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結論

 朝日が差し込むいつもの窓辺で、ブルーエルは薬草と香草についてまとめられた事典を読んでいた。


 窓が木枯らしを受けてカタカタと音を立てている。ストーブの上にある薬缶からは湯気が昇り始めており、やがて甲高い音を立てて沸いたことを知らせてれるだろう。


 悪魔は人の世界では眠らない。 趣味で眠る者も中には居るそうだが、ブルーエルは眠りよりも人の世界の知識にふれることを楽しんでいた。


 だが今朝は本の内容が全く頭に入ってこない。 フリージアは魔界に行くことを受けてくれるだろうか。 あの黒いもやが星を飲み込むまで時間はそうかからないはずだ。


 そんなことばかり考え、文字列を追っているはずの視界には何も映していなかった。


 不意に床板が軋む音がして本から顔を上げると、起きてきたフリージアが何かを決意した顔をして立っていた。


「フリージア、おはよう」


「……ぉ……はよう、ございます……」


 挨拶を小さな声で早口で返し、それからまたゆっくりと言葉を続けた。


「ブルー……私、やっぱり魔界には行けません。 ここで、人々のために知識を使うと誓ったから」


「どうして! 人はね、死んだら何もできないんだよ? 世の中のほとぼりが冷めたらまたこっちに戻ればいいじゃない」


「この混沌とした時代に、仲間を置いて、自分だけ安全な場所に逃げるのが心苦しいのです……」


 その言葉に、心のどこかでフリージアは魔界に行くことを受けないと昨夜、感じ取っていたブルーエルは「やっぱりね」とため息をついた。


 昨夜、フリージアは部屋に戻ってからずっと考えていたのだろう。 目の下にはクマができている。


 彼女の心に浮かんだのは、街で隠れて暮らしている魔術師仲間たちのことだとすぐにわかった。


 彼らとフリージアは団体を作り、それぞれがもつ知識を纏めている。先日きこりとあったときも、会合に出席する途中だったのだ。


 魔術師たちはそれぞれの身に危険が起きたら今まで継承されてきた知識や術の知識は失われてしまうので、それを防ぐために定期的に集まり、纏めることにしたのだ。


 普段は敵対していた流派も、今は異常事態だと手を結び、魔術界全体が力を失う事のないように協力している。


 悪魔を召喚する事に成功した数少ない術者として、フリージアは団体の中枢に近い部分に居る。

 だからこそ真面目なフリージアは尚更仲間たちを置いて魔界に行く事を良しとしないのだろう。


「わかったよ……でも気が変わったらすぐに教えてね」


「あ、あと、私とあなたは契約に基づいたパートナーです。 あなたに対して恋愛感情など私には持てません」


 ごめんなさい、と真面目な顔で謝罪するフリージアに、ブルーエルは一瞬キョトンとして、それから笑った。


「僕は恋愛感情で君を好きだと言った覚えはないよ。 あぁ、こう言えばよかったかな。君を『気に入っている』って」


「え!? 」


「あぁ、でも君は恋愛感情で好きでいて欲しかったのか。 昨日そう答えれば望む通りの事をしてあげたのに」


「………な……っ! 」


 ブルーエルの言葉にフリージアの顔がみるみる赤くなり、唇をわななかせた。


「もしかして、寝不足なのはそっちで悩んだせい?年頃だから仕方ないかな」


「からかわないでください! とにかくもう、この話は終わりですからね!! 」


 そう語気を強めて言い、フリージアは朝食の準備を始めた。


 そんな彼女の後ろ姿を見て、ふと思う。 自分は本当に恋愛感情を彼女に持っていないと言えるのだろうか、と。


 だがすぐに首を振って浮かんだ考えを否定した。


 彼女は契約者だ。 昔契約していた人間たちとはちょっと違って、長い間側にいるから情が移ったのかもしれない。


 それに確かに彼女の事は『好き』だが、それが恋かどうかはブルーエル自身にもよくわかっていないのだ。


(別にどっちでもいいけどね)


 彼女を気に入っているのは事実だ。

 それが恋愛感情かどうかは調べる必要も確認する気もない。


 基本的に術者と悪魔は人間界においては使役するものとされるものである。

 そこに余計な感情は持たないほうが楽だ。


 ブルーエルは結論をだすと、今度こそ香草事典に没頭することにし、文字を追い始めたのだった。

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