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後悔(二)

 窓から差し込むオレンジはもう、だいぶ細くなっていて、代わりに迫る黒い静寂が涙を隠してくれる気がした。


 そしてその少しずつ冷えていく空気が泣きはらした目のブルーエルには心地がよかった。


「そんなに泣くと目が溶けて無くなってしまいますよ」


「……ディウス様」


「目覚めたようですね」


 ノックとともに聞こえた柔らかな声に鼻をすすりながらブルーエルが顔を上げると、人の姿に変化したディウスがドアの前に立っていた。


 彼の服装は魔王の絢爛豪華な衣装ではなく、いつもの地味な事務作業の服だ。


 その手にはあかりが灯されたランプとティーセットが載った盆がある。


「ここは……?僕はどうしたんですか?」


 ブルーエルは流しっぱなしだった涙をようやく拭い、気がついてから抱えていた疑問を口にした。 


 ディウスはサイドテーブルに盆を置くと椅子をベッドのとなりに引いてゆっくり腰を下ろし、サイドテーブル上のランプに持ってきた灯を移した。


「ここは私の自宅の客間です。あなたは私が眠らせていました。あの後、錯乱状態になってしまったので」


 錯乱状態になったと言われても全く記憶がないため、どのようなことになったのかはブルーエルにはわからない。


 だからディウスに対して何かとんでもないことをしでかしたのでは、と顔から血の気が引き、背筋を冷たいものが走る。


「申し訳ありません、ディウス様、僕……」


 ブルーエルの謝罪の言葉にディウスは「気にすることはない」というふうに微笑んだ。


「それよりもお腹は空いていませんか?軽食を用意したのですが」


 ディウスの問いかけに答えるよりも早く、ブルーエルがサイドテーブルの上に並んだサンドイッチを見つけた途端、腹が小さく返事をした。


「し、失礼しました……」


 フリージアを喪って悲しいはずなのに、悲しみに浸っていないといけないはずなのにお腹が減るのが自分でも許せなくて、恥ずかしくて毛布を握った。


「空腹を感じるのは良いことですよ。力を取り戻そうとしている証拠です」


「でも、今は食事をとるような気分では……」


 お腹は鳴るものの、今はのんびり食事をとるような気分にはやっぱりなれないのだとブルーエルは俯いた。


 椅子から立ち上がったディウスはブルーエルのとなりに腰掛け、毛布を握りしめるブルーエルに手を重ねた。


 ディウスの手のぬくもりに、自分の体がやけに冷えていることにブルーエルは気づいた。


「あなたは魔界への強制転送を拒んだ上、地獄の門を開いたのですから。ちゃんとエネルギーを補給しないと契約者のいないあなたは体を維持できなくなって消滅してしまいますよ」


「それは……でも……」


 ディウスの言葉にブルーエルは言葉を詰まらせた。契約者がいない、という事実を第三者の口から聞くと否応無く現実を思い知らされたようにも感じて胸が痛んだ。


「……フリージアの魂はどうなったんですか?」


 俯いたままディウスに訊ねる。フリージアの魂がもう煉獄にあると言われるかもしれないと思うと、正直に言えばブルーエルはディウスの答えを聞くのが怖かった。


「彼女の魂はまだガルシアの元にあるでしょう。大丈夫。彼女の魂は煉獄にはいきませんよ」


「なんでわかるんですか、そんなこと!」


 フリージアの魂は天使の、しかも熾天使長ガルシアの手にある。それだけで煉獄に行くことが決まっているようなものなのに。


 彼はブルーエルが煉獄の天使から取り返した彼女の魂をブルーエルから奪って行ったのに。


 感情が昂ぶったブルーエルをディウスはじっと見つめ、声を荒らげるでもなく、彼はただ微笑んだ。


「では、あなたはやはり彼女の魂は煉獄に行くべきだと?」


「いえ、それは絶対にありえません。僕が言いたいのはそういうことではなく……」


 静かなディウスの問いかけの言葉に、ブルーエルは首を振った。天使の手にある以上、煉獄に行く可能性はゼロとは言えない。


 いくら熾天使長ガルシアでも彼女の魂の行き先を独断で変えることができるとは思えなかった。


「大丈夫です。ガルシアを信じてください」


「……はい」


 納得いかないが、今はディウスの言う通りガルシアを信じるしかないようだ。


 彼だってフリージアを知らないわけではない。


 きっと悪いようにはしないはずだとブルーエルは自分に言い聞かせ、心を落ち着かせた。


「それから、ガルシアからあなたへの言伝で、忘却の川に来るよう言っていました。食事を終えたら一緒に行きましょう」


「待ってください、ディウス様……そんなことを聞いたら食事をとる暇なんて……」


 きっとガルシアはブルーエルにフリージアの魂を返してくれるのだ。


 そんな期待に鼓動が早まる。早くガルシアの元に行かなければとブルーエルはベッドから降りようとした。


 しかしそれをディウスは許さなかった。


「お待ちなさい。消滅したらフリージアさんには二度と会えませんよ。よろしいのですか?」


 ブルーエルに向けられた、にこやかだけれどほんの少しの怒りが滲んだ魔王の視線にブルーエルは身を竦ませベッドに戻った。


「わかりました……」


 はやる気持ちを抑えてブルーエルが頷くと、すぐにディウスから怒りの気配が消えた。


 そして食器の用意をし始めた彼の雰囲気がいつもの穏やかなもの戻ったことにブルーエルは胸をなでおろした。

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