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魔女と悪魔


挿絵(By みてみん)


 窓辺に置いてある小さなカフェテーブルで、分厚い本を広げてブルーエルはオレンジ色の瞳を動かしながら小さな文字を目で追っていた。


「ブルーエル、なにをしているのです?」


 悪魔であるブルーエルは彼の契約者であり、支配者である魔女フリージアに声をかけられ、本の中から意識を浮上させた。


 現実に引き戻された感覚にまだ慣れず、半分本の中に意識を残しながらも少し重い瞼を上げると、フリージアは夕焼けの日差しを遮るようにして窓辺に立っていた。


 契約者に無防備な姿を見られたのが恥ずかしくて、ブルーエルが慌てて姿勢を正すと小さなテーブルだったためか、勢いよく本が床に落ちた。


 木の床で背表紙を打った本はちょうど真ん中のページを開いている。何度も読んでいるものだから、癖が付いているのだ。


 ローブの袖から白い腕をのぞかせ、少し癖のある明るい赤茶色の髪をかきあげながらフリージアが本を拾ってくれた。


「ありがとう」


 ブルーエルはフリージアから手渡された本を大事にかかえた。

 それは人間界の植物について書かれた本で、薬草学が専門の一つでもあるブルーエルのお気に入りなのだ。


 そんな彼の様子に目を細めると、フリージアは柔らかな声で告げた。


「引っ越しますよ。 もっと森の奥に」


「また?」


 唐突に告げられた言葉に思わず眉間にしわを寄せて語気を強めた。


 そんなブルーエルの様子にフリージアは少し困った顔をして、本棚に飾ってある水晶に手を伸ばした。


「ほとぼりが冷めるまで、静かに暮らそうかなと思いまして」


 そう言って水晶玉をコロコロと手のひらで転がしながら、にっこりと笑う。


 今でこそ“潜みの森”の中に暮らしているが、フリージアは以前は国の中心に近い小さな“アンネル”という町住み、薬草の処方に関しては右に出るものはいないと評判の魔女であった。


 町の人々とも仲良く暮らしていたのだが、二年前、突如アンステラ国の情勢が一変した。


 それまで無宗教を貫いてきた国王が唯一神エルを信仰するエル神光教に入信し、それを国教にしてしまったのだ。


 そのため、それまで認めていた土着の信仰からくる薬草などを用いた治療やまじないを『邪なもの』として排除を始めたのである。


 魔女や魔法使いと呼ばれた者たちは『邪なものの使い』とみなされ、捕らえられ、処刑され始めたのだ。


 そしてフリージアと同じく、土着の信仰を守ってきた仲間の多くが火刑台に命の花を散らしていった。


 民たちに密告の報酬が出されたことも一因となり、全く魔術と関わりのない宗教学者や医師、産婆、はては薬草を扱う薬局の人間までとらえられ、命を落とした。


「フリージア、魔界にしばらくいかないか?」


 今の世の中は彼女にとって危険すぎる。


 契約者である自分の力が及ぶ範囲であれば、人間でも瘴気に満ちた魔界で過ごすことはできるはずだ。


「そんなことをしたら、こっちの世界の人々を助けられないじゃないですか」


 杖を振り、魔力を用いて荷造りをしながらフリージアが笑う。


「でも……」


「心配してくれるのですね。 ありがとうございます」


 にっこりと笑う彼女を手伝いながら、ブルーエルは唇をきゅっと結んだ。


「別に、契約だし」


 彼女が命を全うするまで望みの知識を与え、手助けをする。その報酬として魂をもらう契約なのだ。


 だから別に心配しているわけじゃない、とブルーエルはそっぽをむいた。


「今は仕方ないのです。 でもまた、以前のように町で人々と暮らせるようになるはずです」


 本当にそんな日が来るのだろうかとブルーエルはため息をついて、脚立に乗ったフリージアを見上げた。


 民衆たちの密告の報酬は、数年の生活に困らない程の大金である。

 また、貴族には華やかな人生のレールが用意されている。


 簡単に言えば、フリージアたち魔女は高額な賞金首なのだ。


 人間は欲望に弱い。

 それは悪魔である自分が一番よく知っている。


「さ、行きましょう。先生と過ごした家がまだ残っているはずです」


 最低限のものを詰め終わると、2人は小さな家を後にし、森の奥へと進んでいった。



フリージアイラスト

挿絵(By みてみん)

ブルーエルイラスト

挿絵(By みてみん)

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