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裏腹少女 作者:トランクス

第1章

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12話 返済と義務

「じゃあ行ってきます」

「ん。気をつけて」

 華恋が元気な挨拶と共に玄関を出て行く。その姿を小さく手を振ってお見送り。

 クラスメートの女子に誘われて遊びに行くらしい。よっぽど楽しみだったのか彼女は朝からずっとご機嫌だった。

「ふぅ…」

 こうして友達に声をかけてもらえるという事はクラスでも上手くやっているという証なのだろう。いつの間にか外出する事に抵抗もなくなっているみたいだし。

「変わったなぁ…」

 家族になれたと考えても良いのかもしれない。とりあえず仲の良さは深まっている気がする。まだまだ遠慮している部分はあるけれど、少なくともこの家にいる事を苦痛に感じなくなっているようだった。

「へへ…」

 少しだけ声を出して笑う。傍から見たら怪しげに。だが自分にはもう一つ解決しなくてはならない問題があった。

「ん…」

 脱ぎ捨てるように置かれている靴。いつもなら休日の玄関には存在していない。持ち主が出掛けているからだ。しかし今日はその人物も二階でグッスリと睡眠中。

「……二人っきりか」

 今は華恋の事よりこっちが気がかりだった。あまりにも絶縁状態が長すぎるので。


「んっ、んっ」

 リビングへやって来るとソファに寝転びながら一人でゲームをプレイする。見もしないテレビをつけながらゴロゴロ過ごしていた。

 何も考えずただ指をひたすら動かす。まるで命令されたロボットのように。

「くそっ…」

 しばらくすると画面にYou loseの文字が表示。ボスキャラにあっさりとやられてしまった。

「……もうお昼か」

 壁に掛けられた時計に目を移す。朝食を食べてから結構な時間が経っている事が判明。

「よっ、と」

 立ち上がってキッチンに移動した。そのまま非常食がストックされている戸棚を物色開始。

「とんこつは先週食べたし、辛いのは苦手だしなぁ…」

 空の胃を満たせば少しはイライラを解消出来るかもしれない。適当に目についたインスタント麺を取り出す事に。

「……ダメだ。賞味期限が過ぎている」

 しかしいくつか食べられない物が存在していた。食品を無計画に買い溜めしてしまったが故の結果。

「あ、起きたんだ」

「む…」

「おはよ」

「……はよ」

 整理作業をしていると背後から何者かが近付いてくる。ボサボサ頭の女の子が。

 どうやら寝坊助が起床したらしい。彼女が洗面所で顔を洗って引き返した所で再び声をかけた。

「ラーメン作るけど何か食べる?」

「いらない」

「お腹空いてないの?」

「自分の事は自分でやるから放っておいて」

「え?」

 けれど返ってきたのは素っ気ない対応。目も合わせてくれないまま立ち去ってしまった。

「はぁ…」

 せっかく気を使って声をかけたのに。寝起きという要素を考慮したとしても酷すぎる。

 二階へと戻っていった妹の事は忘れて調理開始。テレビを見ながら昼食をとった。

「んむんむ…」

 両親は二人揃っていない。帰宅するのが面倒らしく病院に隣接された寮に泊まりっぱなし。

「あはははは」

 食後はソファに座ってテレビ鑑賞。二階の住人もそのうちお腹を空かして下りてくるだろう。そう思っていたがいつまで経っても姿を現さなかった。

「しょうがないな…」

 どうせ二度寝してるか部屋でケータイを弄ってるに決まってる。暇潰しも兼ねて注意しに行く事に。


「お~い」

 階段を上がると真っ直ぐ彼女の部屋の前に移動。声をかけながら扉をノックした。

「いるんでしょ? 返事してよ」

 しかし中からは応答が無い。大きめの声で呼びかけても無反応。仕方ないので無理やり進入する事にした。

「うりゃっ!」

「ちょっと何で勝手に入って来てるの!?」

「そっちが返事返さないからじゃないか。何か起きたのかと思ったし」

 中へ入ると予想していた光景が視界に飛び込んでくる。ベッドに寝転んでケータイを弄っている妹の姿が。

「お腹空かないの? もう昼過ぎだよ」

「空いてない。食べたくなったら後で勝手に食べる」

「せめて着替えなよ。いつまでパジャマのままなのさ」

「うるさいなぁ、私の勝手じゃん。ほっといとよ」

「今日は母さんも華恋も出掛けてていないからね。腹減ったら自分で何か作りなよ」

「はいはい、わっかりましたぁ」

 投げやりな返事をすると彼女は寝返りを打ってしまった。目線を逸らすように壁際の方を向いて。

「はぁ…」

 まともに言葉を交わす事すら難しい。少し前まではプロレス技をかけあうぐらいに親しかったのに。

「用ってそれだけ?」

「ん? そうだけど」

「なら早く出てってよ。そこにいたら着替えられないし」

「……いや、やっぱりまだある」

「はい?」

 引き返そうとしていた足の動きを止めた。彼女に言っておきたい事があったから。

 今まであまり話題にしなかったが、さすがに周りの人達もこの険悪化した関係に気付いている。よそよそしい態度でその心情が察知出来た。家族や友人達にこれ以上迷惑をかけない為にも一刻も早く仲直りしなくてはならない。家で二人っきりになった今がそのチャンスだった。

「最近さ、その…」

「何?」

「なんていうか、え~と…」

 だがいざ喋ろうとすると上手く言葉が出てこない。思考回路がパンクしてしまって。

「ほんっと昔っからハッキリしない性格だよね」

「う、うるさいなぁ」

「言いたい事あんならさっさと言いなよ。いつまでもそこにいられたら邪魔」

「それだよ、それ!」

「はい?」

 彼女のツッコミに対して即座に反論。伸ばした指で顔を指した。

「乱暴な口調。おかしいじゃん」

「別におかしくないよ。フツーだし」

「どこがさ。少し前なら絶対そんな言い方しなかった」

「少し前っていつ?」

「……二週間ぐらい前とか」

 それは遊園地に遊びに行った時の記憶。今までの人生の中でトップクラスに後悔した日だった。

「ふ~ん。ならどうして二週間前から態度が変わったと思うの?」

「そ、それは…」

「ねぇ、何で?」

「え~と…」

「黙ってたら話が進まないよ。何か喋りなよ」

「ぐっ…」

 尋問する側とされる側が入れ替わる。空気が気まずい。

「言わなくても分かってるでしょ。どうしてわざわざそんな質問してくるのさ」

「え~、言わないと分かんないなぁ」

「あのさぁ…」

「そういえば私も言いたい事あったんだけど。いつになったらお金返してくれるの?」

「……あ」

 続けて話題が別の方向へと転換。五千円近くの借金を抱えている点を思い出した。

「もうちょっと待ってて。お小遣い貰ったら返すから」

「やだ。今すぐ返して」

「いや、だから持ち合わせが無いんだよ。来月まで待ってください」

「そんなの知らないし。私、欲しい物あるからすぐに返してよ」

「無理な物は無理なんだってば。悪いけど見逃してくれないかな」

 重ねた両手を前方に差し出す。申し訳ない気持ちを込めて。

「ふ~ん、華恋さんに使う為のお金はあっても私に返すお金はないんだ」

「ど、どうしてそこで華恋の名前が出てくるのさ」

「だってよく一緒に出掛けてるじゃん」

「だからそれはクラスの皆と遊んでるんであって…」

「夜になると部屋にも連れこんでるみたいだし」

「……もしかして気付いてたの?」

 ずっとバレてないと思っていた。誰にも見つかっていないと安心していた。自分も華恋も。

「まさか隠せてると思ってたの? バカじゃん」

「馬鹿って…」

「前から気付いてたよ。気付いてないフリしてあげてただけ。優しいでしょ?」

「いつから知ってたのさ?」

「あれ? 否定しないんだ。やっぱり本当なんだね」

「げっ…」

 どうやらカマをかけられたらしい。まんまと引っかかったマヌケになってしまった。

「おかしいとは思ってたんだよね~。女の子が苦手なクセに呼び捨てにしたりするから」

「そ、それは…」

「どっちから告白したの?」

「だからそういうんじゃないってば」

「嘘。じゃあいつも部屋で何してるのさ?」

「えっと…」

「エッチな事?」

「違うっ!」

 彼女の一言に激しく動揺する。思わず大声を出してしまう程に。

「じゃあ私も部屋に男の子連れ込もっかなぁ」

「おいおい…」

「別に良いでしょ? まーくんもやってるんだし」

「そういうのやめなよ。自分が傷つくだけだって」

「……クラスの皆もやってるもん」

「皆って誰さ。友達? クラスメートが全員そういう事やってるの?」

「うるっさいな、もう出てってよ!」

「あ……ちょっ!?」

 質問に対して今度は彼女の態度が急変。ベッドから起き上がるとこちらに接近してきた。

「まだ話終わってないってば」

「出てけ、出てけ!」

 そのまま強く背中を押されてしまう。抵抗するが聞く耳を持ってくれない。

「お~い」

 そして反論も虚しく廊下へと追い出されてしまった。閉められたドアを叩くが無反応。再び開けようとしたが中から鍵をかけられてしまった。

「……ちぇっ」

 結局まともな話し合いをする事なく終了。むしろ悪化させてしまった気さえする。

 無理やり入るわけにいかないし、入れたとしても口を利いてくれないなら意味がない。口論をしに来たわけじゃないのについカッとなって責め立ててしまった。

「はぁ…」

 肩を落としながらリビングへと戻る。どうにかしたいのに何も出来ないもどかしさが充満。自身の無力さを痛感した。

「……相談してみよっかな」

 一人で考えていても悪い考えばかりが浮かぶだけ。このままでは埒があかないので友人に助力を求める事に。ケータイを手に取り連絡を取った。


「よっ、と」

 服を着替えると外出。自転車に乗り自宅から五分ほどの公園にやってきた。寂れたブランコと滑り台、それにシーソーが設置されているだけの簡素な場所に。

「……ふぅ」

 自販機でジュースを買うと隣に設置されたベンチに腰を下ろす。夏の暑さのせいで額から流れる汗が止まらない。

 小さな公園だからなのか休日だというのに遊んでいる子供は一人もいなかった。皆、家の中でゲームでもしているのかもしれない。ただ今からここで大事な話をする人間にとっては大助かりだった。

「こっちこっち」

「あっつぅ……ここは地獄か」

「悪かったよ、急に」

 しばらくすると待ち合わせ相手が登場する。自転車に乗った智沙が。

「話って何? 夜這いの相談なら聞けないわよ」

「違うってば…」

「わざわざ会って言いたいって事は大事な内容?」

「まぁ……うん」

 彼女がすぐ隣に着席。両腕を広げるのと同時に足を組んだ。

「で、なんなの。相談事?」

「う~ん、どう言えば良いものか…」

「まぁ大体の見当はつくんだけどね」

「マジか」

「でもちゃんと自分の口から言いなさいよ。そうしないとアタシが雅人の悩み事を当てただけで終わっちゃいそうだから」

「う、うぃっす…」

 どうやらおおよその事情は把握しているらしい。打ち明けるまでもなく。

「え~と……香織と喧嘩した」

「そっちの方だったか」

「え? そっちって?」

「いや、何でもない。んで?」

「この前の休日に一緒に出掛けてさ…」

 それから今までの経緯を簡単に説明する流れに。遊園地に行った時の事や、その時に起きた些細なすれ違い。そして先ほど起きた出来事などを。彼女はそんな話を頷きながら聞いてくれた。時折何度も『シスコンか』とツッコミながら。

「……という訳なんす」

「ふむふむ」

「どう思いましたか、姉御?」

「前から仲良いとは思ってたけどさ。まさかそれほどとはね~」

「へ、変かな?」

「普通、兄妹で遊園地なんか行く? 家族全員でならともかく、二人っきりってのはあんまり無いんじゃないかな」

「そう言われたらそうか…」

 指摘されて初めて気付いたが確かに珍しい。高校生にもなった兄妹が遊園地に行くなんて。

「まぁ仲良き事は良い事だ。で、雅人はどうしたい訳?」

「……香織と仲直りしたい」

「ふ~ん…」

 ちゃんと彼女と話をして、しっかり謝りたい。普通に話しかけられる関係に戻りたい。また一緒にどこかへ遊びにだって行きたい。

「仲直りねぇ…」

「無理かな? やっぱり」

「う~ん……そもそもさ、どうしてかおちゃんはそんな事を言い出したんだと思う?」

「そんな事?」

「観覧車の」

「あぁ」

 手を繋ぎたいと提案してきた件についてだろう。あの時の彼女の様子はいつもと違っていた。

「雅人がまずそこに気付かないと話が進まないかも」

「むむむ…」

「悩め悩め」

 考えるフリはしてみたものの既に答えは出ている。あの日からずっと頭に引っかかっていた言葉。それが強く浮かんでいた。

『私、まーくんのこと好きだったんだよ』

 もしあの台詞が真実だとするならば。自分は兄としてではなく一人の男として彼女を傷つけてしまった事になる。しかしどうしてもその答えが受け入れられずにいた。あまりにも都合の良すぎる解釈だから。

「どう? 答えは出た?」

「妹にディスられる光景しか見えてこない…」

「はぁ? アンタ、ちゃんと考えてんの?」

「考えてるよ。でも……やっぱり分からないや」

 好意を寄せているからだなんて恥ずかしくて言えない。もしその答えが違ったらただの赤っ恥だし、余計に関係をギクシャクさせてしまうから。

「本当に分からない?」

「うん…」

「偽ってないって神に誓える?」

「本当だってば。嘘ついたってしょうがないじゃん」

「そう。ならアタシが教えてあげるわ」

「え?」

 答えを濁していると友人が立ち上がる。意味深な呟きを口にしながら。

「ちょっ…」

 もしかしたら彼女は黙っていようとした考えを口に出すつもりなのかもしれない。躊躇っている本人の代わりに。それは一番ありそうで一番あってほしくない答えだった。

「かおちゃんはね、雅人の事が嫌いなのよ!」

「……は?」

「憎くて憎くて仕方ない。だから手を繋ぐフリをして指をボッキボキに折ってやろうとしたのよ!」

「へ、へ…」

「それが正解。わかった?」

 制止しようか迷っているととんでもない台詞が耳に入ってくる。予想を遥かに下回る内容の言葉が。

「いや、いくら何でもそれは無いんじゃ…」

「どうしてよ?」

「普通は嫌いな相手と一緒に遊園地に行こうなんて考えないし、手を繋ぐのだって好きな人とするんじゃないかなぁ」

「なんだ。ちゃんと分かってんじゃん」

「……うっ」

 ハメられた気がしなくもない。きっと彼女は知っていた。その事に気付いてる点も、更に隠そうとしている心境までも。

「いや~、禁断の兄妹ラブがまさかリアルで見られるとはねぇ」

「あの、ちょっと…」

「で、雅人はどうしたい訳?」

「どうしたいって、さっきも言ったけど…」

「普通の兄妹に戻りたいの? それともそれ以上の関係になりたいわけ?」

「え?」

「恋人関係になりたいのかって聞いてんのよ」

 彼女の問い掛けに言葉が詰まる。呼吸をする行為すら忘れてしまいそうな程に。それはドラマや映画でしか耳にした事のない単語。自分には一生無縁だろうと思っていたキーワードだった。

「それは無い……かな」

「本当に?」

「うん。出逢ったばかりの頃ならともかく今更そんな…」

「ふ~ん…」

 思わず嘘をつく。口では否定していたが、そういう意識が全く無いとは言い切れなかった。

「じゃあさ、もしかおちゃんと兄妹じゃなかったとしたら?」

「同じだよ。答えは変わらない」

「そこまで言うって事はそういう意識は持ってないみたいね」

「……まぁね」

「なら普通の兄妹に戻りたいって事よね。それなら何もしないのが一番」

「え? それって解決策になってなくない?」

 立っていた彼女が再び椅子に腰かける。表情を朗らかな物に変えて。

「今は多分……勘違いしちゃってるんだと思う。思春期に知らない男の子と一緒に暮らす事になっちゃったから」

「勘違い…」

「意識するなって方が無理な話よね。ま、そのうちあの子にもちゃんと好きな相手が現れるわよ」

「え~、香織が?」

「何よ。まさかいつまでも後をくっ付いてくるとでも思ってんの?」

「そこまでは考えてないけどさ……でも想像出来ない」

 妹が知らない誰かを好きになり交際。そんな姿がまるでイメージ出来なかった。正確にはしたくないと言った方が正しいのかもしれない。

「いい加減シスコン卒業しなさいよ。いつかはかおちゃんも彼氏作っちゃうんだからさ」

「家に知らない男を連れて来たりするのか。やだなぁ…」

「雅人も彼女作れば良いだけの話じゃない」

「そんな簡単に言わないでくれ…」

 至難の技でしかない。イケメンでもなければ巧みな話術すら持ち得ていない人間には。

「とりあえず家に帰ったらどうすんの?」

「さっき言われた通り何もしない。自然解決するのを待つよ」

「そっか。雅人が我慢出来るならそれで良いんじゃない」

「智沙にも迷惑かけちゃうけど悪いね」

「別に今更でしょ。気にしないわよ、そんなの」

 日が経てば自然とわだかまりも消えていくハズ。唯一の解決方法は時間の経過だけ。しばらくしたらまた前みたいな関係に戻れるだろう。心の中でそう割り切った。

「サンキューね。助かったよ」

「いえいえ、こんな用事で良ければいつでもどうぞ」

「また何かあったら連絡するから」

「はいはい。解決した時のお礼は現金でよろしく」

「……もう二度とメールも電話もしない」

 友人に礼の言葉を述べると公園を後にする。悩みを打ち明けたからか少しだけ晴れ晴れとした気分になった。


「あれ?」

 自宅へと帰ってくると妹の靴が無くなっている事に気付く。どうやらどこかへ出掛けてしまったらしい。

「……ま、いっか」

 そして日没頃になると華恋も帰宅。よほど楽しかったのか今までに見た事のないぐらいの笑顔を浮かべていた。

「どこに行ってたの?」

「ん~? 服とかアクセのお店」

「ほう。何か買ったの?」

「買ってないわよ。ただ見てただけ」

「なんだ、冷やかしか…」

 来られた店側もさぞ迷惑だったろう。店内で騒ぎに騒いで退店したと予測。

 その後は泊まりの仕事で帰って来ない両親の分を除いて三人分の食事を用意する事に。後はお出掛け中の妹の帰りを待つだけ。しかしいくら待っても肝心の本人が帰って来なかった。

「遅いなぁ……何してるんだろ」

「どこに出掛けたの、あの子?」

「分からない。僕も昼間外出してて、その間に家からいなくなってた」

「連絡は? 着信とか」

「え~と…」

 ケータイの画面を確認する。めぼしい情報は無し。

「アンタが帰って来たのって何時ぐらい?」

「夕方の十六時ぐらい。今が二十一時だから…」

「じゃあ少なくとも五時間以上は出掛けてるって事になるわよね」

「だね。買い物ならここまでかからないハズだし」

「もしかして何かに巻き込まれたとか…」

「まさか」

 知らない人に付いて行ってしまうような年齢ではない。いくら背が低いにしても。

「そういえばこの辺に通り魔が出るって聞いた事あるんだけど」

「誰に?」

「智沙さん」

「えぇ…」

 彼女の台詞を聞かされた瞬間に嫌な光景が思い浮かんだ。ドラマ等で見かける残虐なシーンが。

「とりあえず連絡取ってみなさいよ。何かわかるかも」

「あ、うん」

 アドバイス通りにメッセージを送る。現在地を尋ねる内容の文章を。

 だが五分待っても十分待っても反応は無し。電話もかけてみたが繋がらなかった。

「どうしよう。おばさん達に連絡する?」

「いや、まだ何かあったと決まったわけじゃないし」

「でももう十時過ぎてるのよ? マズくない?」

「ちょっと近所のコンビニに行ってみる。帰って来たら連絡して」

「あ、うん」

 いてもたってもいられなくなり捜しに行く事を決意。財布を取りに二階を目指した。

「ん?」

「あ、香織ちゃんからだ」

「え? ちょ……早く出て」

 しかし廊下へ出た瞬間に着信音が鳴り響く。自分のではなく華恋のケータイから。

「もしもし?」

「ん…」

「はい、帰って来てないですよ。お二人とも仕事ですから」

 対応している彼女の口ぶりから察するに受話器の向こうにいるのは本人と予測。ただその声が聞こえてこなかった。

「分かりました。伝えておきます」

「お?」

「はい。ではおやすみなさい」

 それからすぐに通話は切断。どうやら用件を聞き終えたらしい。

「何だって?」

「明日は日曜日だから友達の家に泊まるって」

「はぁ?」

 耳に入ってきた報告に呆れた声を出してしまう。予想との落差が激しすぎて。

「本人からの電話だったの?」

「うん。向こうが騒がしくてこっちの声がなかなか聞こえてなかったみたいだけど」

「もう一回かけ直してくれないかな。今度は僕が出るから」

「え? あ、了解」

 彼女からやや強引にケータイを強奪。コール音を確認すると耳元に移動させた。

「おかしいな。出ない」

「アンタのからかけてみたら?」

「そ、そだね」

 いつまで経っても応答が無い。仕方ないので華恋に言われた通り自分の端末で再チャレンジ。

「……駄目だ」

「向こうからかけてきたんだから電話に出れないハズないわよね」

「無視してるんだよ、絶対…」

「ねぇ、また喧嘩したの? 何かあったんでしょ?」

「ちょっと口論になっただけだよ。別にそんな大した事じゃないから」

「ふ~ん…」

 画面を戻すと椅子に座る。苛立ちと不安をごまかすように。

「くそっ…」

 今までに香織が外泊した経験はない。どんなに遅い時間になる時でも帰って来たし、連絡だってしてくれた。つまり初めてとなる反抗期。その理由はこの家に帰って来たくないからなのだろう。


「む…」

「コラコラコラ」

 そして翌日の夕方に彼女は帰宅。何食わぬ顔で姿を見せた所を二階の廊下で引き止めた。

「あのさ、泊まるなら先に言っといてくれよ。こっちは食事を用意したままずっと待ってたんだから」

「そんなの私の勝手じゃん。別に先に食べてれば良かったんだし」

「何かあったのかって華恋と心配してた。あと電話かかってきたらちゃんと出て」

「友達の家に泊まるって連絡したじゃん。なのにどうしてまたかけ直してくるわけ?」

「そっちが一方的に用件だけ伝えてきたから言いたい事があったの」

「どうせまた二人でイチャついてたクセに。じゃあね!」

「あ…」

 しかし僅かに言葉を交わしただけで話し合いは終わる。思い切り閉められたドアの音が辺りに反響。

「はぁ…」

 反省の色がまるで見られない。こんなにも生意気な言動を振り撒いてくるのは初めてだった。

 それから三日後、またしても父さん達が帰って来ない日に香織が無断外泊を決行。友達の家に泊まり、そのまま学校に行こうとしていたらしい。

 さすがにそれはマズいと思い両親の存在を脅迫材料にして強制帰宅させた。けれどその行為により自分達の関係はますます悪化する事に。もはや話しかけても返事すらしてくれなくなってしまった。


「まだかな…」

 学校が終わると地元の駅で立ち尽くす。重さを感じる鞄を肩からブラ下げながら。

「ちょっと話あるんだけど」

「……何?」

 そして一時間程が経過した頃にターゲットを発見。開口一番に用件を告げた。

「家だと華恋に聞かれるから公園に行こう」

「やだ」

「いいから来てって」

「ちょ……っと!」

 彼女が意見を拒む。しかし強引に手首を掴んで拉致。周りにいた人達にジロジロ見られたが無視して進んだ。

「……やっと離した」

 しばらくすると広い空間に辿り着く。数日前に友人に相談に乗ってもらった場所へと。

「仲直りしよう」

「はぁ!? いきなり何言い出してんの」

「こんな子供みたいな喧嘩は中止。今から普通に声かけあう関係に戻ろう」

「ちょ、ちょっと…」

「電話やメール無視するのも無し。それから無断外泊もダメ」

 束縛から解放すると一方的に意見をぶつけた。ここ数日間ずっと抱えていた不満を。

「遅くなる時はちゃんと連絡入れる事。泊まりに行く時も事前に連絡して」

「さっきから一体…」

「あと平日の外泊はやめよ。向こうの家の人に迷惑がかかるでしょ?」

「……そんなのまーくんには関係ないじゃん」

「関係ない事ないって。家族なんだからさ」

「あ…」

「だから言う事ちゃんと聞いて」

 そんな行動に彼女が戸惑いのリアクションを見せる。だけど怯まず強引に押しきった。

「分かった?」

「うん…」

 問い掛けに対して小さな頷きが返ってくる。泣くでもなく怒るでもない表情で。その動作を確認すると財布から数枚のお札を取り出した。学生にとっては大金となる五千円を。

「あとコレ。借りてた分、返すよ」

「え?」

「かなり遅くなっちゃった。ゴメン」

「……どうしたの、このお金」

「ゲーム売ってきた」

 まだ買ったばかりのハードとソフト。中古買い取りのお店に持っていって売却したのだ。残念ながら購入時の半分以下の金額にしかならなかったけども。

「そっか……売っちゃったんだ」

「またお金貯めて買うさ。それより悪かったよ、長い間返さないままで」

「うん…」

「あと腕思い切り掴んじゃってゴメン。痛かったでしょ?」

「……まぁ、ちょっとだけ」

 普通に会話が成立する。数分前のギスギスした関係が嘘のように。

「香織も何か言いたい事ない? 僕に対して」

「え?」

「今まで一方的にまくし立てちゃったけど、自分の言い分とかあるでしょ?」

 冷静になった所で彼女にも話を聞いてみる事に。なるべく優しさを意識した口調で語りかけた。

「……ん、んんっ」

「難しく考えなくても良いよ。ゆっくり思い出してくれれば良いから」

「じゃあ、あの…」

「ん?」

「コソコソするのやめてほしい。私が家にいる時とかに」

「あ、あぁ……なるほど」

 名前は出さなかったが誰の事を指しているかは瞬時に理解。一緒に暮らしている同居人の存在だろう。

「別に部屋で二人っきりになるのは構わないけど、私だけ仲間外れみたいな事はやめて」

「いや、そういうつもりは無かったんだけどね」

「呼び出すならもっと堂々とやってよ、リビングにいる時とか。邪魔者になってるのかと思っちゃう…」

「う……わ、悪い」

 そこまで気が回らなかった。確かに一人だけハブられてると知ったら良い気はしない。

「なら今度は三人で一緒に遊びに行こう。ね?」

「……別に無理しなくて良いよ。本当のお邪魔虫にはなりたくないから」

「いやいや、邪魔だなんて事は…」

 そんなハズはない。疎ましく思った事は一度だってない。でも彼女の方はそうじゃなかった。

「あと一つだけ言っておくけど、僕と華恋は別に香織が思ってるような関係じゃないよ」

「本当?」

「うん、もちろん。確かに仲は良いかもしれないけど、それはクラスメートとしてだから」

「クラスメート…」

「なんなら本人にも聞いてみなよ。違うって答えるからさ」

「……ううっ」

「え?」

 熱弁を振るっていると場に奇妙な声が響く。突然の嗚咽が。

「あぁ、うぁあっ…」

「ちょ…」

「……あ、あぁっ」

「ど、どうしていきなり泣き出すの!?」

 俯いていたかと思えば彼女が急に顔を押さえた。目尻から流れ出る涙を隠すように。

「ごめん。悪かったよ」

「うぁ、ぐっ…」

「すいません、すいません、すいません!」

「違う…」

「え?」

「そうじゃなくて、ずっと嫌われてるかと思ってたから」

「……嫌われてる?」

 状況が理解出来ない。事態がどちらの方角に動いているのかも。

「ど、どういう事?」

「華恋さんが来てからおかしかったでしょ?」

「何が?」

「二人で部屋に集まったり、一緒に出掛けたり……私の知らない所でいっつもくっ付いてる」

「それは…」

「だから華恋さんにまーくん取られそうな気がして嫌だった」

「……あ」

 その言葉でようやく理解する。ずっと感じていた違和感の正体に。

 彼女は自宅で密会が行われている事を知っていた。そして気付いていないフリをしていた。一人だけ仲間外れにされてるという事実を受け入れない為に。

「ゴメン。軽率だった」

「ちょっ…」

「そうだよね。自分の知らない所でコソコソやられたら嫌だよね」

「は、恥ずかしいってば…」

「香織が男と部屋で密会してるって知ったら、やっぱり僕だって嫌だもん」

「しないよ……そんな事」

「そうだね。しないよね、うん」

 目の前にある髪を優しく撫でる。自分より一回り小さな場所にある頭を。

「ん…」

 彼女もどうすれば良いのか分からなかったのだろう。今まで仲良くしていた兄が突然やって来た女と仲良くなっていく状況に。もしかしたらあの日に言った手を繋ぎたいという台詞は、千切れそうな兄妹の絆を繋ぎとめようとして出した言葉なのかもしれない。恋愛感情の有無は別として。

「本当に付き合ったりしてないの?」

「してないって。そもそも華恋が僕みたいな男を好きになると思う?」

「そんなの分からないよ。私はまーくんの事好きだし」

「そりゃどうも…」

 照れくさくなって目線を逸らす。遊具が置かれている方向へと。

「あれ?」

「ん? 何?」

「目が真っ赤」

「嘘!?」

 しかし対話相手を直視した直後に異変を察知。眼球が赤く変化していた。

「帰ったら母さん達に絶対なにか言われるよ。ヤバいって」

「え? そんなに変かな?」

「かなり。明日になったら瞼が腫れてると思う」

「ふえぇ、どうしょう…」

「眼帯して学校行きなよ。ダブル眼帯」

「それじゃあ前が見えないよ。明日は休もっかな」

「目腫れちゃったから学校行けませんって? それはマズいでしょ」

「だって恥ずかしいし…」

 くだけた会話で盛り上がる。互いの間には険悪なムードは存在していない。

「とりあえず帰ろっか」

「おーーっ!」

 無事に問題を解決した後は地面に置いていた鞄を回収。そのまま公園の出口に向かって歩き始めた。

「え?」

「んっ…」

 手を伸ばすと優しく触れる。すぐ隣にあった華奢な指に。

「えっと、この前の答えのつもりなんだけど」

「この前?」

「遊園地の」

「……もう遅いよ」

「うっ…」

 握り締めようとしたが失敗。彼女からは突き放すような言葉が飛んできた。

「けど……許してあげる」

「……どうも」

「へへへ…」

 引っ込めようとしていると逆に掴まれる。綱引きでもしているのかと思えるぐらいの勢いで。

「キレイだなぁ…」

「え? 私?」

「違う違う」

 視界の先にはオレンジ色に染まった世界が存在。空に浮かぶ太陽が不思議といつもより大きく見えた。
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