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お姉ちゃんを守るのはいつだって僕(前編)

「え、うそ!? なんで!?」


 光を発したペンダントを見てナッツは驚きの声を上げた。


「僕のお姉ちゃんへの愛が奇跡を起こしたのかな?」

「あ、呪いか! 呪文を成立させるには魔力が必要なんですけど、呪文って名前の通り基本的に呪いの力なんですよね。納得です」

「ふふ、僕のお姉ちゃん愛は世界の境界も関係ないって証拠だね」

「わたしの話聞いてます?」

「よーし、お姉ちゃん待っててね、今会いに行くよ!」

「聞いてませんね?」


 そのとき、ペンダントの光がふっと像を結んだ。


「お姉ちゃん!!」


 それは異世界の映像だった。鏡状になったペンダントに、異世界にいるお姉ちゃんの姿が映っていた。いや、それは正しくはお姉ちゃんではない。たぶん、ナッツの肉体だと思う。

 金色の髪に長い耳、豊満な胸と相反する引き締まった体躯。本当のお姉ちゃんの姿には劣るけどそこそこ美人と言える顔立ち。


「なんで一目でわかるんですか……あれ、わたしですよ」

「そんなの、歩き方と呼吸の仕方でわかるでしょ? あとオーラが違う。やっぱりお姉ちゃんからはハッピーが滲みでてる」

「いやいや、本人でもわからないのに……あ、でも確かに動きはわたしらしくないといえばそうかも?」


 お姉ちゃんは、異世界の森の中を歩いているようだった。周囲にはパーティーメンバーらしい男が二人と女が一人。男連れで旅なんて、お姉ちゃんが心配だ。

 お姉ちゃんは慣れない山道を歩いているせいかかなり疲れているみたいだった。表情には出していないが足取りの雰囲気からそれがわかる。


「あっ!!」


 ふと、お姉ちゃんの右側を歩いていた男(金髪優男)がお姉ちゃんの肩に手を置いた。


「あの野郎、お姉ちゃんの肩を気安く触りやがって、ブッコロス!!」

「お、落ち着いてください! あれはわたしの実の兄です。実妹の肉体である夏美さんに手を出すことは万が一にもありませんので安心してください!」

「はぁ? 全っ然安心できないんですけど? お姉ちゃんの魅力に血のつながりなんて関係ないよ??」

「あなたにいったわたしがバカでした……」


 僕はイケメン金髪細マッチョをぶち殺そうと鏡に映る世界に手を突っ込もうとするが、ただ指が鏡面にぶつかるだけだった。


「ねぇ、これどうやって向こうに行くの!?」

「え、そんなこと無理ですって」

「なんでだよ、ナッツはこれでお姉ちゃんといれかわったんだろ!?」

「だからこれは一度しか使えないんですってば!」

「くっそ、使えねえええ!!」


 歯がみする僕にはただナッツの胸を揉みしだきながら、お姉ちゃんを見守るしか術がない。


「だからなんで揉むんですかぁ……あぁ……んっ」

「精神安定剤」

「そ、そんなぁ、あんっ」


 なぜか頬を上気させるナッツをよそに、お姉ちゃんを見守ること五分。

 突然お姉ちゃんたち一行の目の前に草むらからスライムがあらわれた。


『スライム』


 いわゆるRPGの中では大体初期に出てくる最弱モンスター。あのスライムと寸分違うことないスライムだった。まぁ異世界だからそんな生き物がいたとしても驚かない。

 お姉ちゃんの前に立ちふさがったことは許しがたいけど、この弱っちいモンスターならお姉ちゃんの身も安心だろう。


 お姉ちゃんを庇うようにパーティーメンバーが立ちはだかった。

 ナッツ兄がスライムに向かって剣を振り下ろした次の瞬間。


「なっ!?」


 パーティーは壊滅した。

 スライムが外見とは似つかぬ素早さで、その身体を鞭のようにしならせてパーティーメンバーを一掃した。

 スライムは超強かった。


「なんでスライムがこんなに強いんだよ!!」

「そりゃあ魔物ですからね、普通の人間はなぶり殺されるだけですよ?」


 なに当たり前のこといってんですか? と、したり顔のナッツにいらつき胸の先端を指で弾いた。


「ひぃ!」


 スライムは、仲間が倒れてあたふたとするお姉ちゃんにジュルジュルと近づいていく。


「くそっ、この粘体が! 僕のお姉ちゃんに近づくな! くそっ、くそっ!」

「そんなことしたって無駄ですってば。き、きっと大丈夫ですよ、夏美さんだって勇者ですし謎のパワーで魔物撃退しますって」


 ナッツの希望的観測もむなしく、お姉ちゃんはスライムに捕まえられた。

 スライムはねばねばの身体をお姉ちゃんの身体に巻き付かせて、全身をまさぐるように動いていく。


「くそっ!! ふざけんな、僕だってそんな風に触ったことないのにふざけんな!! ああああ、お姉ちゃんが! お姉ちゃんが汚される!!」

「あれわたしの身体ですけどね! っていうか、待ってください、これもしかしなくてもわたしの身体が犯されるんじゃ!?」

「ナッツの身体とかどうでもいい! 大事なのは、このままだとお姉ちゃんの魂が汚されてしまうってことだ! ああああああ、お姉ちゃんお姉ちゃん、くそうこんなことなら僕がもっと前にお姉ちゃんのことを……」

「いやー、わたしの身体が! わたしの初めてがモンスターにうばわれるー!」

「おい、ナッツ、どうにかしろよ! 僕をお姉ちゃんの所へいかせてくれよ!」

「できたらとっくにやってますよぉ」


 ナッツはスライムに蹂躙されている自分の身体を見つめて泣きながらそういった。


「くそっ、くそっ、くそっ!!」


 スライムはお姉ちゃんの身体を楽しんでいるのか、全身をぐにぐにと揉みしだく。

 その触手がお姉ちゃんの足と足の間へとゆっくりと伸ばされていった。


 あぁ、と僕は息を詰めた。


 お願いです神様。どうか僕をお姉ちゃんのもとへ行かせてください。

 そのためなら、命を賭けたっていい。たとえこの世界が滅びたって構わない。

 僕はどうなったってかまわない。たとえ死んでミジンコになろうが犬畜生になろうがアメーバだって。

 お願いです神様。

 どうせこんな時ぐらいしか役に立たないんだから僕をお姉ちゃんの所へいかせて!!!


 神をも殺さんばかりに僕は祈った。

 全身全霊を込めて祈った。

 息が切れ、頭と目の前が真っ白になる。


 いや、違う。


「きゃー、な、なんですかこの光!?」


 鏡が一際強い光を発して僕の身体と意識を包み込んでいく。

 僕の視界が歪んで、ぐにゃりと鏡の中に吸い寄せられるような気がした。


「啓太さん!? 啓太さん——!!」


 目の前が真っ白になり僕は意識を失った。










 次の瞬間。

 目を覚ました僕は、モグラになっていた。

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