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光明(挿絵有)

 ディウスから聞いた場所にたどり着き、ブルーエルは茂みから石塔を伺っていた。


 池のほとりに不気味にそびえ立つその塔からは、人間界では感じるはずもないものがある。


 塔全体から天界の気配がするのだ。


 かつての故郷の気配を懐かしむより先に、ぞわりと本能がそれを拒否して、全身の血が逃げ出すことを望んで体中がざわついている。


 そんな体をなだめるように両腕をさすりながら、あの中に入る方法はないか、と考えを巡らせていると、ふと天使の気配を察してブルーエルは身構えた。


 あのルドラーという男についていた下級天使だろうか。


 だが今は香炉などの邪魔なものは近くにない。


 やられる前にやってやる。


 指の爪を鋭く伸ばし、天使を切り裂いてしまおうと振り返ったときだった。


「お前、こんなところで何してるんだ?」


 だが、見上げた空にいたのはルドラーについていた天使たちではなく、見知った顔の天使だった。


 腰まで伸びた金色のくせっ毛に、エメラルドのような深い緑の瞳が夜の中でも目立つ。


「なんだ、ガルシアかって、ガルシア?!」


 裾の長い白のマオカラージャケットに白のスラックスという全身白色の格好に、熾天使のみが持つことを許されている光で編まれた天照布を肩に羽織ったガルシアは、三対の羽を畳んでふわりと着地した。


 最後に会ったのは数千年前の天界と魔界の戦争の時か。


 ブルーエルは予想もしなかった彼の登場に焦った。


 ルドラーは熾天使までそばに置いているのか、と戦慄した。


 熾天使が相手では歯がたたない。敗北は目に見えている。


 だがそれでも引き下がれないのだ。


 たとえ相打ちになったとしても、負けて肉片になったとしても、あの塔からフリージアを救い出すと決めたのだから。


「お前は敵か?」


 月の光を反射して刃物のように鈍い光を放つその部分を見せるとガルシアは慌てた。


「物騒なものはしまえよ!俺は敵じゃない」


「本当に?」


「本当に!俺のことが信じられない?」


「……………」


「え?やだ重い沈黙。やだーもう、ブルーエル、ブルー、ブルーちゃん?!俺、ねえ、俺!ガルシアよ?味方よ!?」


「わかったよ……てかしつこい!離れろ!」


 泣き真似をしながらガクガクとブルーエルを揺さぶりながらいいすがるガルシアを押しのけて引き剥がすとヨレてまくりあがったシャツを直した。


挿絵(By みてみん)


「てか、ひさしぶりー!とか、相変わらずいい男だね、とか一言ないのかよ」


「相変わらずよく喋るな……」


 うるさいヤツだとうんざりしたブルーエルは、彼から視線を外して塔に目を向けた。ガルシアはブルーエルが天界にいた時と少しも変わっていない。


 そのことに呆れながらも安心を覚えたが、何しろ今はガルシアに構っている暇などないのだ。


「待てよ、あの塔に入る気か?おいおい、やめとけやめとけ。お前のような下っ端はあっという間に消滅だ」


 ブルーエルの視線が石塔へ向けられているのを見たガルシアは、ブルーエルが何をしようとしているかをすぐに察したようで眉間にしわを寄せて何かが弾ける様子をジェスチャーで示した。


「下っ端って……一応僕、地獄で総裁してるんだけど」


「総裁がどの程度かしらないが、あそこには天界の結界が張られている。元天使だと言ってもお前は所詮元だからな。触れた途端……」


 再びガルシアはバーンという仕草で弾ける様子を示す。何度見ても気分の良いものではない。ブルーエルは不快感に鼻にしわを寄せた。


「もーうるさい。あっちいけ」


 そして、しっしとあっちへ行けと示すとガルシアはさらに近づいてくる。天邪鬼か。


 熾天使のくせに、空気も読めないのかと、ガルシアに苛立つブルーエルは、ほんの少しの抵抗の意味を込めて近づいてきたガルシアから一歩離れた。


「そうはいくか。こっちはディウスに頼まれてわざわざ来てやってるんだから」


「ディウス様に?」


 ガルシアの口から出て来た意外な名前に首をかしげると、彼は得意げに踏ん反り返った。


「お前が無茶しないように見てくれって言われたんだよ」


「なんで“熾天使様”が魔王のディウス様の言うこと聞いてるんだよ」


 嫌味を込めて敬称をつけだが、言われた本人は大して気にしていない……というか、ブルーエルの嫌味に気づいていないようだった。


「あいつと俺はまぁ天界時代は熾天使同士だったし、相棒みたいなもんだったからな」


 今頃ディウスはくしゃみでもしているのではないだろうか。


「まぁ、そのよしみでね、今回は共闘することにしているんだよ。天界でもこの街の事態を重く見ていてな。あの石塔、実はセフィロトの術式が使われてるんだよ。おそらく何者かが人間に知恵を入れたんだと思う」


「おそらくじゃなくて、絶対そうだろ……どうなっているんだよ天界の危機管理は……」


 セフィロトとは、世界を構築する樹、世界樹のことである。


 十に連なるそれぞれの階層に天使が居り、世界の秩序を調整している。

 

 道理で天界くさい塔だと思ったと納得したが、同時にフリージアを救出するというミッションの難易度が跳ね上がったのを感じて密かに舌打ちをした。


「大体の話はディウスから聞いてるけど、何でお前は人間の女なんかに肩入れするんだ?ただの契約者だろ?契約者が死ねば魔界に帰られるのに、何で危険を冒してまで助けるんだ?」


 契約者の死という言葉に不快になりながらもぶっきらぼうに答える。


「天使にはわからないさ。悪魔になった僕たちにとって契約者がどういう存在か」


 人間界で暮らすためには絶対的な主人であり、魂という糧でもある。


 彼らの命を担保にするかわり、自身の時間と力を捧げ、命を賭して仕えるべき存在だ。


 つまり契約者は天使にとっての天上主のようなものなのだ。


 堕天し世界の秩序から外れた存在となったブルーエルを、セフィロトは受け入れない。それどころか排除しにかかって来るだろう。


(鏡さえあればなんとかしてフリージアの元に行けるのに……いや、問題はセフィロトか。入れたとしても動けるかどうか……動くしかないけど)


 ルドラーの香炉による不調など比べ物にならないほど、あの石塔はブルーエルを拒絶しているのだ。


 そんな中、ふと思い至ってブルーエルはじっとガルシアをみつめた。


 よく考えたらあの石塔に入れるものが目の前にいるではないか。


 世界の秩序から逸れておらず、しかも今も天界で過ごす存在が。というか、セフィロトの階層のひとつを担当すらしている存在が目の前に立っている。


「ん?」


 ブルーエルの視線にようやく気付いたガルシアが首を傾げた。そして自分の後ろに何かいるのかと後ろを振り返ってきょろきょろと辺りを見回している。


「ガルシア……!」


「え、何なにこわい顔近いやめて」


 少し目線より高い位置にあるガルシアの肩を掴み、顔を寄せて間近で見つめると、その鬼気迫るブルーエルの顔に怖気付いたガルシアは手でオレンジ色の瞳から向けられる視線を遮った。


「お前、熾天使だよな?」


「あ、あぁ」


「天使の最高位だよな?」


「そうだけど……なに?」


「あそこに入れるよな?」


「あ、当たり前だろ……」


「じゃあこれをフリージアに渡してくれないか?」


 ポケットから小さなコンパクトを手渡すと、ガルシアが眉間を開き驚いた表情で渡されたコンパクトをながめた。


 引越しが決まってあの家を出るときに物置で見つけてとっておいたコンパクトミラーだ。


「これを?お前まさか鏡の道を使うのか?」


「頼む!お前にしか頼めないんだ!」


 両手を合わせて頭を下げ、懇願する。

わずかな希望の光がブルーエルに差し込んでいた。このチャンスを逃してなるものか。


「待てよ。あそこはセフィロトと天界の結界が張ってあって、簡易的ではあるがちょっとした天界みたいになっている。今のお前には毒だぞ」


「それはわかってる。でも構うものか。フリージアさえ救えれば僕はそれでいいんだ」


 森の家でルドラーが香を焚いた時よりも体がきかなくなるかもしれない。動けなくなるだけならまだしも、最悪の場合は消滅してしまうかもしれない。


 でもそんなことに躊躇する余裕も、時間も残されていない。


 ブルーエルにとってあそこは危険を顧みずに飛び込む価値しかないのだ。


「お前」


「頼む、時間がないんだ」


 夜が明ければフリージアは処刑されてしまう。


 急かされたガルシアはわざとらしいため息をつくと、三対の羽を広げて石塔へと飛んでいった。それを見送ったブルーエルは茂みから出ると、波一つ立っていない静かな池の水面から鏡の道を開いた。


「………っ!」


 風も吹かない真っさらな鏡のような水面に水音も立てずにブルーエルは飛び込んだ。


イラストは由毘七緒様に描いていただきました!

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