くことは楽しかった。

 

 明るい友人もできた。仕事終わりにカフェに集まって喋ったり、合コンしたり。女の商社時代はやりがいはあったけれど忙しさでプライベートがほぼ無かったので、新鮮だった。


 しかし友人との付き合いは、長く続くことは無かった。最初、女と仲良くしていても、次第によそよそしくなり、最後には女の方を怯えるように見てくるのだ。恐らく、女の名前からあの事件を知ったのではないか、と女は推測する。女が「あの、」と話し掛けると「ヒッ!」と恐怖し後ずさる友人たち。もしあの男が、ストーカーが再び女のところに来たら、とばっちりに遇うかもしれない、それが恐いのだろうか。


 女は、嘆息し、静かにその地を去る。


 新たな地で、またアルバイトや派遣を探す。


 親しい友人ができても、また同じだった。そして女は各地を転々とする。いつまでもいつまでも、いないはずのあの男が、女を苦しめる。








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