白詰草
僕は、とある島に行くために、連絡船に乗っていた。まだ十五年しか生きていない体には、二時間くらいの船旅でも、体に堪える。
今から行く島は、とても小さくて、人口も百人前後という場所だ。主な産業は漁業で、ちょっとした魚とかを取って、つつましく暮らしているらしい。
船の中の蒸し暑さに耐えかねて、船の外で涼しんでいたが、潮風が不快に感じたので、船の中に戻る。船の中では、両親がいらいらとした雰囲気を纏っていた。ぶつぶつと恨み言を呟いていて、とても病的に見える。
両親がこの状態になってから、僕は島へと行くことを告げられた。何故かと理由を聞くと、仕事の事情だと言って、全く教えてくれなかった。仕事で何かあったのかもしれない。
ぶつぶつと恨み言が聞こえる中で、島へ着くのを待つ。暇だったので恨み言の内容を聞いていると、父親は、あの裏切り者が、とか、あいつを今の地位まで上げてやったのは誰だと思ってる、とか、そんなことを呟いている。母親は、なんであの家を引き払わなくちゃならないのよ、とか、なんでこんな田舎に、とか言っている。
そんな恨み言を聞いていて、僕まで憂鬱な気分になりそうだったので、再び船のデッキに出る。すると、さっきまで見えなかった島が見えていた。
島は、中心に小さな山があって、その麓に、小さな港町が一つある。町の部分以外は、ほとんどが木々に覆われている。港にも、船が二、三隻漂っているだけだ。寂れた、とまでは言わないが、あまり栄えてはいないと言えそうだ。
島の港に着くと、荷物を持って島へと降り立った。潮風が肌に張り付いてあまり良い気持ちではない。早く家の中に入ってしまいたい。
新しい家へと向かっている両親に付いて、僕も家へと向かう。僕の荷物は、背負った少し大きめのリュックサック一つだけだ。その中にも、着替えと、教科書や参考書などの勉強道具と、ゲームが一つだけだ。
両親が一つの家に入ったので、それに続いて僕も入る。そこには、木造で、縁側があり、家の中は畳で出来ているという、古来ありそうな日本家屋だった。掃除はしてあったようで、ほこりなどが落ちている様子はない。大きさも、一般的な家よりも大きく、部屋の数も多そうだった。
中には、生活するのに最低限必要な家具や家電などが一式揃っていた。両親が、そのまま、やることもやらずに布団で寝てしまったので、僕も自分の布団で寝た。
次の日、僕は学校へ行った。島にある学校は、そこしかないので、必然的にそこに通うことになった。
学校は、学校としては小さかった。一階建てで、部屋もいくつかしかなく、見たときに、本当に学校なのかと疑うほどだった。
学校に入って正面に昇降口があったので、そこから入る。下駄箱も、十人分くらいしかなくて、子供の数も少ないんだろうと思われた。
まだ、使っていい場所が何処だか分からないので、取り敢えず端の方に靴を置いて、これまでも使っていた上履きに履き替える。
中に入ると、職員室と表記された部屋があったので、来たことを伝えるために入る。引き戸を開けると、中には、一人だけ、妙齢の女性が、一つしか無い机に座って本を読んでいた。
「こんにちは、今日からここに通うことになったので、挨拶をしに来ました」
「あぁ、こんにちは。よろしくね」
その女性は、黒縁の眼鏡をかけていて、とても知的そうだった。最初に、必要なことだけを話すと、すぐに教室へと連れていかれた。
教室へ行くと、中には、女の子が一人しかいなかった。一目見た感じでは、僕と同い年くらいで、整った顔立ちをしていた。
「よろしくお願いします」
僕が、先生に連れられて、挨拶をすると、よろしく、とだけ小さく返事をした。
その後、すぐに授業になった。とはいっても、名ばかりの授業だった。とても簡単なところだったからだ。やる気にもならずに、授業中ずっとぼーっとしていた。暇だったので、時折女の子の方を見ると、一応授業を聞いているようだったが、つまらなそうにしていた。
授業が終わると、先生は、さようならとだけ言って、どこかへ行ってしまった。女の子も、授業が終わった途端に足早に去って行った。
僕も、やることがあるわけではないので、誰もいない教室を出た。
家に帰ると、両親が、何もやらずに家の中で座っていた。焦点の定まらない目で、恨み言を呟いているその姿は、妖怪か何かのように感じられた。
たまらなくなって、僕は家から出た。町の中を少し歩くと、町の外に出られる場所まで行ってしまった。さすがに、町の外にまで出たいとは思わなかったので、引き返した。
港の方まで行った。港では、ちょうど漁に行っていた船が帰って来ていたところだった。少し離れたところから見ていると、働いていた男の人から、もっと近くで見てみろ、と言われたので、素直に近づいて見た。
働いている人は、二十歳くらいの人から、五十歳くらいの男の人までいた。女性も数人働いている。彼ら彼女らは、大きめの四角い籠に入った魚たちを、次々と運んでいた。運んだ先では、魚を、種類や大きさなどでいくつかに分けていた。
日が暮れてきた頃に、その運搬作業と仕分け作業は終わった。ほかに見るものも無かったので、家に帰った。
次の日も、学校へと行った。下駄箱の場所も割り振られたので、自分の場所へと入れる。教室へと行くと、女の子が、自分の席に座って、黙々と本を読んでいた。
「おはよう」
僕が挨拶をすると、女の子は、チラッと僕の方を見たが、何も言わずに本に目を移した。
自分の席に着いて、しばらくすると、先生がやってきた。先生は、おはよう、とだけ言って、すぐに授業へと入った。
今日の内容も、既に習ってしまっている内容だけだった。分かり切っているので、一応聞いているふりをしながら、女の子の方を見たり、窓の外を見たりしていた。
授業が終わると、昨日と同じように、すぐに家へと帰った。
両親は、変わらず妖怪のような状態だったので、すぐに家を出た。
昨日と同じように、町をぐるりと見回して、港へと行った。
港では、本州の方から来たと思われる船から、野菜などの食料や、生活必需品などを運び出していた。昨日、魚を運んでいる人と同じなのを見て、人が少ないんだなと思った。
昨日、近くで見ていろ、と言われたので、今日は最初から近くで見ていた。船の中から荷物を運び出すと、今度は、昨日取れた魚を逆に運び入れていた。
それが終わってしまうと、船はすぐさま本州の方へと戻って行った。帰ろうとすると、学校で同じ教室の女の子が、港の近くにある倉庫の近くで立っているのを見つけた。女の子も、一瞬僕の方に気が付いたが、すぐに興味を失ったように目をそらした。
次の日も、昨日と同じように、学校ではぼーっとしながら過ごした。相変わらず、授業が終わると、教室からは、あっという間に先生と女の子は出て行った。僕も、同じようにすぐに出た。
家に帰ると、昨日と同じように、うつろな目をした両親が待っていた。以前は、家に帰っても誰もいなかったことを考えると、少しはましなのかとも思ったが、両親ともが、正気を失っていたら、何も変わらないかと思って、家を出た。
昨日と同じように、町を回る。そろそろ、町にどんなものがあるのかも、大体分かってきた。どんなものがあるのか、と言っても、何もないことが分かっただけなのだが。
町と、町の外との境界の場所まで行くと、女の子が、町の外へと出て、森の中へと入っていくのが見えた。僕は、その先に何があるのかが気になって、女の子について行った。
女の子は、まるで自分の庭であるかのように、すいすいと先へ進んで行った。僕は、いままで全く触ったことすらない木々や草たちに足を取られて、それに四苦八苦していると、女の子を見失ってしまった。
女の子を見失うと、僕は、自分が何処にいるのか分からなくなっていることに気が付いた。しかし、歩き回って戻ろうとしても、草や木に足を取られて歩き回ることすらままならない。
どうにかしようにも、僕にはサバイバルの経験はない。それどころか、知識すらもない。僕は、途方に暮れて、その場に座った。
座ったまま、途方に暮れていると、いつの間にか日が暮れようとしていた。すると、近くから、ガサゴソと音がした。その音は、段々と、僕の方に近付いて来た。
とうとう、すぐそこまで近付いて来た。そして、そこからは、女の子が出てきた。
「なにしてるの?」
女の子は、不機嫌そうな表情で、僕を見ていたが、少しして、僕の状況に気が付いたようだった。そして、女の子は、不機嫌そうな表情のまま、僕を立たせた。
「行くよ」
女の子は、僕の手を取って、先導してくれた。町に着くころには、日も落ちて、薄暗くなっていた。
「ありがとう」
女の子は、僕のお礼に、見向きもせずに、そっぽを向いた。
「あっそ。じゃあね」
それだけ言って、彼女はどこかへ行ってしまった。僕も、時間も遅かったので、家に帰った。
次の日は、休みだったので、朝食を食べてすぐに、港へと行った。
港では、船に荷物などを積んでいた。漁の準備だろう。その作業を見ていると、男の人に、乗るか? と言われた。今日は、特にすることもなかったので、乗せてもらった。
漁船は、僕が乗ると、すぐに港を出た。漁船は、連絡船よりも早いので、潮風が、より不愉快に肌を撫でた。
魚を捕る場所に着くと、漁船から網を放り出した。漁船よりもより大きな網だった。網を放り出してしまうと、漁師の男の人たちは、休憩時間に入った。
一時間ぐらいした頃に、網を引き揚げた。その作業には、僕も手伝わされた。網には、多くの種類の魚が、大量にかかっていた。
彼らは、魚を網から取ると、小さな魚を海へと返していた。それ以外は、すぐに船の中へと投げ入れていた。
網を放り出すのは、一回だけのようで、それが終わると、港へと引き返した。港に着くと、最初に見た時と同じ光景になった。しかし、今回は、その光景に僕が加わった。
それが終わると、僕は、漁師の男の人たちの、長のような人に、夕食のお誘いを受けた。両親が心配するかもしれないと言って、僕は断った。
次の日も休みだった。僕は、町の外へと向かった。女の子が行っていた方だ。行ってみると、ちょうど女の子がそこにいて、森の中へと入っていくところだった。僕は、今日もその後を追った。
今日も、当然のように迷った。この土地で生まれて育った女の子を追うことなんて出来るわけがなかった。
幸いに、今日は浅いところで迷ったために、自力で戻ることが出来た。もし機会があれば、女の子に何処へ行っているのか聞いてみたいと思った。
家に帰ると、やはり狂ってしまった両親がいた。挨拶すらもせずに、ただただ食っては寝ているだけだ。そんな両親を無視して、僕は寝た。
次の日は、学校へと行った。学校には、女の子が既に本を読みながら、彼女の席に座っていた。
「おはよう」
僕は女の子に挨拶をした。女の子は、振り向きすらしなかった。それにも懲りずに色々と話しかけたが、すべてが無視された。
授業が終わると、女の子は、僕の方へと歩み寄って来た。女の子は、僕の目の前まで来ると、おもむろに片手をあげた。
そして、僕に平手打ちをした。打たれた頬は、痛かった。
「来てからずっと、なんなのその顔」
女の子は、僕を侮蔑の表情で見ながらそう言った。
「どういうこと?」
僕は、女の子を見ながらそう言った。
「その、辛気臭い顔よ。僕は可哀想な子なんです。だから助けられて当たり前なんです。なんて何食わぬ顔で生きてんじゃないわよ」
それだけ言って、女の子は教室を出た。その様子を見ていた先生が、僕のところに来た。
「どういう意味か、分かるかい?」
僕は、ただ首を振った。
「まあいい。今日は帰るといい」
それだけ言って、先生もどこかへ行った。
家に帰ることにした僕は、学校を出た。僕が歩いていると、僕の家がどちらだかを、おばあさんが教えてくれた。それに従って歩いていると、今度はおじいさんが道を教えてくれた。
家に帰ると、ご飯を作ってくれる人が、僕を出迎えてくれた。そして、昨日までと同じように、荷物を僕の部屋に持って行ってくれた。
家では、両親が、いまだに正気を失ったまま、世話をしてくれる人に看護をされていた。
家を出ると、多くの人が、どうしたんだと声をかけてくれた。心配してくれる人も多かった。
僕が、町の外の森へ行こうとすると、それを見かけた人が、危ないから行かない方がいいと言っていた。
僕が、森の中でさまよっていると、町の人が探しに来てくれた。
家に帰ると、ご飯を作ってくれる人が、僕のことを心配してくれた。
家には、僕の夕食が準備されていた。今日も魚だった。
僕の部屋には、僕の寝るようの布団が準備されていた。
今日も、いつも通りに、みんなが助けてくれた。いつも通りに、いつも通りに。




