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消滅

 ルドラー達がフリージアの処刑の後、壇上から降りて向かったのはアンネルのはずれにある一軒の小屋であった。


 そこは隠れ住むカナアン教徒たちが集会を行う場所で、フリージアを姫巫女として崇拝していた数十名が彼女の安らかな冥土への旅路を祈っていた。


「さあ、姫巫女の仇を取りに行きましょう。女神アナトの加護を我らに!」


 祭壇に祀られた羽の生えた女神像に供えられていた宝剣を掲げ、長が叫ぶと、力強い返答が返ってくる。


「そうはさせません」


 そんな場所に僧兵を率いてたどり着いたルドラーは、引き連れてきた僧兵団を突入させた。


「この、悪魔が……っ!」


「何を仰る。わたしは天の執行人です。さあ、裁きと浄化の時です」


 憎々しげな長の言葉にルドラーは眉根を寄せ笑う。僧兵達は彼らの崇拝する神像や祭器を叩き壊し、逃げ惑うカヌアン信者らを拘束した。


 抵抗するものは容赦なくその命を絶った。


 香のかぐわしい香りで満ちていた小屋はあっという間に血生臭さでいっぱいになり、戦の女神アナトに捧げられていた花も踏みつけられ散り、花びらは血に塗れている。


 そして袋の鼠状態で易々と捕えることができた信者たちは、また後日に“浄化”するために石塔の地下牢へ運ばれたのだった。


「ふふふ、これぞ、神のご加護……!さあ、汚れし場所に浄化の炎を」


 ルドラーの指示で小屋に火が放たれると、黒い煙が天に上っていった。




 冴え冴えとした夜空の下にそびえる石塔の祈りの間。そこには壇上のネリに跪くルドラーの姿があった。


「天使様、いつもお導きをありがとうございます。天使様のおかげで、この街の悪しきものたちを一掃することが出来ました」


 一仕事終えたと晴れやかな表情のルドラーとは対照的に、ネリは無表情のままだ。


「よくやりました、ルドラー。これもこの街の浄化に必要なことなのです」


 しかし背後に五体の天使を従えたネリの声は満足げだ。


「これでようやく、私も熾天使の地位に……」


「ご機嫌だな、ネリ」


 入口上の天窓からバサバサと羽音を立てながら二体の天使が降り立ち、靴音を響かせながら赤い絨毯の上を進んでネリとルドラーの元へとやってきた。


 しかしその一体の天使を見てネリは眉間にしわを寄せ、警戒心をあらわにした。


「ガルシア様……」


「ガルシア?まさか、熾天使ガルシア様ですか!?」


 ネリの言葉に素早く反応したルドラーは興奮したように駆け寄り、足を縺れさせながら跪いた。慌ててネリと下級天使たちもその場に跪き、こうべを垂れた。


「どうやってここへ?それにそちらの方は一体……?天界ではお見受けしたことがない方ですが……」


「初めまして」


 困惑するネリの問いに ガルシアの隣に立つ天使は名乗らずに小首を傾げて笑顔で返した。


「ネリ、その言い方は俺が来たら困ることでもあるのかと疑うが?」


「いえそういうわけでは……」


 ガルシアがネリの質問にそっけなく答えると、明らかにネリは動揺したように目を泳がせた。


 ガルシアは跪いたままの五体の天使たちに天界へ帰る指示を出すと、その場に残ったネリに鋭い視線を向けた。


 それは普段ヘラヘラしているガルシアの姿からは想像できない、誰も見たこともないような、激しい怒りの炎を宿した表情だ。


 だがその視線を避けるでもなく、ネリは跪きながらも彼をまっすぐ見据えている。


 祈りの間にひりついた緊張が走る。


「あぁ、天使様がここに、こんなに降臨されるとは…これはまさに私の偉業が天に認められたということですね!」


 しかしその空気を壊したのはルドラーだった。


 彼はまるで天国にいるようだと感極まった様子で両手を組み何度も拝んでいる。だがガルシアはそんな彼に目もくれずにネリを見下ろしている。


 そこでガルシアの隣に立っていた天使は目の前で跪くルドラーに視線を合わせるように片膝をついてかがんだ。


 肩まで伸びた、切りそろえられたさらりとした金の髪が揺れる。


 そして彼の淡い緑色の瞳にはルドラーの姿が映っている。


 そのことに気づいたルドラーは、天使と目を合わせるなど畏れ多いと慌てて平伏した。


「あなたは多くの異教徒を処刑されたと聞いておりますが」


「は、はい、今日も魔女を浄化致しました」


 興奮しているのか、ルドラーは頰を赤く染め、上ずった声で名無しの天使に答える。


「あなたは魔女の魂がどのようなものだと思いますか?」


 薄紅色の唇が言葉を紡ぐ。


 心地よい音律のその声に、ルドラーは夢心地になる。


 ぼんやりとする意識の中でルドラーは、天使とは整った顔立ちが多いときくが、目の前にいる天使はまるで人形……いや、花のように可憐で、美しい。そんなことを考えていた。


「どす黒く腐ったものだと聞いております」


「そうですか」


 その天使の美しさに骨抜きになり、上ずったかすれ声でぼんやりと答えるルドラーへ向けてにこやかに頷くと、名無しの可憐な天使は懐から円筒を取り出した。


「これは今日、あなたが手を下した魔女フリージアの魂です」


 蓋を開けて彼が差し出した魂は真白に光り輝いており、ルドラーの目が驚愕に見開かれる。


 その純白の光は、誰が見ても魂の持ち主が善人であったことを認めざるを得ないものだった。


「そんな、まさか……」


「天使が大罪である嘘をつくとでも?」


 ガルシアの言葉にルドラーは困惑した表情でネリを仰いだ。


「天使様、これは一体……?」


「あの魔女の魂は煉獄にあるはずです。それはきっと偽物でしょう」


 ルドラーの問いに、ネリは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。


「偽物かどうかはあなたがよくご存知のはずですよ」


 名も明かさない可憐な天使がにこやかなままでそういうと、ネリは魂を見つめ、それからしばらくして表情を変えた。


「馬鹿な……」


「天使様?」


 ルドラーの問いにネリは首を振った。


「そんなはずはありません……断じて!そうだ、浄化です。聖なる油の炎に浄化されてあのように輝いているのでしょう」


 ネリはまるで自分に言い聞かせるように喚いている。その表情は無表情ではなく、明らかに焦っている。


「天使様……!」


 その様子から、ルドラーは白く輝いている魂が本当に今日“浄化”した魔女のものだと理解し、困惑して魂に再び目を向けた。


「お前は知っていたはずだ。彼女の善なる部分に」


「いいえ、あの魔女は悪しきものです!!悪魔を使役しておりました!未だに多くの人心を惑わし、彼らの真の教えと救いへの道へ進むこと阻んでいたのです!!」


「その“彼ら”もどうせ“浄化”するつもりだったんだろう?」


「私は熾天使になるのです。そのためには多くの魂の浄化の実績が必要なのです。そして、この街だけではなく、多くの人を、国を、世界を浄化するのです!全ては主たる神のために!」


 ガルシアの言葉に叫ぶように言うネリの言葉に、呆れてガルシアがため息をついた。


「知らないのか?我々の位階は主が定めたものだ。これは人間の世界のように実績云々で上下するものじゃない」


 わかっているはずだとガルシアは諭すようにネリへと言葉をかけ続ける。


 だがネリには届いているのかいないのか。彼は俯いたまま何かをブツブツとつぶやいている。


「お前は自分の『熾天使になりたい』という欲望を叶えるために多くの人命を奪い、人間界を混乱させた。しかもそのために禁忌であるセフィロトの技術を持ち込んだ。その罪は魔界に堕天したくらいじゃ償いきれないだろう」


 そう言いながらガルシアは鞘からゆっくりと剣を抜く。


 その様子を見てネリがたじろいだ。


「何を……あなたはあの魔女を善なるものというのですか……?それは絶対に違う、認められません。あなたは熾天使失格です」


 唇を震わせ、ネリはメイスを構えた。


「俺が熾天使失格だと?笑わせるな。お前にそれを決める権利はない」


 ネリの言葉を鼻で笑い、ガルシアは剣先をネリへと向けた。


 燭台の炎を反射して鈍く光る剣身に、ネリの動揺した姿が映っている。


「お前たちは自分の欲望を叶えるために一体どれだけの人間を“浄化”したんだ?」


聖櫃アーク……」


「同じ手が二度通用するかよ!」


 ガルシアは以前と同じように無効化の動きを取ろうとしたネリに素早く間合いを詰めると、その手から素早くメイスを打ち落とし、みぞおちに剣の柄を埋め込んだ。


「ぐっ……っ! 」


 衝撃に吹き飛ばされ、壁に身を打ち付け腹部を抑えながら咳き込むネリに、ガルシアは無表情で剣先を向ける。


「熾天使ガルシアの名の下に裁きを下す」


 そして感情を抑え、事務的に告げた。


「お前に下される裁きは、“消滅”。悔いる間も無く消えるがいい」


「ひ……っ!私は……っ熾天使に……!」


 身を返し、逃げ出そうとしたネリに向かって、ガルシアは容赦なく剣を振り下ろした。するとネリは叫ぶ間も無く光の粒子となり、霧散した。


 天使の消滅である。


「て、天使様?!」


 ネリの消滅を見たルドラーは目の前でなにが起きたのか信じられないというふうにガルシアを見上げる。


「───っ!」


 だがルドラーに投げかけられたガルシアの冷たい視線は、言外に次はお前の番だと告げていた。


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