準備中
「気分が優れないようですが大丈夫ですか?」
少しと言わない時間が経過しているはずなのに、まだ隣にいた彰が顔を覗き込んで来たのでそれを制すようにして右掌を向ける。
「大丈夫だ。問題ない」
僕が過去を振り返っている間に彼は僕の顔をじっと見ていて、何を読み取られたのか分かったものではない。
「そうですか。それならいいのですが…何かあれば言って下さいね。何せ我々は…」
「仲間だ…なんて言うんじゃないだろうね」
「「!?」」
彰のお節介な心配性に横槍が入り、反射的にその声元を振り向くとそこには、この船に乗り込む時に一悶着あった上村伸也が相変わらずいけ好かない不適な笑みを含んだ表情でバーのカウンター席に座っていた。
「マスター、フランス1928年産赤…あー、スパークリングで三つね」
「おい、未成年者は酒は飲めないことくらい小学生でも分かるだろ」
この船の招待客十人は全員中学生から高校生の間であるため、成人している者はこのゲームの関係者(バイトがいるかもしれんがそこまでは知らん)だけなので、彼もまたその招待客であるため年の瀬十八を越しているということはまずあり得ない。
「ははは。君、面白いことを言うね。でもね、こうは思えないかなー?」
僕が睨み付けていると彼は両の掌を返して続けた。
「おー怖い怖い。ま、僕たちは既に肉体年齢を凍結されているんだし、それにほぼ不老不死ときた。ならば酒を飲んだところで影響を受けるはずもないだろ?」
「アンタは体に悪影響があっても飲んでいたと思うけどな」
「違いない。ところで君達のさっきの話だけど、本当に僕たち十人でお仲間ごっこをやる気なのかい?」
「だったら、どうしたというんですか?」
「お、おい。僕はまだ仲間になるとは一言も…」
彰が僕を腕で制して一歩前に出る。
「本当にそうしたいならすればいいさ。だが僕は僕で勝手にやらせてもらうよ」
「それはどういう意味でしょうか?」
「せっかく10人もこの船に集まっているのなら、さっさと自分以外のその他9人を殺っちまって最強の能力者となればいい」
「お前、さっきも思ったけどやっぱり頭悪いな」
伸也のこめかみからプチッという音が立った気がしたのはどうやらそこに浮かぶ青筋が原因なのだろう。
「どういうことかな?」
「バカにはやはり説明が必要なのか…面倒くさい」
「それ、私も知りたいので是非とも教えて下さい!」
彰が身を乗り出して食い付いてくるのを無理矢理退け、乗船の際に支給された羊皮紙を自分のネズミ色のジャケットに付属するポケットから取り出して伸也の方へ向ける。
「お前、ここにいる全員の能力表見てないだろ?」
「そんな大事なものを見ないはずないでしょ。第一、見たからって変わる訳でもないだろうに」
「やっぱあんたバカだな」
「だからそれはどういう意味か説明しろと僕は言ってるんだ」
声は穏やかに抑えてはいるが、明らかな殺意と苛立ちは隠せていない。
やはりこの男はこのゲームに向いていないのだろうと深く長い溜め息をついてからやれやれと首をふる。
「彰…だっけ?これ、僕が注意して見ろと言ったら意味解るか?」
「どれどれ…」
指に挟んだ羊皮紙を肩越しで真後ろにつき出すと、彰はそれをまじまじと見つめる。
やがて…
「ほぉ。確かにコレは…」
その言葉に釣られて伸也が片眉を上げ、黒いジーンズのポケットから自分の羊皮紙を取り出してまじまじと見る。
「さすがに分かったろ」
「いいや、そんなもの存在しない。そうやって僕を惑わせて自分が生き残ろうとしてるんだろ」
「やれやれだ。説明しなかったらアンタが暴走しかねないから教えてやるよ」
「ねぇ、君。なんでそんなに偉そうなのかな。この船に乗る時もそうだったけどさぁっ…」
よほど歳下からの上から目線に耐えられないのか、十五歳の僕に十八歳の伸也が殺気を飛ばしているのが空気を伝って広まり、今この船体の広間にいる者全員がこちらを振り向く。
「へぇ、アンタそんなに凄い殺気を出せるんだ。それはそれで一種の能力だな」
「能力外能力、イクスアビリティと言ったところかな」
僕が素直な尊敬とからかいを混ぜて送ると伸也は不敵に口角を吊り上げた。
するとそこに闖入者が現れた。
「まぁまぁ、お二人さん。あんまりそう固そうにしなさんなや」
「っ…何だお前は」
伸也の肩をガッチリとホールドしている男は飄々(ひょうひょう)とした態度で割って入ってきた。恐らくは伸也の殺気の濃さを感じ取ってこの男を止めに来たのだろう。
男はカカカと笑って伸也の肩をバシバシと叩く。
「俺は御神昌っていって、ただのしがない高校三年生さ」
「ただの高校生がこんなクソ力出せるかよ!っ痛!」
迷惑そうにそう呟いた上村は肩を抑えて擦る。男の体格は筋肉質でかなり鍛えてそうなので、それにガッシリと掴まれた伸也の顔が歪んでいる。
「いい加減に…しろ!!」
口から呻くように吐き出された言葉と共に伸也の腰から隠されていたナイフが昌の顔面目掛けてつき出される。
一瞬、ほんの一瞬だけ御神の体がコマを飛ばした漫画やアニメのように不自然にカクっと動いたかのように見えた直後、御神の右掌は上村の突き出した右手首を捉えていた。
「ったく、せっかちな奴だ。一番先に死にたいなら俺は止めないぜ?」
「チッ、厄介な能力持ちやがって」
「ま、そういうことだ」
ニカッと笑う色黒の好青年に対して明らかな舌打ちをする上村は誰の目から見ても滑稽だった。
「そんなことより、アンタはあの羊皮紙を見て何かを感じたか」
僕から何度もバカだバカだと言われたことが煮え切らないらしく、恐らくは他の奴にも分からないだろうということを証明したいのであろう。
「ああ、アレだろ。仲間になった方がメリットになる理由のことだろ?まさかお前、分からないのか?」
ニヤリと片方の口角を上げる昌が一歩近付くとそれにつられた伸也が一歩後退る。
「なっ、こんな筋肉バカに分かって僕に分からないなんて…そんなの認めない。僕は認めないぞ!」
言葉が言い終わるかどうかという時だった。一瞬にして上村の姿は消え去り、そして…
ドスッ!!!
という鈍い音が京都たちの目の前で響く。
その先には伸也の持ったナイフと体を貫かれている御神昌の体があった。
だが、そこで全ては終わりではなかった。
ボフン!!!
というアニメなんかの煙発声エフェクトと共に、昌の体が消え、代わりに先程伸也が頼んでいた酒のボトルがナイフの先に刺さり、中身が彼の右腕に滴っていた。
「ふぅ、危ねえ危ねえ」
「変わり身の術とは、お前、何の能力者なんだ」
「いやぁ、こいつぁ俺の能力じゃねえよ。あんがとな、祈梨」
愛でるようにして御神が頭を撫でる少女の出で立ちはまるで小学生のようだが、この船の客人は最年少はこの僕の十五歳であるのは招待状等で分かっているため、少なくとも高校生ということになる。胸のサイズは…察してくれ。
「…だいじょぶ?」
あどけなさの残るその瞳で御神の顔を見つめる。コイツらの関係は一体…
京都が思考を巡らせていると、御神が慌てて説明する。
「あ、えっとな、コイツは俺の妹だ。父親は違うけどな」
「そうか、それで苗字が違う訳か…」
同じ家に住んでいなければそれはそれで納得がいく。だが、雰囲気から見てとれる信頼関係があの二人には出来ている。それは何故だ。
京都の疑問符にたまたま答える形で御神が続ける。
「確かに苗字が違うのは両親の離婚なんだが、母方に引き取られた当時の俺は苗字が変わることを拒んだんだよ。だから祈梨と俺は同じ場所に住んでいる兄妹だが、苗字が異なるってわけさ」
「誰も貴様の境遇など聞きたくはない。僕との勝負の途中に何いい話してやがる」
「ったく、まだやるのか?俺と、祈梨の能力があればお前の能力が何だろうと勝てないよ、俺たちには」
「ちっ、興が削がれた。僕は部屋に戻る」
「へいへい」