永遠の契約を君と(三)
興味津々なガルシアの言葉にブルーエルは手のひらの上で輝く魂を眺めて首を振った。
「彼女を魔界には連れて行けない」
魂を見つめてブルーエルは呟いた。
一目見て悟った。
やはりこの清浄な魂は、魔界の瘴気に触れた途端に消えてしまうだろう、と。
ディウスの話を聞いたときは半信半疑だった。
魂を管理する場所の一つである魔界や地獄に連れて行くことのできない魂などあるものかと思ったのだが、今までフリージアの魂ほど清浄な魂に出会わなかったからだと思い知った。
「じゃあ、どうするんだ?俺様的には彼女を天界に天使として迎え入れてもいいと思うのだが。あそこには彼女が信仰していたカヌアンの地母神だった天使もいるしな」
ツァフの下で下級天使となり天界の仕事を覚えてもらうのも悪くないだろうとガルシアが言った。
ガルシアの本音としては天使を一体消してしまったから、新しい人材は喉から手が出るほど欲しいのだ。
だが彼女は天界にいくことは望まないだろう、とブルーエルはどこか確信めいたものを感じていた。
ガルシアの問いかけに困ったようにあたりを見回すと、ふと、ブルーエルの視線が川に向かった。
軽やかな水音と丸い石にぶつかり音を立てながら上がる水流の飛沫が星の光を反射してとても綺麗だ。
「おい、待てよ。転生したらそれはフリージアじゃない、全くの別人になるんだぞ。それで本当にいいのか?彼女はそれを望んでいるのか?」
ブルーエルがフリージアの魂を川に流して転生させようかと考えていたのに気づいたのか、慌ててガルシアが止めに入った。
「だって魂は変わらないだろう?僕はただ彼女に人の世界で生きて欲しい。彼女が今生で見るはずだった未来を、新しい人生で見て、味わって欲しいんだ」
魔界に連れていけないのならば人として生きて欲しいとブルーエルは思った。
姫巫女としてフリージアが望んで、自ら進んでしたことにせよ、彼女は自己犠牲を強いられて生きてきた。
だから今生でできなかったことを新しい生で歩んで欲しい、と。
「でもフリージアはどう思うかな……」
物言わぬ光の球となった今は彼女に何も聞くことはできない。
天使や悪魔はその人が望まない限り行動ができない。
魂となった存在はその限りではないが、やはりブルーエルはフリージアの気持ちも聞きたかった。
「迷いがあるなら、彼女に聞いてみるか?」
「え?」
ガルシアが腕を組んで、彼にしては珍しく難しい顔をしながら言った。
「俺様がフリージアと会話できるようにしてやるよ」
「おや、あなたがそこまでやるとは驚きですね」
「これでも責任ってのを感じているんだよ」
ディウスの茶化しに真面目な顔で淡々とそう返すと、ガルシアは翼から深いエメラルドグリーンの羽を一枚抜いて魂を撫でた。
「熾天使ガルシアが許可する。フリージアの魂よ、生前の姿になれ」
ガルシアがそう言うと、光り輝く魂から光の粒子が螺旋を描き、人一人が入れるくらいの大きさの球体となった。
そしてそれは形を様々に変えていき、やがて人の形をつくると霧のように光が弾け、ようやくフリージアの姿になった。
死を迎えた魂は命を落とした時の姿で現れることが多いが、ツァフが魂の修復をしたためか、彼女は生前と変わらない姿でそこにいた。
ただ違うのは、彼女のまとうものが処刑された時に着ていた囚人服ではなく、銀の薔薇の刺繍が施された白いワンピースだということと、肉体はすでに失われているため半透明の姿であるということだった。