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告白

 新月の今日、月明かりのない空は星を眺めるのに最適だ。寒空の下、ブルーエルは一人で庭のベンチに腰掛け星空を眺めていた。


 彼の心の中には今日、森で木こりからかけられた意味深なお礼の言葉と粘つくような視線がずっと心に引っかかっていた。


 悪魔は人の悪意と欲望に敏感だ。


 何かが動いた。

 いや、動いてしまった。


 だけどそれが何かはわからない。

 だから星に訪ねることにした。


 物知りの悪魔から習った、人の運命を知るための星読みの方法で。


 黒に近い濃紺の空に瞬く幾千もの星の中、ブルーエルは目当てのものを探していく。


「あっつ!」


 だがその星を見つける間もなく突然、冷えた頬に熱を感じて飛び上がった。

 何事かと頰をさすりながら振り向くと、カップを手にしたフリージアが小首を傾げてそこに居た。


「何をしているんですか? 」


「え? 君こそ何……びっくりした……」


 まだ驚いたことによる興奮が収まらず胸がドキドキしている。

 それでもフリージアからカップを受け取り、口をつけると、入っていたのはほのかに蜂蜜の甘さがするホットミルクだった。


「星読みですか? わたしにも教えてください」


 ブルーエルの隣に座り、フリージアもそれに倣って星空を見上げた。


 そういえば星の読み方を教えるという契約だったなとブルーエルはその横顔を眺めながらぼんやりと考え、カップを持ち直すとその視線を追って自分も再び空に目を移した。


「ひとは生まれた時からひとつ、それぞれ星を持っているんだ。 フリージアの星は、ほら、あれだよ」


「どれですか? たくさんありすぎてわかりません」


「赤い星の隣にある、青白い星だよ」


「赤い星……あ、ありました!でも他の星の色はみんな白に見えますよ……」


 どれなのか全くわからない、と唇を尖らせるフリージアに笑って、彼女の目の前に手をかざした。


「僕の目と同じものが見えるように、少しだけ視力を強化してあげる」


 そして手を離すと、フリージアが驚きの声を上げた。


「星の色が……!」


「いろんな色に見えるようになったでしょう? もう一度、赤い星の周りに注目してみて」


「あ、ありました! あの青い星……あれが私の星なのですね……」


 嬉しそうに言うフリージアにブルーエルは目を細めた。


「ブルーエルはこんなに素敵な目を持っているんですね……星空がいつもの何倍も素敵に見えます……あ……」


「どうかした? 」


「あの黒いモヤはなんですか? 」


 フリージアが指差す方を見ると、紺色の空に影のような黒いものが点在していた。


「あれは死の予兆。 あの黒いものが星を飲み込むとき、星の持ち主も命を落とすんだ」


「星空をみるだけでそこまでわかるのですか……私の星の周りにもありますね……」


 フリージアの声のトーンが落ちる。自分の死の予兆を知って心が波立たない人間はいないだろう。


「魔女狩りが始まったときと同じ。 君に命の危険が迫っているんだ。 ……やっぱりほとぼりが冷めるまで魔界に行かない? 」


「そういって契約の途中で私の魂を得る気ですか? 」


 その手には乗らないと、笑うフリージアに、ブルーエルは真剣な眼差しを向けた。


「僕は君を危険から遠ざけたいんだよ」


「………」


「君の魂は契約した通り、君がいいと言うときまで無理に奪おうとする気はない。 でも、魔女狩りの所為で契約が途中で無理に破棄されてしまうと、君の魂は僕のものにはならない。 それに命を落とすことになれば、君の望みは叶わなくなる、というのは言わなくてもわかるよね」


「それは……」


 フリージアの望みはブルーエルから薬草学の知識を借りて、多くの人を助けることと、天文学の知識を学ぶことだ。


 それどころか魔女狩りで失われた魂は天使に捕らえられ、悪魔のものにはならない代わりに、転生もゆるされない。


 煉獄で鎖に繋がれ、永遠に囚われの身となるのだ。


 その煉獄という言葉に魔女でありその知識もあるフリージアはさすがに余裕を保つことができずに顔を青くした。


「ですが、魔界は人が行っても大丈夫なのですか……?」


 魂の贖罪が済めば転生が許される地獄よりも、それが許されない煉獄はある意味地獄よりも過酷な場所だ。


「わからないけど、大丈夫にする」


 いままで生身の人間が魔界で過ごしたと聞いたことは彼の記憶の中にはない。

 彼女に嘘をつくことを契約で禁じられている彼は正直に答えた。


「なぜあなたはそこまでしてくれるのですか? 悪魔というのは契約の内容だけこなすというものだと先生から聞いていましたが、あなたはそれ以上のことをしてくれます。 なぜですか? 」


 不思議そうに首を傾げるフリージアの目を間近で見つめながら答える。


「君が好きだからだよ。 悪魔なのにおかしいって思うかもしれないけど、僕は純粋にただ君を守りたいだけだ」


 そのための方法があるならなんでもするし、可能性は試したい。


「す、好きって……一体どういう意味の……?」


「君のことが好きだっていう気持ちに説明が必要なの?」


 突然の告白に真っ赤な顔をして俯くフリージアは、しどろもどろに言葉をつづけた。


「ゆ、友情的な意味か、その……恋愛的な意味かわかりかねますので……」


「フリージアはどっちがいいの?」


「どっちって……?」


 ブルーエルの答えが予想外だったのか、俯いた顔を上げたフリージアの顔は、鳩が豆鉄砲を食ったようなものだった。


「契約に基づいて僕は君の望む答えを言うよ」


「さすが、悪魔ですね。意地が悪い言い方です」


「褒めてくれてどうも」


 皮肉を返すと悔しそうだが、フリージアは微笑んでいた。


 契約を結んで以来、言葉で勝ったことなどなかったブルーエルは少し嬉しくなり、誇らしい気持ちにもなった。


「君は僕をこの世界に唯一つなぎとめられる存在であり、ある意味絶対的な力を僕に対して持っていて、君がいなければ僕はこの世界に存在出来なくなる。 だから僕は君を守りたい。 何度でも言うよ。 僕と魔界に一緒に来てほしい。 多分あそこなら君を守ることができるから」


 相手はただの人間だ。


 魔界にまで追いかけてくることはできないはずだ。


「少しだけ時間をください……魔界に行くなんて、想像がつきません……」


 そう言って、フリージアはベンチを立ち、家の中に戻っていった。その背を見送り、ブルーエルは再び空に目を向けた。


 黒いもやはフリージアの星の傍に蠢いたままだ。


「あんなもの消せたらいいのに……」


 手の中のカップはもう熱を失い、ホットミルクはただの甘いミルクになってしまっていた。

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