永遠の契約を君と(六)
フリージアは微笑み言葉を続ける。
「だからあの石塔にあなたがガルシア様と助けに来てくれた時はとても嬉しかった。でも、塔から出て夜空を見ても私の星に近づく影は消えていなかったから、私は……」
「だから処刑台で僕に助けてって言わなかったの?」
「私の人生は、やはりあの時終わることが決まっていたのです」
「え、おかしいでしょ、なんで、どうしてそれで納得できるの? あの時僕に助けを望んだらもっと生き延びられるかもしれなかったのに……なんで」
フリージアがそうしなかった理由がわからないブルーエルには納得出来なかった。
あの時彼女が望めば命と引き換えにしたって彼女をあの場から遠ざけたのに。
「あなたが無事では済まないからです。ただでさえ私を塔から救う時に傷だらけになって、処刑場へ向かう時には盾になって……それに、あの場にはネリをはじめとして多くの天使たちがいました。魔獣化したとしても切り抜けることは難しかったでしょう?」
フリージアの言葉にブルーエルは返す言葉が思いつかなかった。だって彼女の言う通りだから。
「肉体を失ったとしても契約により私の魂はあなたの元へ行くことになっていました。ネリたちの……天使たちの手に渡るよりずっといい、それならばいっそ、と私はそう考えていました」
「そんな……」
「炎に包まれた時も、あなたが近くにいたから、怖かったけれど私の魂はあなたの元に行くとわかっていたから、安らかな気持ちでもいたのですよ」
「あそこでは結局、君の魂はガルシアに取られたけどね……」
申し訳なさそうに言うブルーエルに「とんでもない」とフリージアは首を振って微笑んだ。
「ネリの元に行くよりマシです。それに、今こうしてあなたの元に来ることができています。悪魔であるあなたに引き渡すなど、熾天使の長であるガルシア様でなければできなかったことでしょう」
フリージアの言葉にブルーエルは唸った。
姫巫女だからと言ってここまで知恵が回るものなのか、と。
「私は肉体を失って、姫巫女でなくなって……今、初めて自由を手に入れることができたのかもしれません」
「フリージア……」
「なんて、ね。それで、これから私はあなたと魔界へ行くのですか?」
そしてまるでピクニックに行くかのような軽い調子でフリージアは言った。
だがブルーエルは俯き、沈黙した。彼女は魔界に来ることはできないのだとフリージアにどう告げたらいいのだろうかと、ブルーエルはまだ心が定まっていなかったからだ。
「ブルー?」
心配そうなフリージアに答えることができずにブルーエルは顔を上げないまま口を開いた。
「フリージアは本当に魔界に来たいの?」
「それは……でも、そういう契約ですよね。死後は私の魂をあなたに渡す、と」
ブルーエルは重たい気持ちになりながらも口を開いた。
「正直に言うよ。君が処刑されて魂がガルシアの手に渡った時点で契約は解消されたんだ。だから君が魔界に来る必要はない。それに、君は魔界に足を踏み入れることはできない」
「私は魔界へは行けない……何故です?」
ブルーエルの言葉はフリージアにとって予想外のものだったようで、彼女はとても驚いた顔をしていた。先ほどの余裕ある様子とは正反対だ。
「生前姫巫女だった君の魂は清らかすぎて、魔界の瘴気に耐えられないんだ」
ブルーエルはディウスから聞いたことを簡潔にフリージアに伝えた。
「まあ……僕が君を……食べて体の一部とするなら別だけど」
「私の魂を、食べる……?」
「もちろん僕にその意思はないけどね」
慌てて訂正したがフリージアの表情はやわらぐことはなく、険しさが増していく。
「私を食べる意思はない?何故?あなたは私の魂が欲しかったのではないんですか?」
「欲しいよ。欲しいけど、でも、ね……」
ブルーエルは大きく息を吐いてから、かおをあげてフリージアを真っ直ぐに見つめて意を決して言葉を返した。
「実は君に転生してもらいたいと思っている」
「転生……どうして、どういうことですか、ブルー?」
フリージアが手を伸ばしてきたが、その手はそのままブルーエルの手を通り抜けてしまった。