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夏のホラー2017参加作品です。4話完結で、一時間毎に1話投稿します。
宜しくお願いします。
「なんか、思い出すのよねえ、こういう眺め。なんだろうな・・・ああ、カンランシャか」
ハコの中から見下ろすというか、見渡す感じ?と言ったのは、部屋に遊びに来た友達だったか。なんで観覧車なのよ、そこは展望台とかじゃないの?と、女は笑って返した気がする。
風を受けて大空をゆったり横切る鳥や、農道をのんびり走る大小、形も色も様々な車。みんな小さく、よくできたジオラマを見ている気持ちになる。
女の家は高台にあり、中でも丘の上の方の斜面に沿うように建てられていた。そこから臨む景色が女の自慢だった。
晴れれば街の外、端の端まで見渡せ、夜はまばらながらも商業施設に街灯と車のライトで夜景が楽しめるし、深夜ならば街灯が少ないからこそ暗闇が星を浮かび上がらせる。
女は部屋の窓から見える、そんな風景が大好きだった。
女は田舎の出だ。そこは特に名産品も名所もないけれど、穏やかな土地だ。まあ、住んでいる人間に言わせると、手近にスーパーやコンビニもあるし、車を使えばあらかた事足りるのだから、そこそこ便利で良い街なのだそうだ。そんな土地で育った女は、おっとりと穏やかな気性に成長していく。
女はやがて都市にある大学に進学する。田舎では手に入らない素敵な服や装飾品に囲まれて、女は磨かれていく。元々の性格も大人しめで外見も整うようになると、大学で可愛いと言われるようになる。女にはたくさんの友達ができた。
「皆と仲良くなりたい」
女は、大学で出会う人達に嫌われないように気を配っていた。田舎では皆距離感が近く、老若男女構わず顔見知りだった。それが普通だった女は、大学でも同じ様になれるよう振る舞った。男にも、女にも。笑顔で、優しく、親身に、誰にでも。
じきに女を巡っていさかいが起きる。
いわゆる、友達の彼氏に手を出した、云々だ。もちろん女には身に覚えがない。皆に等しく親切にと心がけていただけだ。だけれど、友達の彼氏は、友達と別れて女と付き合う、と息巻いている。
「なにかの間違いよ?」
女は言葉を尽くした。友達には「善人面して、裏切られた」と取り付く島もなく詰られ、友達の彼氏には「俺に遠慮するな、気持ちは通じているから」と、全く通じていない話をされる。普段穏やかな女も流石に滅入った。仲良しグループはぎすぎすとした空気になり、女がグループから離れることで、事態は一応の終息をみせる。
グループから離れて一人になった女は、日頃の人当たりの良さもあり、直ぐに別の男女グループと行動を共にするようになる。次こそは失敗しないように、と殊更気配りに心を砕くも、結局は似たような騒動が起きてそのグループから離れることになる。
どんなに気を付けても、大学卒業まで女の周囲が落ち着く事はなかった。
女は卒業後、そのまま都市にある商社に勤める。親にも友人にも、性格が向いていないのではないか?とかなり心配されていた。「商社といえば激務で体育会系だろう? あなたは性格からして真反対じゃないか」と。しかし以前から海外や流通に興味を持っていたし、「部門によって雰囲気は異なる」という会社説明会での言葉を信じて、入社を決めた。
「やれることを頑張るわ」
女は1ヶ月の研修ののち、化学品部門に配属された。説明会での話はある意味正解だった。部門によって濃い縦社会の所もあれば、和気あいあいとした家族的な所もあった。あと、上司の性格にもよる、と実感した。
女のいる部門は、どちらも恵まれていたようだ。上司は勤務時間内に仕事を済ませるタイプで、無理な残業は強いらない。その代わり効率は求められるが。先輩達も穏やかで静かな人が多い。彼らは後輩への面倒見も良く、女は仕事を覚えるまでしょっちゅう先輩達のお世話になった。
「貰った親切は返さなきゃ」
言うまでもなく、女は大学時代のように心配りを忘れなかった。昔女の行動で友達と揉めることはあったけれど、それはほんの一部のことで、大多数の人達は女に対してとても友好的だったのだから。
女は誰に対しても笑顔で接する。仕事も真面目だ。経験の浅い新人ができること、例えば会議室の準備片付けを出来る限りやった。会合や客向けの親睦会に使えそうなお店のチェック、情報の共有も欠かさなかった。備え付けのコーヒーメーカーでコーヒーを飲むのは各自自由だが、先輩達にも「一緒に淹れてきますよ」といつも声をかけた。他に飲みたい人がいるならついでだし、という気持ちだった。そう、女は自分の仕事が疎かになっては元も子もないので、大体は「やらねばならないことのついで」になるものを率先してやったのだ。特別な事はなにもなかった。
女の部門はビルの8Fにある。この建物は外に剥き出した形の非常階段がある。女は休憩時間になると、たまにそこに来て景色を眺めるのだ。隔たりなく細道まで見えていた田舎と風景は全く違うが、建物だらけでもこれはこれで整った趣があると女は思う。車のクラクションに走行音、風も心なしかザワザワと煩く感じる。田舎には無かった喧騒だ。
「全然、違うなあ」
女は欄干に肘をのせ、片頬をのせて溢した。
社会人になって女は三年目になった。いつものように出社して、出会う人皆に笑顔で挨拶をかわす。毎日毎日、一人が抱える案件は膨大だ。終わらせても終わらせても、次の準備。仕事があるのはありがたいことだけど、感覚がマヒしそうだ。一度にいろんな対応を考えすぎて、頭が熱い。女は手元の書類を片付けると、付箋にやるべきことをザラッと書き出してパソコンに張る。いつもならそれに優先順位を付けていくのだが、どうにも頭が回らないので少し休憩を入れることにした。
女は西日の射す非常階段に行き、握りこぶしを二つ、ううん、と伸ばせるところまで上に伸ばす。はあ、と息を吐きながら腕をおろすと頭も肩も少しすっきりした。頬を撫でる風は心地よく、頭の熱を冷ましていく。赤信号に連なる車を眺め、この独特の騒々しさにも慣れたな、・・・久々に田舎に帰ろうかな、など考える。纏まった休みなんて、いつとったのが最後だったか。
「あの」
後ろから声をかけられた。女が振り返ると、同じ部門の男がいた。そう親しくない、挨拶をするぐらいの人だ。
「話したいことがあって、」
女は首を傾げる。女が今抱える案件で、男と絡んでいるものはない。以前は何回か一緒に仕事をしたが。
「俺、君が好きなんだ」
唐突すぎたのと、頭の中が仕事のことしか考えてなかったので、言葉を処理できなかった。女はぽかんとする。
「君も、同じ気持ちだよね?」
何が? 同じ?
「俺に毎日笑顔で話しかけてくれて、準備とか手伝ってくれて、店も一緒に探したよね?コーヒーも、いつも・・・」
それは、皆にやっている。思い当たることに女は頷く。
「だよね? 俺達はずっと両思いだ。判ってたよ」
男は、笑顔で少しずつ女に近付いてくる。
「俺が、君の特別だって、」
男は、女に近付きながら感情を昂らせているようだ。声が大きくなっていく。通勤もいつも同じ車両で、女がよく立ち寄るコンビニのこと、女がいつも何時位に寝るのか、女が好む下着は少々ハデだとか・・・。
女は、これはおかしいぞ、と気づいた。血走った目の男は、女の目の前で、女は非常階段の手摺に背中が当たっていた。足の間を通り抜ける風に、急に、足下が心許なくなる。
「君が笑顔で、俺を誘ったんだ」
行き帰り、同じ電車に乗ろう? 私の部屋はコッチよ、私についてきて、と、女が誘ったのだと男は言う。
「俺は、我慢したんだ。ずっと。君が俺だけ特別だって言うから。俺だけに特別な笑顔を見せてくれるから」
男の手元が太陽の光を受けてギラギラしている。眩しい。
「君は浮気ばかりだ。他の男にも媚を売ってーーーもう限界なんだ!」
無意識に逃げ場を求めて、女は手摺側を向く。眼前に広がる、ビル、ビル、ビルーーー無機質な光景。
ドンッ、と背中に衝撃を受けた。男がぶつかってきて、息が詰まる。逃げ場の無い恐怖と、混乱で、体が熱い。
「これで、俺だけの・・・」
「おいっ! 何をしてる!?」
男が大声で喚いていたのが通路にまで響いたようだ。他の社員が集まってきた。
助かった・・・と思いながら、女の意識は遠退いていった。