お姉ちゃんは僕が守る。
目が覚めると、土の味がした。
顔の周りがひんやりとしていて、僕は自分が土の中に顔面を突っ込んでいることに気づいた。
「ケータさん! ケータさん! 大丈夫ですか?」
「…………」
ナッツに身体を揺すられて僕は、顔を地面から上げた。
「ギャー!!! ケータさん! ミミズ、ミミズが口から……おえっ」
「ぷっ」
口の中いっぱいにねちょねちょしたものが入っていると思ったらミミズだったらしい。ナッツはそんな僕を見てこみ上げてきた嘔吐を必死にこらえているらしかった。
「もう少しで……」
「はい?」
「もう少しでお姉ちゃんの匂いを堪能できたのにぃぃぃぃ!!」
「……ご無事なようでなによりです」
涙目になりながら、呆れた口調のナッツに、僕は周囲を見回していった。
「ところで、これはどういうこと?」
ここは家の庭で、芝生が無残な感じに所々掘り返され、一番大きな穴に僕は顔を突っ込んでいたらしい。
「ケータさんが意識を失ってから大変だったんですよ!」
まったくもう、と勢い込んでナッツは言う。
「ケータさん、意識失った後すぐに起きたんですけど、なんだか頭がおかしくなったみたいで、あ、頭がおかしいのは多分もともとだと思うんですけど、それ以上になんかパニック? 起こしてて、床とか壁にガンガンぶつかりながら部屋を飛び出して、庭に出ると地面に穴掘って顔を突っ込んだんです」
「なるほど」
「ホント、怖かったですよ。人間壊れるとこんなになるのかぁ、って」
どうやら、僕が土竜になっている間、僕の肉体には土竜が宿っていたらしい。なるほど。
さっきから両親が僕らを遠巻きに見つめながら遠い目をして、涙も涸れ果てたって感じの様子だけど納得だ。
「正気に戻って良かったです」
「正気というか、アレは僕じゃないよ、モグラだよ」
「はい?」
「ナッツがお姉ちゃんと入れ替わったのと一緒。僕はさっきまで異世界にいて、土竜になってお姉ちゃんを助けてた」
「ええ!?」
ナッツが驚きの声を上げる。
「うるさい」
「そ、そんなことありえません! ナシゴレンです!」
「うるさいって。ナッツ、あのペンダント見せて」
「は、はい!」
ナッツは胸元からペンダントを取り出して見せた。
「!Q!W"E#U'O)0P=!QW"Y&U'I(O)0PQ"WE#$R%TY&'UQ!"W#EY&U'(」
僕が呪文を唱えるとボウッとペンダントが光り、異世界のお姉ちゃんと、怪我をしながらも動くパーティメンバーの様子が映し出された。
「あ、兄も無事なようですね、よかった」
「チッ」
お姉ちゃんのそばに、僕が宿っていた土竜の死体があった。
どうやら僕を背後から襲ったのはナッツの兄だったようだ。くそっ、邪魔しやがって!
でもまぁ、ひとまずはお姉ちゃんが無事だったのでいいとしよう。
ペンダントの発光が消えて、お姉ちゃんたちの姿も消えた。
「ペンダント、まだ使えるみたいだな」
「そうですね……本当に奇跡なんですけど、まだ使えるみたいです」
それがわかっただけでもよかった。
「よかった」
「へ?」
「これで、お姉ちゃんを守ることができる」
僕の言葉にナッツはいやいや、と首を振った。
「ま、待ってくださいよケータさん! 確かに、お姉さん守れるかもですけど、中身が入れ替わるってことはその間、毎回今回みたいな奇行をケータさんの身体がするんですよ!? 今度はミミズよりヤバいモノ食べたりとかするかもですよ!? あ、思い出しただけで気持ち悪くなってきました……おぇっ」
そういいながらナッツは口元を押さえた。
「かまうもんか。お姉ちゃんを守るためなら、僕はどうなったって」
「け、ケータさん……そこまでシスコン極まると、呆れ通り越して吐き気を催します」
でも、とナッツは小さな声でつぶやいた。
「——ちょっとかっこいいかもです」
「おまえの評価とかいらないから」
「ひ、ヒドい……!」
こうして僕は、異世界勇者になったお姉ちゃんのことを、影ながら守ることにしたんだ。